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#3 過去の投影

エンヴィーには過去というものがない。
比喩でも誇大な表現でもなく、本当のことだ。
彼女が物心つく頃には既にウロボロスの組織に加入しており、武器の扱いや重犯罪者達の中で自分が生き残る為の処世術を学んでいった。
幸いにして自分のNEXT能力は組織の中でも有用性があり、組員からも重宝された為、見限られる心配もなかった。
それ以前の過去については何も分からない。
多分、孤児とかそういうものだったんだと思うが、過去を振り返ろうとしても、いつも脳裏に靄のようなものがかかって思い出す事が出来ないでいる。
それだけ嫌な記憶だったのか。それとも生きるのに必死で覚える暇も無かったのか。
そんな事はどちらでも良かった。何故ならエンヴィーは自分がどうして犯罪組織に入っているのか、何故自分の過去が曖昧なのか。疑問に感じたことも、理由を知ろうと思ったことも無かったからである。

彼女がただ見つめる先は、未来という名の目の前の現実だからだった。


*****


バーナビーは過去に囚われながら生きている。
両親を殺害した犯人に復讐する事もそうだが、バーナビーは大切な幼馴染みを自分の所為で失った過去があるからだ。
彼女は両親の事件で思い悩んでいる僕の事を心配して、独自にウロボロスについて調べていた。
ブロンズステージで一人、情報収集を行う彼女の身にもしもの事があったらと心配だった僕は、気付けば冷たく突き放してしまった。
数日間会えない日々が続き、もう僕の事など見放してしまったんだと思っていた──そんな時、

『バーナビーの両親を殺した犯人が分かったの。直接バーナビーに伝えたいから会って話せない?』

と音信不通だった彼女から、一本の電話がかかってきた。
その内容は衝撃的なものだったが、それよりも彼女が調査を続行していた事に驚いた。
てっきり手を引いたものだと思っていたのだ。それを一人で危険など省みずに探し続け、遂には犯人の正体まで見抜いてしまった。
僕は慌てて指定された場所へ向かったが、彼女がそこへ現れる事はなかった。
『バーナビーと会って話がしたい』
この言葉を最後に忽然と姿を消してしまったのだ。
彼女を僕の過去に巻き込むべきではなかった。
巻き込むべきではなかったのに──。
結局、僕は大切な人を二度も失ってしまった。
彼女が今どこで何をしているのか。
無事なのか、それとももうこの世にいないのか、──何も分からない。
様々な想像がぐるぐると頭を巡っては消えていき、そんなまとまらない思考の中では明瞭な答えなど、まるで出てこなかった。

ただこれだけは強く願っている。
彼女にもう一度だけでも、会いたいと──。



*****


「ホンット憎たらしい存在だわ。ヒーローって」

その声に聞き覚えが無いわけが無かった。

「っ!」

月の光が空から差し込んだ事で、ハッキリした彼女の顔があまりにも見覚えがありすぎて、僕は息を呑んでその場に立ち尽くしてしまう。

「…君は!?」

まさか、まさか、まさか。
限界まで抉じ開けられた瞳が彼女を捉えて離さない。
だって、そんな、なんで。
口から漏れ出てくるのは意味を成さない言葉の羅列ばかり。

「君が…っ、どうして、ここに…!?」

なんとか絞り出した筈の声は、カラカラに乾いた喉の所為で辿々しいものとなってしまう。
聞きたくて仕方なかった、彼女の声だった。
会いたくて堪らなかった、彼女の姿だった。
なのにどうして、こんなにも違和感を感じるのか。

「…僕だよ。バーナビーだ!子供の頃、よく一緒に遊んだ…!」
「はあ?」

フェイスマスクを上げて素顔を晒しても、まるで意味が分からないと言いたげに怪訝な表情をする彼女に僕は困惑した。

「僕の事が分からないのか?」
「何を言ってるのよ」

からかっている訳でも、嘘を言っている風にも見えず、本当に僕の事を知らないみたいだ。
まさか別人かとも思ったが、彼女は本物だと僕の心が訴えている。
どうか気付いて欲しいと、縋る思いで見つめた先の彼女の表情は、そんな僕を嘲笑うような不敵なもので、僕は軽く絶望した。

