embrace ※現パロ ※仙蔵は先天的な女の子 ※設定に無理がある ※バッドエンド?少なくともハッピーエンドではありません 母親の応対する声がしてしばらくするとノックの音が聞こえた。課題を進める手を止めて振り返ると、ドアを開けて部屋に入って来た仙蔵が目に入る。彼女は酷く疲れきった表情をしていた。 いつも髪を一つにまとめているのに、今日はほどけてしまったか元からまとめていないのか黒く艶やかな髪がサラサラと背に流れている。この綺麗な髪に触れてみたいと、こいつを捕まえる以前には何度思ったことか。 「どうだった?」 出来るだけ優しく問いかけるが、俺が声を発した途端仙蔵の表情は硬く強張ってしまった。泣きたいのかも、いや、逃げ出したいのかもしれない。 先手を打たれる前に、近くに寄ってドアを閉める。傍らに立つ仙蔵に向かい合い、その手を握った。白く細いその指を一本一本確かめるように撫でた。 左手の薬指には、まだ俺が送った指輪がはめられている。 「…駄目だった。会うことも出来なかった」 「そう、か…」 先月の終わり、仙蔵が急に「どうやら私には父親が居るらしい」と言い出した。本人もずっと父親は死んだものと聞かされていたからかなり驚いていた様だが、俺は「死んでなくて良かったな」ぐらいの感想しか抱かなかった。 そのときには思いもしなかった。こんなことになるなんて。 その数日後。仙蔵から「本気等と馬鹿げたことを言うな、遊びでないなら別れろ。と父親に言われた」と聞かされた。 どうやら左手の薬指を見られたときに言われたらしい。 何だか面倒なことになってきたぞ、とは思ったが、だからと言って簡単に手離せるような軽い気持ちではなかった。 しかし、もうこいつが連れて行かれることは決まってしまったのだから、今俺が喚いたところで何も変わらない。 俺はこいつの父親に会ったことはないけれど、もし会えたなら「今になって仙蔵が必要になったお前と違って、俺には今までもこれからもずっと必要だ」と言って力の限り殴ってやるのに。 仙蔵はもう来週からは同じ高校には居ない。転校先は、全寮制の女子校に決まったらしい。 手紙や電話を途絶えさせぬようにしよう、と互いに約束しているが、会えないのならそれもどうなるか分からない。 ぎゅうと俺の手を握る仙蔵の指が、小刻みに震えていた。 そっと引き寄せて抱きしめると、仙蔵もしがみつくようにして俺の背に腕を回した。 立ったまましばらく抱き締め合う。 とくん、とくん、、、 聞こえる鼓動はどちらのものだろう。 仙蔵の体はまだ震えていて、声をかけることは出来なかった。 寒いだけなら温めてやれるのに。 自分はこんなにも無力だと思い知らされる。 目を開けると、部屋の中は真っ暗だった。ベッドに寝転がったまま、俺の隣で眠っている仙蔵に目をやる。カーテンの隙間から差す月明かりが、仙蔵の寝顔を照らしていた。 上半身だけを起こし、目を凝らして枕元の時計を見ると、ちょうど2時をさしていた。 こちらを向いて眠る仙蔵の顔にかかった髪を耳にかけてやり、幾度かその頭を撫でる。 「…仙蔵」 囁いても、眠る仙蔵は何の反応も返してはくれない。 目の脇に残っている涙のあとに、そっと唇を寄せた。 すると、ぴくり、と一瞬仙蔵の顔がしかめられ、ゆっくりと瞼が持ち上げられた。 「…悪ぃ、起こした」 「…?」 仙蔵は、自分の状況が良く分かっていない様で、ぼんやりとした表情のままぐるりと目を動かして辺りの様子を窺っている。 そして俺と同じように上半身を起こすと、俺に寄りかかりながら掠れた声で呟いた。 「…寝てしまったみたいだ」 「…みたいだな」 肩に乗る頭に、こちらの頭も傾ける。真っ暗な、時計の音しかしない部屋で。自然、呼吸の音と髪から漂う甘い香りに意識が集中するのを感じた。 更に感覚を研ぎ澄まそうと目を閉じる。 「文次郎」 「…ん?」 「私は、あんな父親等いらなかった」 「…」 「本当に、死んでいてくれた方が…」 醜い言葉を遮るように、その唇を自分の唇で塞いだ。 柔らかくて温かくて、愛しいこの行為もしばらくすれば出来なくなると思うと、無性にやるせなかった。 仙蔵がまた泣き出してしまうような気がして、慰めるようにその体を腕の中へ収める。 そして背中を撫でていると、控えめな嗚咽が聞こえて来た。彼女なりに精一杯堪えようとしているのだろう。 堪え切れてはいないが。 ぎゅっと、密着するように抱きしめる。 そうすると安心すると以前に仙蔵が言っていたから。 今だけは、安心させてやりたい。自分の前で我慢などさせたくない。 「温かいな。お前は」 「…、う…」 また一つ。堪え切れなかった嗚咽がこぼれる。 それさえ愛しくて、今晩だけは夜が明けるまでこうしていようと決めてその髪に唇を寄せた。 「早く大人になって、向かえに行く」 囁いても、仙蔵から返ってくるのは嗚咽だけ。 最後の夜にはさせない。 声には出さずに誓い、もう一度その細い体を強く抱きしめた。 end. タイトルはBμмрの曲名から。 |