未来の彼がやってきたA

「お前は確かに文次郎だが、私の知っている文次郎ではないのだな…」




仙蔵がおかしなことを言うようになってから数日が過ぎた。

仙蔵の頭の中の世界では、どうやら俺と仙蔵は恋仲(だった)らしい。
伊作曰く、その世界は仙蔵の願望かもしれないということで、俺はやるせない気持ちでいっぱいになった。

俺は、ずっと仙蔵に想いを寄せていた。
早くに想いを告げていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。




仙蔵は以前のように早く、規則正しく起きることはなくなった。今朝も既に朝食の時間だというのに布団にくるまって安らかな寝息をたてている。

「仙蔵、起きろ。食いはぐれるぞ」
「…」
「仙蔵」
「ん…」

うっすらと目を開ける仙蔵の傍らにしゃがんでその顔を見つめる。

「おい」
「もう…先に行け…」
「大事な話があんだよ」
「…?」

仙蔵が眉をしかめながらノロノロと体を起こすのを待ってから、俺はゆっくりと息を吸って、吐いて、
口を開いた。

「俺は、お前のことが好きだ」

「…」
「だから、…」

目を醒ましてくれ。
祈るような気持ちで懇願すると、仙蔵の意識はみるみる覚醒していくように見えた。眠気等少しも感じさせぬほどぱっちりと瞼が持ち上げられる。

「仙蔵…」
「ふふ…ここで、お前と死ぬまで暮らすのもいいかもな」
「…」

嬉しそうに微笑む仙蔵に、笑い返すことは出来なかった。




その日の夜。
仙蔵は俺の腕の中にいた。
布団の中で寄り添い、静かに話をする。

「私は、あっちに帰りたくはない」
「…ん」
「ここにはお前がいる。それだけで十分なんだ」

微笑む仙蔵の頭を撫でながら、理解することの出来ない言葉を複雑に感じ、思わず苦笑を漏らした。

「何だ。何か不満か?」
「いや、だって…お前の言う『文次郎』ってのは俺じゃねぇんだろ?」
「…そうだな。違う。しかし、そっくりだ」
「おいおい。姿形が似てたらいいのかよ」
「…」

からかうような軽い口調で言って、今度鉢屋を見せてみるかと企んでいると、仙蔵が俺の腕に強く腕を絡めてきた。

「…仙蔵?」
「………」

顔を見ようとするが、仙蔵の顔は俺の肩に押し付けられていて窺うことが出来ない。

「…文次郎…に、会いたい…」

仙蔵が掠れたような声で囁くのを耳にしたのと同時に、肩がじわりと温かく濡れていることに気付いた。

こいつの頭の中の俺は、どんな俺なのだろう。仙蔵の理想の『文次郎』がいるのだろうか。
そいつに少しでも近付くことで、もしかしたら何かが変わるかもしれない。

グスッと鼻を鳴らしながら静かに涙を流す仙蔵をそのままに、今日はもう眠ってしまおうと目を閉じた。

傍らにある熱を確かに感じながら。




腕の中に居る仙蔵がもぞもぞと動いた為に目を醒ますと、近くにいる仙蔵と目が合った。

「…文次郎っ!」
「ん…どうした?」

抱きしめようとしたら頭を叩かれた。痛みに顔をしかめてもう一度仙蔵の顔を見ると、やたらと焦った様子で赤面している。

「何だってんだよ」
「ああクソ!変な夢を見た上に、どうなってるんだこれは!」
「はあ?」
「何故お前が同じ布団で寝ているのか、と言ってるんだ!」
「…何故ってお前」

どうも仙蔵の様子がおかしい。
昨日までもおかしかったが、それとはまた違ったおかしさを感じた。

もしかしたら、と希望が胸に広がる。
鼓動が早まるのを感じながら仙蔵の目をじっと見つめた。

「仙蔵、今日の日付は?」
「は?何故そんなことを聞く」
「頼むよ、言ってくれ」
「…今日は確か、…水無月の…ええと、」
「仙蔵!お前…!戻ったのか!」
「?」
「ちょっと待ってろ!伊作を呼んでくる!」
「は?何故伊作を…」

嬉しさのあまりは組の長屋まで廊下を一瞬(と思えるくらいの速さ)で駆け抜け大声で伊作を起こし、仙蔵の状態を説明する。
その為同時に起こされることになってしまった留三郎と朝から少しやり合ったが、寝起きの奴など興奮した俺の相手ではなかった。




「おかしな世界で、文次郎に好きだと言われた。やけに悲しい夢だったような気がする。…しかし何故夢の内容をそんなに詳しく聞いてくるんだ?」

そう伊作に話したらしい仙蔵は、それからはずっと普段通りとなっている。
学園の誰かの名前や顔を忘れたり、朝に眠いと言って布団にくるまったり、俺に甘えてくることもなくなった。

しかし、またいつそのような事態に陥るかも分からない。と自分に言い訳しながら、実際にはまたあの熱を腕の中に感じたいというのが本心なのだけれど。

俺は二度目となる告白をしようと決心し、素っ気ない態度で俺から立ち去ろうとする仙蔵の腕を捕らえる。

振り返った奴の目を見ながら

ゆっくりと、口を開いた。




end.

お題お借りしました。
「確かに恋だった」




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