「一体、誰の事を言っているのか知らないけど、私にばかり構っててもいいのかしら?早くしないと死人が出るんじゃない?」

そう答えた瞬間、幹線道路の方から雷でも落ちたのかと錯覚する程の爆音が響き、次いで襲ってきた衝撃に僕は身体を屈める。

「っ、」

ガソリンに引火でもしたのだろうか。首だけを振り向かせて確認しようとした僕の頭の中には、彼女への意識が一瞬外れてしまい──その隙を彼女が見逃す筈もなかった。

「こっちよ!」

どこから取り出したのか、円筒形の何かを手にこちらへ放り投げた彼女は、そのままビルの屋上から地上に向けて飛び降りた。
ひゅ、と息を呑む自分の声が口から漏れる。

「っ、アリシアッ!!」

慌てて駆け寄る僕の足元を先程、彼女が放った閃光弾が狙い澄ましたように物凄い光量で発光し出して、僕は堪らず足を止めてしまった
目の前がチカチカ眩む中、やっと光が収まり屋上の安全柵へ近寄る事が出来たが、既にその頃には影も形もなく、もう一度彼女を視界の中に捉えることは出来なかった。







「はああぁぁぁ…」
「どうしましたの?そんな深い溜め息を吐いて」

今日も今日とて、とあるバーの決まった定位置に陣取っているエンヴィーに声をかけたクリームは、その落ち込み様に首を傾げた。
今回の仕事はそこまで上手くいかなかったのだろうか。

「変な奴に会ったわ。私を他人と間違えておきながら、それを真実だと疑わないのよ」
「余程その方は、貴方と知人が瓜二つに見えたようですわね」
「他にも私と同じ顔をした人間がいるなんて考えたくないわよ。それに…、はあぁぁー…」

どうやら、まだ他に思う所があるらしい。
今度の溜め息は彼女の気力までも一緒に吐き出したようで、カウンターの上にガクリと突っ伏してしまった。
脇に置いていたグラスの中身が振動でゆらりと揺れる。砂糖をのせたレモンスライスがグラスの上に鎮座している所を見るに、カクテルの種類はニコラシカだろう。

「今度は何ですの?」
「バレット……バレットM82が……!私が所蔵するコレクションの中でもすごい気に入ってた部類だったのにぃぃ…!!」

彼女の溜め息の理由は大半がこちらのようだ。
まあ、狙撃銃へのエンヴィーの愛着振りを思えば当然の反応なのだが。

「あの場合、銃を置いていくのが一番の最適解で、でなきゃ今頃私はあのヒーローにお縄になっていた訳だし。だけど…、だけど…!」

一人言い募っている様子を見るに、彼女の心は相当なダメージを受けているのだな、とクリームはどこか飄然と感じていた。
たかが銃一つに固執し過ぎだ、と普通は思う所だろうが、彼女の銃への執着心はかなりのものだ。
入手困難と言われれば店という店を片っ端から渡り歩き、製造中止品と言われれば部品一つ一つを入手して自分で作ろうとする。これと思ったら何が何でも手に入れる彼女の執念には毎度恐れ入る。
だからこそ今回、ある物を持ってきた訳なのだが。

「そんなエンヴィーに、取って置きのものをお持ちしましたわよ!」
「?」

満面の笑みを浮かべながら、外に出るよう促してくるクリームにエンヴィーは眉を寄せる。
今の気持ち的にそんな気力なんて出てこないのだが、彼女の必死過ぎる圧に負けて仕方なく表に出る事にした。
だが、バーの裏手にある駐車場の奥。そこに停められていた黒のジープの中身をエンヴィーが目にした途端、先程の憂うつとした気分は何処かへ吹っ飛んでいった。

「バレットM107…!!M82の改良型じゃない!」

無くしてしまった筈のバレット社の大型セミオート式狙撃銃。その最新型が車のトランクに堂々と置かれている。
それだけでもエンヴィーに取っては目の保養だと言うのに、クリームはこの銃を気前良くくれると言うのだ。

「ありがとう!!やっぱり持つべきものは友人だわ!!」
「貴方の口から“友人”なんて言葉を初めて聞いた気がしますわ。それでこの間の依頼料には足りますかしら?」
「充分よ!」

それこそ今回の失態を差して引いてもお釣りが来る程だ。エンヴィーは諸手を挙げて喜んだ。

「ああ、早く持ち帰って手入れしなきゃ…!」

うっそりとしながら、今度は絶対に手放すまいと固く心に誓うエンヴィーだった。


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