〜after story〜
せかせかと俺の部屋の掃除をする彼女に一言。
「あんた…もう掃除なんてしなくていいんだぞ?」
「だって…落ち着かないんです。」
「だからってなぁ…。」
窓際にもたれかかって眉を寄せると、近づいてきたリノアが少し照れくさそうに笑った。
何故だかまだメイド服のままだ。
「分かりますよ?えっと…彼女…っていうか、い、いろいろ飛ばして婚約者ですもんね。」
「分かってるなら…、」
「それでも!わたしがしたいからするんです!」
―――この部屋の割り当ては、他の人になんて二度と譲りません。
僅かに背伸びした彼女が耳元で囁いた。
そう言われてしまえば、もう何も言えるはずがない。
「ったく…。仕方ないな。」
だけどな。それなら俺だって一つ譲れないことがある。
「えへへ、ありがとうございます、スコール坊ちゃ、」
「ダメ。それは禁止。あと敬語もな。」
「うう。恥ずかしいじゃないですか…あ、恥ずかしい…もん。」
小さな子供みたいに、頬を膨らませる彼女が愛おしい。
好きな子ほど苛めたくなる、世間一般で言われるそんな言葉がしっくりと当てはまった。
「ほら、俺の名前。呼んでみろよ。」
警戒されぬようゆっくりとした動作で壁にもたれていた背を離す。
そして隣の彼女に向き合い、呼ぶまで逃がさない、そう言わんばかりに彼女の傍の壁に手をついて檻を作った。
「そ、そんな間近で見つめられてたら言いにくいでしょ?」
「…ほら。」
顔ごと逸らして真正面からの見つめ合いを拒否する彼女。身体は逃げ場を失くしたが、せめてもの抵抗なのだろう。
でも、そんなの赦さない。
片手を頬に滑らせ、そのまま下ると、顎を捉えてこちらを向かせた。
「もう…無理強いなんだから…。」
「……言って。リノア。」
拗ねて尖らせた薔薇色の唇、微かに潤んだ漆黒の瞳、熟したような桃色の頬。
目の前にある魅力的な彼女が、観念したようにそっと抱きついてきた。背に細い腕が絡みつき、そのまま上目づかいでこちらを見上げてくる。
「………仰せのとおりに。ご主人さま?」
―――今度は俺が赤くなる番だった。
いつもの愛称でもなく、名前の呼び捨てでもなく、予想を反して返ってきた呼称に、ただ愕然とするばかり。
「お、ま…そっちの方が恥ずかしいだろ!!!」
「あ、ご主人さま真っ赤〜!」
「…っ!」
「ふふ。スコール、大好きだよ。」
「……っっ!!」
追い打ちをかけるように飛び込んできた俺の名前と愛の告白に更に余裕を失う。
たじろぐ姿に悪戯っぽく笑う彼女はまるで小悪魔みたいで。
次期主とメイドなんて上下関係は関係ない。
これまでもこれからも、きっと俺は彼女に翻弄され続けるに違いない。
そしてまんまと俺は彼女の罠にかかって、彼女の虜にされるんだ。
「ね、キスしてください。ご主人さま。」
もう、逃れられない。
END