泣きたくなるような声

調子が悪いと自分でも気付いていた。顔色が悪いと伊作にも指摘されたのだが、休む、という選択肢は毛頭無かった。今日は成績に関わる大事な演習だったのだ。

正直たかをくくっていた。私なら多少体調が悪くとも技量で補える、と。

そして私は、高学年になって初めて、忍務を失敗した。




普段よりも早い時間に布団を頭から被って丸くなる。この季節、外は未だ明るい。

私の夕飯は半分以上が小平太の胃におさめられた。
体が重い。

廊下から足音が聞こえたので目を閉じた。今は誰とも口を聞きたくない。

「仙蔵」

部屋へ入ってきた文次郎は、衝立の向こうからこちらを覗いているようだった。しかし私は、眠った振りを続ける。

「伊作が心配してたぞ」

それは随分と静かな声で、普段のこの男からは決して聞けぬものだった。

その優しい声に甘えたい、頼りたい、という衝動が湧く。
しかし、こいつの前で弱い自分をさらけ出す訳にはいかない。

と考えていると、掛け布団が静かに捲られた。
目を開けると、見下ろしてくる文次郎と目が合う。

「起きてんじゃねぇか」

トン、と腕を拳でつつかれてもやり返す気力すら起きず、とりあえず「うるさい」と呟く。
その声が思ったよりも掠れていて、自分で少し驚いた。

「薬飲めよ」
「…後で飲むから、そこに置いておけ」
「今飲め」
「私に指図するな。構わずさっさと行け」

鍛錬や委員会に行ってしまえ。いつものように。

ひと睨みしてから布団を被ろうとするが、私の両腕は呆気なく文次郎に押さえられてしまった。

「…離せッ」
「…」

懸命に力を込めるが、どうやら文次郎は体重をかけて押さえつけているようでびくともしない。

正面からきつく睨み付けるが、文次郎は少しも怯まずに私の両腕を掴んだまま、ゆっくりと顔を近付けてきた。

端から見れば文次郎が私に覆い被さって、口付けをしているように見えたかもしれない。

思考が、止まる。

硬直している私を気にした様子もなく、額同士をコツンと合わせると、文次郎の顔は直ぐに離れていった。

「熱あるから」
「…は…?」
「…飲まねぇなら伊作に注射打たせるぞ。さっさと飲んじまえ。ほら、」

放心しながらも腕を引っ張られるままにノロノロと体を起こすと、手のひらに薬が置かれた。
紙に乗せられた真っ白い粉末を見ているうちに、徐々に怒りが湧いてくるのを感じる。

「…もうお前の顔なんか見たくもない」
「はいはい、お前が薬飲んだら出ていく」

ぐいっと薬を口に含み、文次郎に渡された水で喉に流し込む。
口の端に苦みが広がったが、構わずに容器を押し返した。

「見ただろう。言った通り出ていけ」

吐き捨てるようにそう言い、奴の顔も見ぬまま直ぐに布団を被って横になった。

ああ苛々する。

何故私が翻弄されなければならないのか。早く体調を治して、いつものようにこいつを馬鹿にしてやりたい。

目を瞑っていると、またあの優しい声で「早く良くなれ」と文次郎が囁くのが聞こえた。

聞こえぬ振りをして黙っていると、布団からはみ出している頭をポンポンと撫でられた感触がした。

「…」

そっと布団から顔を出すと、丁度廊下に出た文次郎がパタンと障子を閉めるのが見えた。

「…あほ、…」

顔を枕に押し付け、そう呟いた。




end.

お題お借りしました。
「ひよこ屋」




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