カレーしか作れない

※付き合いたて
※仙蔵は先天的に女の子(伊作も)
※お互い名字呼び
※ややこしいことに、心の中では名前呼び









自分の部屋に文次郎がいる。
それは違和感のある光景だ。

私の生活の場に今来たばかりのこの男は、この空間に馴染んでいなかった。
彼も緊張しているのだろうか。空気が張り詰めているような気がする。
何より私が、彼の一挙一動が気になって仕方がない。

そんなに辺りを見回さなくても。
机が気になるのか、時計が気になるのか。天井なんか見上げたところで電気がくっついているだけ。お前が面白いと思うようなものは何もない。

別に見られて困るようなものはないが、その目の動きさえどうしても気になってしまう。

が、そうも言っていられない。
仙蔵には昨晩から時間をかけて用意した、文次郎へのサプライズがあるのだ。

部屋の真ん中に置かれた白いテーブルを挟んで座っている彼と、視線を合わせてから口を開く。

「なぁ。潮江」
「ん?」
「そろそろ昼飯の時間だな」
「ああ、そうだな」

きっと、どこの店で昼食を済まそうか考えているに違いない。
そんな文次郎を見て、私はこっそりと含み笑いを浮かべた。




「潮江君を家に呼ぶなら、手料理の一つでも振る舞ってあげたら?絶対、すっごく喜んでくれると思う!」

という伊作の助言を受け、生まれて初めて料理という未知の分野に挑戦しようと思った。しかし、初めてでは何を作るのがベストなのか見当もつかず、かと言って失敗もしたくない。
何を作ろうか、と悩んでいたところ、また伊作に

「カレーならみんな好きだし、簡単だし、前日に作っておけるよ」

と教わり、その後は買い物にまで付き合ってもらった。

そして昨晩。キッチンを占領し、数時間1人で奮闘した。料理をしている間はずっと文次郎の喜ぶ顔を思い描き、幸せな気分にひたりながら完成させたのだ。それにはたくさんの愛が詰まっているのだから、美味しく感じてくれるに違いない
…と、仙蔵は思っている。




鍋で温め直した熱々のカレーを2つ、大きな盆に乗せて部屋へと運んだ。
片手に乗せて、空いたもう片方の手でゆっくりとドアを開く。
目をぱちくりさせている文次郎の視線を受け、何だか恥ずかしくなって視線を逸らしてドアを閉めた。
湯気の立つカレーのいい匂いは、きっと文次郎の鼻にも届いている。

慎重に床に盆を置き、カレーを一つずつテーブルの上に置いた。

「カレーか」
「ああ。…好きか?」
「おう」

文次郎がはにかむような表情を浮かべる。それを見て、気分が一層高まっていくのが自分でも分かった。

「これはな、私が作ったんだぞ」
「へぇ、家庭的じゃねぇか」

好きな男に悪戯っぽく微笑みかけられて、喜ばない女がこの世にいるだろうか。
そう思うくらいに嬉しい。
文次郎にも早く食べて喜んでもらいたい。

じっ、と文次郎の様子を窺う。
見つめ過ぎたか苦笑を返された。が、どうしても一口目を食べたときの反応が見たい。
そのまま目を離さないでいると、文次郎はスプーンに一口量のカレーをすくい、ついにそれを口に運んだ。




カレーを食べた瞬間、文次郎はピタッと固まった。
次にどんな言葉をが発せられるのか、期待と不安に動悸が早まる。

そのままモグモグ、ごくん、と咀嚼し、
おほん、と咳払いをしてから

「うまい」

と言った言葉を、聞き逃しはしなかった。

「そうか」

何気ない風に言いながら、内心は安心と喜びでいっぱいだ。
良かった。喜んで貰えた。
いくらか緊張が解け、私もカレーを口へと運んでみる。
…よし、美味い。
少し熱いが、少量ずつ冷ましながら食べればちょうど良いくらいの熱さだ。おかげで、文次郎と共にゆっくりと食事の時間が過ごせる。
味も、何故か昨晩味見したときよりも美味しく感じられた。
達成感に高揚する感情を、顔に出さぬよう押さえながらカレーを食べ進める。

文次郎は無言のまま食べていた。味わってくれているのか、慣れない所で食事をするのに緊張しているのか。
そんな意外と繊細なところも実は気に入っていたりするので、特に文句がある訳ではないが、少しいつもと違う様子に疑問を覚えたのは確かだった。




