シシカバブー 「救いたい、救われたい」の続きっぽい? 単品でも読めます。 ※お互い社会人。同棲してます。 ケンカをした。 はじめた理由は確か、文次郎の珍しく卑屈な発言にイライラした私がつっかかった。休日だというのに仕事のことまで持ち出して罵りあう。 「上司に文句をつけられたからって、ごちゃごちゃと細かいやつ」 「そういうお前は、ハゲ上司に気に入られて嬉しがってるよな」 「でたらめを言うな。意味がわからん」 はじめは互いに抑えて苛立ちを表現していたが、次第にきつくなる口調、険悪になる空気。久しぶりに、二人そろってゆっくりできる休日だというのに。 「触られたとか、誘われたとかしょっちゅう言ってよ、実はいい気になってんだろ?」 「お前、自分が上司に嫌われてるからと言って私に嫉妬するな。うっとうしい」 「よくエロいだけのじじいにいつまでもヘラヘラできるよな。尊敬するわ」 バン!と手にしていた本を床にたたきつける。我慢の限界だ。何故こうもイライラさせられなければならない? 「気分が悪いなら一人で落ち込んでいればいい!私を巻き込むな!」 「……じゃあ、出てけよ」 当然そのつもりで怒鳴ってやったため、やつのかおも見ぬまま強くドアを閉めて玄関から飛び出た。 しばらくは顔も見たくない、あほ文次郎! どんどん歩いて、早足で交差点を過ぎる。すでに日も暮れかけ、空は赤い。苛立ちすぎて熱くなった体に、秋の風が心地よかった。 適当に歩いて坂道の上にある公園に辿りつき、商店街を見おろせる場所でベンチに腰をおろす。夕日に染まった町並みは、ただただ綺麗だと感じさせられた。 「はぁ」 何も考えずに出てきてしまったから、財布もケータイも持っていない。 私は何も悪くないのに、あいつのせいで、とため息をつく。まったく、あいつはいつもいつも私を振り回す……。 夕日が沈みかけた頃、ベンチから立ちあがり、風の冷たさに手をポケットに突っ込んだ。 「あーあ……」 部屋のカレンダーを見て、やっちまった、と呟き、がりがりと頭をかく。 今日は、おれとあいつが想いを告げ合ってからちょうど一年だ。仕事に追われて、今の今まで気付かなかった。 共に過ごした時間が、おれたちの壁を取り払ってしまった。それがおれ自身の甘えにつながったのかもしれない。仙蔵に対して自分のわだかまりをぶつけるだなんて。 付き合い始めたときは、これからは出来る限り甘やかしてやろうと決めていたのに。 「……頑張るしかねえもんな」 仕事がうまくいかないときだって、あいつに助けられてこれまでやってきたじゃないか。これからだって、恋人として癒し合いたいと思っているのに。 もうこんな時間だ。いつもならとっくに晩飯の用意をして、二人でアルコールに口をつけて……。 「飯、どうすっか……」 材料も買っていない。これでは、仙蔵が帰って来ても温かい料理でむかえてやることができない。しかし、財布すら置きっぱなしで出て行ったあいつが帰る前に、家をあけるわけにもいかない。 とにかく待とうと持久戦を決め、コーヒーをいれようと立ちあがると、それと同時に玄関のあく音がした。 入ってきた仙蔵は、寒さからか鼻の頭を赤くして、ちらりとこちらに視線を向けた。 「……お前も、少し頭を冷やしたほうがいい」 落ち着いた口調で言って、財布とケータイを手に持つとそのまま出て行こうとする。仙蔵の肩をつかんで引きとめると、その細い体は意外にも簡単にこちらを向いた。 「ごめん。……おれが悪かった」 沈黙をやぶって謝ると、仙蔵は眼を丸くしてから、その通りだとでも言うようにこくりと頷いた。手を握ると、その指先は氷のように冷たかった。労わるように擦り、顔色をうかがう。 仙蔵はすっかり穏やかな表情でうつむいているが、この雰囲気では、一周年だぞと言いだせない。おれはどうしても微笑んでほしくて、言葉を探した。 「なんでも好きなもん作る」 「……なんでも?」 「ああ。何が食べたい?」 「じゃあ、……鍋」 「なっ、鍋かよ!」 簡単すぎる注文に拍子抜けしていると、仙蔵はおれの大げさな反応にわずかに微笑んでくれた。その笑顔を見て安心し、頭を撫でてやってから車のキーを手に玄関へと向かう。 鍋を食って体が温まれば、もっと笑顔も増えるだろう。 「んじゃ、材料買ってくるから」 「私も行く」 仙蔵が隣で靴を履くのを待って、二人並んで家を出る。 とっくに日は暮れて暗かったので、こちらから手をつないで駐車場への短い距離を歩いた。 「あー、そういや、仙蔵は忘れてるかもしんねえけどさ……」 「……文次郎」 「……ん?」 「一年間ありがとうな」 「お前……! 先に……!」 「?」 end. タイトルはゆずの曲名から。 |