キスで目覚めるらしい?

「潮江先輩」

時間が出来たので鍛練にでも行こうかと中庭を歩いていると後ろから声がかけられた。
振り向くとそこには、

「綾部。何の用…ん?お前、それ」

鋤の代わりに潮江文次郎の生首フィギアを抱える、4年い組作法委員、綾部喜八郎が立っていた。

「名前はモンちゃんだと立花先輩が」
「…俺の部屋に飾ってあった奴じゃねえか?」

以前仙蔵に貰ったフィギアがいつの間にか消えており、仙蔵に気付かれる前に早く見つけねばと思っていたところだったので、この後輩に対して疑いの眼差しを向ける。
すると彼は大きな目をぱちぱちと瞬かせ、否定するように首を横に振った。

「い〜え、これは兵太夫に言われて、立花先輩が持ち出したんです」
「仙蔵が」
「はい。そして兵太夫が改良しました」

綾部が両手でフィギアを掲げる。それを良く見ると、以前はぱっちりと開かれていた目が今は閉じられていることに気が付いた。

綾部は掲げるのをやめてフィギアと見つめあい、唐突にそのフィギアとキスをした。
綾部と自分のキスを見せられ、ぎょっとする。

「ん?」

その途端フィギアの中から「キュルキュルキュル…」と、ネジを巻くような音が聞こえてきた。

「…!」

綾部とキスしているフィギアの瞼が、ゆっくりと持ち上がっていく。
キュルキュルキュル…と半眼になり、そして、

カチッ!
という小気味良い音と同時に、モンちゃんの目がぱっちりと開かれた。

綾部がスッとフィギアから顔を離す。

唇がスイッチになっているのだろうか。

「で、それがどうしたんだ。というか…出来れば返して貰いたいんだが」

「おやまあ!」

わざとらしく口に手を当てて目をぱちくりとさせている後輩が、何に対して驚いているのか全く分からない。
どう答えたものかと考えながら後頭部をガシガシと掻いていると、此方の答えを待たずに綾部は「あのですね」と口を開いた。

「実は、モンちゃんに最初に口付けたのは立花先輩なのです」
「それがどうした」
「そして、今私は立花先輩と間接ちゅうをしました」
「…間接ちゅう…」
「そして潮江先輩がこれに口付けてしまえば、私と間接ちゅうすることになります」
「………もうそれでもいいから、早くそれを」
「いえ、先輩が良くても私が困るので」
「…」
「ですからこれは立花先輩にお返ししようかと」

じゃあ何で声をかけた!と、がなりたい衝動をため息に変え、とりあえず「分かった」と答えた。(実際はほぼ何も分かってはいない)
貰ったものをなくした等と言えば仙蔵の機嫌を損ねるだろうが、それが仙蔵の手に渡るなら、と自分のフィギアを手にすることを諦める。

すると綾部は何故か満足そうに「それでは」と言って微笑み、モンちゃんを大事そうに抱えてどこかへ歩き去って行った。




その日の夜。
鍛錬を終えて部屋へ戻ると、眠る仙蔵の枕元に2つのフィギアが置いてあった。
暗闇の中そっと手に取り良く見ると、それは自分と仙蔵のフィギアで、2つ共目を瞑っている。

仙蔵フィギアの唇をチョンと指で触れると、
キュルキュルキュル…
という金属音が響いて、慌てて手を離した。

「…戻ったか」

仙蔵の、静かで少し掠れた声が耳に届く。
今の音で起こしてしまったらしい。

「…起こしてすまない。しかし、これは…」
「1年生からプレゼントだと言われて、受け取らぬ訳にいくか?…そんなことはどうでもいいから、お前も早く寝ろ」
「…おう」

渋々貰ってきたという割に枕元に並べて眠るんだな、と思いつつ口に出すと口喧嘩ではすまないことを知っているから口には出さなかった。

半眼の仙蔵フィギアをそっと元の位置に戻しながらもしや就寝前にこれらで遊んでいたのでは…等と考えてしまい、気付かれないように少しだけ笑みを浮かべる。そして、笑っていることに気付かれないよう「お休み」と声をかけた。
返事の代わりに少し睨まれたが、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。

その寝息を聞きながら、俺も静かに目を閉じたのだった。




end.

お題お借りしました
「確かに恋だった」




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