1 文次郎の部屋は意外にもきれいに整理整頓されていて、いつ来てもなんだか落ち着かずそわそわしてしまう。 「寒いか」 「ちょっと」 気遣いのできる男文次郎は、すぐさまリモコンを手に取り部屋の温度を上げてくれた。 本棚に並ぶ本や漫画を眺めていると、文次郎はどさっと音を立て、無造作にベッドに座った。 「読みたいもんあったら持ってけよ」 「そうだな。どれが面白い?」 「あの、黒い背表紙のとか…」 言われた本を手に取ってしばらくページを捲り、そしてゆっくりと静かに本を閉じる。 「…いま、いやらしいシーンが」 「…あ、ああ。でもそういうのがメインの本じゃねえから…」 たわわな乳房とかいう表現を見つけ、何だか気まずくなり本を元に戻した。…遠まわしに誘っている…のか?いや、そんな、まさか。いくらなんでもそれはないだろう。 付き合って1カ月経つが、いまだに文次郎のことがよくわからない。 日曜日は会うことにしているから、恋人として会うのはこれで4回目だ。場所は互いの家を交互に使っている。 あれからなにか進展したかと言えば、まったくと言っていいほどしていない。 帰るときには触れるだけのキスをするが、いつもそれだけで心臓がおかしくなりそうになる。だから、進展したいのかと聞かれれば、別にそういうわけでもないのだが…。 「こっちはどんな内容の本なんだ?」 「あー、それは、ご近所関係に悩む主婦の話だ。ちなみにそれもいやらしい話ではないからな」 「見ろ。またあるじゃないか」 「ん?どれ」 「ここだ、ここ…」 またしても夫婦の営みシーンを発見し、文次郎に見せて活字を指で追う。 視線をすぐ近くに感じハッとしたときには、もう私に逃げ場はなかった。 「…仙蔵」 「え」 帰るまでにはまだ時間があるというのに、この雰囲気は。まさか、まさか。 キスのその先を想像し、顔が熱くなる。 至近距離で見つめあっていることができず避けるように視線を逸らすと、邪魔だとでもいうように、本が私の手から奪われていった。 「これは家でゆっくり読め。な」 ポイッと私の鞄の上に投げられた本が落ちたのとほぼ同時に、唇が触れる。 ちゅっと軽いのを何度か繰り返しているだけで息が苦しくなって、簡単にベッドの上に押し倒されてしまった。 まずい、まずい。ついにきた、この瞬間が。 「は…」 「触ってもいいか…?」 「ちょっ、と。待て」 「…嫌?」 「嫌とか、そういうのじゃない。でも」 優しく手を握られているのが、逃がさない、と言われているようで嬉しいやら恥ずかしいやら。そう、嬉しいんだ。お前とこうしていられてすごく幸せなんだ。 …でも。 「嫌じゃねえなら…」 「あ、だから、待て、と…」 覆いかぶさられ、触れ合える喜びに全身が震える。 首にキスされただけで熱い息が漏れてしまった。 いかん。流される。 しかし、大きな手が服の上から私の肌を撫で、胸に少し触った時、私は「嫌だ」と、声になりきらない声をあげた。 文次郎は静かに私を見た。 「嫌か?」 「…違う。こ、怖くて」 「…初めてか?こういうの」 目を逸らして頷くと、納得した様子の文次郎は、手を引いて私の体を起こしてくれた。 諦めさせてしまった。 せっかく、先に進もうとしてくれていたのに。 「…ごめん」 「謝ることじゃねえ、つか、こっちこそ」 慰めているつもりか頭をポンポンと撫でる手つきが優しくて、それが何だか無性に悲しかった。つまらないプライドなんて、全て捨ててしまえればいいのに。 「誘ってんのかと思った」 「…そんなわけないだろう」 「…だよな。ごめんな」 その日帰るときのキスは、いつもより少し長かった。 |