2.僕を心配させないで 一向に戻って来ない。 何をしているんだ、一体。 苛々と机を指で叩く。読書で時間をつぶすのにも飽きて、携帯を開く。 「もしもし?あとどれくらいかかるんだ」 『ああ、文次郎……ちょっと分からん。悪いが、先に帰っていてもらえるか』 『いや、もうサイズ合わせはとっくに終わってるんで。どうぞ迎えに来てあげて下さい』 『鉢屋!』 『あいたたたた先輩いたいいたい!』 ――プッ―― 切れた。 「……ったく」 呆れたため息をこぼし、腰を上げる。 あんなことがあった翌日だからと、家まで送る約束をしていたのだが、二人で教室を出たところ、2年のミスコン実行委員会に捕まったのだ。 後輩達には、本番までのお楽しみだなんだの、ふざけた理由をつけられて教室に残っていたが、すでに一時間が過ぎようとしている。 精神的に限界だった。 鉢屋から電話越しに、衣装合わせを終えたことを知った時点で、足は家庭科室へと向かっていた。 「うわはははは!」 「小平太!どうするんだっ」 ドア越しに聞こえるのは、何故か七松の笑い声だった。 何故あいつがここに? 疑問を抱くと同時、躊躇なくドアを開けた。 笑う七松と目が合う。 「あはは、あっ文次郎!」 「わあっ!」 潮江は、教室に入ったところで足を止めた。自分を見たとたん、背を丸め、うずくまる立花を見たからだ。 「お迎えご苦労様です。七松先輩、カギお願いしますね」 それでは、と後輩達がそそくさ去っていく。が、この際構っていられない。 「どうした?どこか痛むのか」 顔を隠し覆ってしゃがみ、きっと化粧でもされたのだろう。 先程、一瞬目が合ったときには、何も変化ないように見えたが。薄化粧なのだろうか? それよりも、人差し指の絆創膏が目につく。 「痛まない。小平太、あいつをどこかへやってくれ」 「いやだ」 「……そもそもお前が……!」 肩を掴まれ揺すられても、七松の頬に緊張感はなく緩んだままだ。 背後から近寄り、ひょいと立花の顔を覗く。 「どこも変わりないぞ?」 その顔には、普段とまったく変わりは見られない。 ただ、焦ったか驚いたか、目を丸く見開いてはいるようだ。 「分かったから、ちょっと、あっち向いてろ」 「はあ?お前な。これだけ待たせておいて……」 逃げようとする立花を、七松が羽交い締めにする。 「仙蔵大丈夫、面白いから!」 「こ、このあほっ!」 正面を向けさせられ慌てる立花の顔――そのまぶたには、恐らく油性マジックで、くっきりと目の形が描かれていた。 最悪だ……、とうなだれた立花は諦め、目をつむって長い息を吐く。まぶたからの視線を真っすぐに受け、思わずたじろぐ。 「化粧される間に、少しうとうとしていたら、こんなことに」 「ごめんって、そんなに凹まなくても」 「いや、落ちるのか?それ」 悪気のない七松を責める気も起こらず、親指でまぶたをなぞった。少し力を込めて擦るが、インクは強く肌に張り付いている。 「こりゃ、しぶとそうだ」 「……近いんだが」 「うわ。文次郎、やらしい」 「わっ、悪い!」 いつの間にか数センチにまで詰めていたことに気付き、慌てて距離を取った。 |