来いよ 仙蔵は、時計の刻む音を聞きながら、三杯目の珈琲に口をつけた。今日は、文次郎と付き合い出してから、初めて迎える誕生日だ。 時刻はすでに夜の十一時。 (てっきり、もっと早いうちに連絡がくるものだと思っていた。……私が馬鹿だったな) 悲しいやら悔しいやら、いつもならとっくに眠っている時間だというのに、夕食すら食べていない。 ため息をついてテレビをつけると、憂鬱なニュースが流れた。 「馬鹿だな。その労力を、もっと他のことに活かせばいいものを……」 誰に向けた訳でもない呟きは、一人暮らしを始めてからついたクセだ。 携帯を開き、アラームを設定する。明日は休みだが、寝坊をすればその次に響く。 ボタンを弄っている最中、何の前触れもなく、アラーム履歴が着信画面へと切り替わった。 眠たさに重くなった目が、潮江文次郎、の五文字を追う。 「…………もしもし」 「もしもし。仙蔵、寝てたのか? やっぱり。お前、今日が何の日か、自分で忘れてるんじゃないだろうな」 「は……、忘れている訳がないだろう。今日は私の誕生日だぞ」 「ああそうかい。プレゼント、欲しかったら、今から来いよ」 腹の立つ言い方に、思わず終話ボタンを押した。 再び鳴り出す携帯を握りしめ、勢いよく鞄に放り込む。 この苛立ちは、電話で話すくらいでは伝え切れない、と上着を羽織った。 (断じて、誕生日にあいつの顔を見たい、という訳ではない) その後、文次郎が仕事を終えてから、たくさんの料理と部屋の飾り付けに精を出してくれていたことを知り、仙蔵の怒りは全て昇華されていった。 |