熱さと辛さで口がヒリヒリしてきたところで、牛乳を持って来るのを忘れていたことに気付く。

「悪い、牛乳持ってくる」

そう言って立ち上がると文次郎はまた、おほん、と咳をしてから「ああ」と頷いた。
風邪気味なのだろうか、と心配しながらも、盆を手に持ってとりあえずキッチンへと向かう。




「たくさん飲むと思って、大きめのコップに…」

牛乳の入ったコップを2つ乗せた盆を運んで部屋へ戻って来ると、空になった文次郎の皿が目に入った。

「ごちそーさん」

にっ、と笑う文次郎の表情にまた違和感を覚える。何だか、いつものそれと違う気がした。
まだ半分も残っていたはずなのに、と不思議に思いながら牛乳を手渡すと、文次郎はそれも一気に飲み干してしまった。

自分のカレーを口に運びながら、不安のようなものが胸にふつりと涌いて来るのを感じた。

「うまかったよ。…俺のために作ってくれたんだよな?」

優しい声を出す文次郎の顔を見ることが出来ない。
ごくり、と口の中のものを噛まずに飲み込み、ああこれなら早いはずだ、と気付いてしまった。

「…何故、嫌いなら嫌いと言わない」
「は?」
「嫌いだったんだろう、カレーが」
「何言ってんだ、急に」

視線を向けると、目を丸くしてとぼけている文次郎がいた。
穴があったら入りたい心境だ。彼が始めに咳払いをした時点で、何故気付けなかったのか。
勝手に頑張って勝手に浮かれ、全て独りよがりだったということだ。
情けないとしか言い様がない。




以前から周りの者に「完璧主義」だと言われて来たが、今初めて自分がそうであると自覚した。
カレー作りは、うまくいった。
ただ一つ、重要な問題があったために、全てのことが無意味だったような気がしてくる。
何かがガラガラと崩れていく音が確かに聞こえた。

「食」は人間の生活の基礎である衣食住のうちの一つだ。それが合わないとなると、少なくとも一緒に生活していくことなど出来ないのでは。
これから一緒にいることなど出来ないのではないか。
確かに好きと思っているのに、根本的に合わない相手なのではないだろうか。

「立花」

気力をなくしすっかり俯いてしまった私に、気遣うような声がかけられた。
しかし気持ちが萎んでしまった今、きっと酷い顔をしているに違いない。顔をあげる気にはならなかった。

「悪い。でもカレーが嫌いな訳じゃないんだ」
「…」
「ただ、…辛いのが、ちょっと」
「…辛いのが…?」

そう言えば辛口のルーを使った、と思い出す。
罰が悪そうな様子の文次郎に、ほんの少しだけ気力が戻ってくるのを感じた。

私が悪い訳ではないのだろうか。




ゆっくりと顔をあげるとすぐ近くに文次郎の顔があって、驚いて少し身体を引く。
覗くようにして私の顔を確認した文次郎は、安心したように笑った。

「良かった。泣いてねぇな」
「…泣くか。私が」

笑いかけてくれる文次郎を見て、嬉しい気持ちと悲しい気持ちが胸の中でぐるぐると回っている。
こんな気持ちにさせられるなんて、と憎たらしく思い、思わず可愛げのない台詞を口に出してしまった。

すると、おもむろに腕をぐいぐいと引かれたので、戸惑いながらも机を避けて文次郎に近付く。

「あー、…」
「何だ」
「…その」

煮え切らないことをぼそぼそと呟きながら私を更に引き寄せ、しかし決して目を合わせようとはしない文次郎は、小さな声で「抱きしめても、」と言った。

私はそれを聞いてじわじわと体温が上がるのを感じ、恐らく赤くなっている顔を見られないよう、自分からその胸に抱きつく。
温かくて大きな身体が、私をまるごと包み込んでくれた。

「ごめん。でも嬉しかった。本当に」

低い声が耳元で響く。
がっしりした腹筋の横から腕を回し、意外と細いその腰をぎゅうと抱き締めた。

「甘口なら喜んで食べるか」
「食べる、勿論。辛いもん以外なら」
「…カレーしか作れない」

一瞬の沈黙。次の瞬間、頭上で「ぶはっ!」と文次郎が噴き出す音が聞こえた。

憤慨した私が思い切りその腹筋を叩いてやったところ意外と効いたようで、彼は私が残りのカレーを食べている少しの間、苦しむ羽目となったのだった。









end.







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