4.きみの笑顔があればいい

急に肌寒くなり、生徒の半数以上がブレザーを羽織っている。潮江も朝から母親に促されたため、上着を身につけていた。
セーターを着込む立花に、白い長袖シャツを着た七松が肩を並べて、教室に入ってきた。

「さっさと決めないか」
「でもさぁ。勿体なくて」
「何の話だ?」
「あ、文次郎。おはよう」

朝から1組にやってきた七松に問い掛け、挨拶を交わす。

「賭け?」
「ああ、水泳のリレーで負けた方が、勝った方の言うことを聞くって」

七松から説明を受け、立花に呆れた視線を送る。

「なんでそんな無謀な賭けを……」
「そう言われても。お前に連勝して、気が大きくなっていたのかもな?」

厭味を受けて渋い表情をつくる。
七松は校門に目をやると、何かを見つけて窓を開けた。

「お〜い、滝夜叉丸〜!」

赤茶色の髪を冷たい風になびかせた少年が、はっと顔をあげた。その場にいるメンバーが、それを見下ろす。
彼は、急いで頭を下げると、そのまま顔を上げることなく、急ぎ足で校舎の中へ入り、見えなくなった。

「知り合いか?」
「うん。昨日キスしたから照れてんのかな?」

にこにこ笑う七松に、今度は二人そろって呆れた目を向ける。

「やめてやれよ、後輩をからかうのは」
「そうだぞ、可哀相に。なあ文次郎」

立花に突然ぎゅうっと耳をつままれ、潮江は何故か飛び上がって真っ赤になっている。

立花は他人のことが言えるのだろうか……と、級友たちが見れば思うだろう。
二人の様子を目に映す七松は、なんだか面白くない。

「決めた。仙蔵も私にちゅうして」
「はあっ?」

潮江は目を丸くするが、すでに七松は頬を指して立花に迫っている。
立花は目を閉じて、躊躇いなくちゅっと口づける。

「わ〜、ありがとう、仙蔵!」

最後に立花をがしっと抱きしめ、機嫌よく教室を出て行った。
七松が消えて、壁一枚を隔てた場所の「おはよう!」が聞こえてくる。
隣の教室のざわめきが増した。




放課後になり、立花は震え出した携帯を開いた。

「文次郎、今日も鉢屋に付き合ってくるから、先に帰っててくれ」
「……いや、終わるまで待ってる」
「遅くなると文句を言うくせに」

立花の手を取り、もう綺麗にふさがった、傷のあった場所をなぞる。この心配が伝わるようにと。

「あれから何もないのだから。相手も分からないのに、びくびくしていても仕方ないだろう?」

優しく手の甲を撫でられ、立花のそれを握る力が緩む。
ついでに空いた手で軽く耳を引っ張られ、潮江の手の中から、細い指はするりと簡単に抜けていった。















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