Crazy for youF
〜翻弄する彼と彼女のセリフ〜



諦めてた。自分に纏わりつく立場を理由に。

でも彼女は違った。



「その結婚、待ったーー!」



大きな扉が開き、いつもの格好で現れた彼女は映画さながらに叫んだ。

そしてバージンロードを駆け抜けて掴んだんだ、俺の腕を。
一連の出来事はまるでスローモーションのようで。



「奪われたいって顔してますよ。」



はにかんだ彼女に、俺は迷いを、捨てた。



「……そこまで言うなら、奪われてやるよ。」



耳元でそう言うと、紅色に染まる頬。
彼女を堪能するのは後だ、今は一刻も早くこの場をどうにかしなくては。

俺はなりふり構わずその場で声を振り絞った。



「本日ご出席の皆様、誠に申し訳ありません。」
「……どういう、こと、だ?スコール…。」


深々と頭を下げ、最初に聞こえたのは震えた親父の声。顔を上げ、言葉を続ける。



「俺は…、この結婚も、この家の為だと思えば厭わない、そう思っていたんです。」
「………。」
「でも…違った。俺は…この日まで、この時まで、ずっと心の中でもがいていた。嫌だ嫌だと喚いていた。」
「…スコール…。」
「最初に言うべきだったんだ。でも、俺は『レウァール家』の一族で、その一人息子で、…それを盾に、結局自分自身の気持ちを認めることが怖くて逃げていたんだ。」



しん…と教会の中が静まり返っているせいで、唾を飲み込む音すら響いている気がする。
黙って聞いていてくれることに感謝しつつ、数歩ずれて内陣から外に出ると、未だ立ちつくした婚約者に向き直った。



「申し訳ありません!」



膝と手を床に、そして額を擦り合わせるかのように頭を下げた。



「俺は…、貴女とは結婚できません。」



―――ザワッ

会場全体の空気が揺れた。
ベールに包まれた婚約者の表情はうまく読み取れない。
泣いている?怒っている?あるいは両方か。

それでも…。



「俺には、どうしても離せないひとが居るんです。」



もう、決めたんだ。
彼女が踏み出してくれた一歩を、もう無駄になんかするもんか。



「正気ですか、スコール君。相手は…ただの使用人でしょう?」



以前会った時は柔和な眼差しが印象的だったはずの花嫁の叔父。険しい顔へとなったその人に、顔をあげて告げた。



「…使用人である前に、一人の女です。少なくとも俺にとっては。」



昔から、ずっと。



「…スコール。」



愛しい人の声。俺が人を好きになるなんて。そんなの有り得ない。そう思っていたけど、



「俺は、」



這いつくばっていた体を起こし、唇を噛みしめながら不安げにこちらを見つめていた最愛の人に近寄ると、その肩を抱きよせ、改めて皆に向き合う。



「ここにいる…彼女を、―――リノアを、心から愛しています。」



真っ直ぐ前だけを見て言った。
隣で息をのんだ彼女が目の端に映る。



「身勝手なことを言っているのは分かっています。でも、ことの発端は全て俺であって、この家は関係ありません。俺自身が弱いせいでこうして迷惑をかけてしまった。俺は勘当でもいい、家を追い出されてもいい、だからどうか…これはまだ18の世間知らずな一人のバカ息子が起こした騒動だと思って、今回だけ目を瞑ってはいただけないでしょうか…!」



お願いします、と腰を折った。
なんて陳腐な言葉だろうか。気休めにもなりやしない。
罵倒される、殴られる、ありとあらゆる場面を思い描いて。ただ、隣の彼女だけは、何としてでも守る、そう誓う。

しかし。俺の視界が床だけになってからしばらくして、俺は辺りの異常な雰囲気に気が付いた。



「…?」



何も。何も起きない。
浴びせられると思っていた罵声も、殴られると思っていた体もそのままで。
それどころか周りは水を打ったよう。

その違和感を確かめるべく、恐る恐る顔を上げた。



「…!?」



そこで見た光景は、我が目を疑うものだった。
まるで時が止まったかのように。
隣に居た最愛の人も、牧師も、参列していた親族も、警備員も、いつの間にかベールを取った婚約者までもが、皆一様にしてこちらに目を向け微笑を湛えていた。



・・・パチ



「…?」



パチパチパチパチ



―――止まっていた時が、動き出した。
各々が立ちあがったかと思えば、拍手の嵐が起こったのだ。



「鳩がライフル喰らったような顔してんなぁ、スコール!」
「…社長、それを言うなら豆鉄砲でしょう。ライフルでは鳩が死んでしまいます。」



大口を開けて笑っている父親、そしてそれを突っ込む平常運転の秘書キロス。



「いやー、散々焦らされたけど、ようやくハッピーエンドですね〜。」



へらりと笑う専属運転手のキニアス。



「まったく、私本当に結婚しちゃうかと思って冷や冷やしたわ。」
「いやしかし見ものでしたねぇ。」



肩をすくめて笑うのは婚約者のトゥリープ。そしてその叔父であるシド。
そして極めつけは―――、



「ひゅーひゅー!」
「も〜セルフィ、からかわないでよ〜!」
「だって“愛しています”って〜!良かったやん、リノア!」
「えへへ…照れるぜ。」



いつの間にか現れた使用人の一人であるティルミットと、照れくさそうに頭を掻く―――リノア。



「どういう…ことだ…。」
「まーだわかんないのか、我が息子よ。」
「芝居よ、芝居。」



トゥーリープの衝撃的な一言が頭を叩く。



「し…ばい…?」
「いやぁ、おまえいつまでもうじうじしてっからさ、ちょっとここらでお灸を食わせっか!ってことでな!」
「社長、それを言うなら“お灸を据える”です。」



そして婚約者が一歩前に出て笑った。



「それで私も一役買うことにしたのよ。あなたの親戚として。」
「親戚…?」
「ええ。昔会ったのはあなたがうんと小さい頃だったから覚えてないのも無理ないわ。」
「だから最初から取引破綻なんてリスクはなかったんだ。安心しろ、スコール。」



つまり、なんだ?
俺は踊らされていたのか?こんなにも大勢の人の掌の上で。

いや、待てよ…。



「リノアは…!?」



彼女に目を向けると、少し気まずそうに目を泳がせた。
あんたまで一枚噛んでたのかよ…。



「まぁそんな怖い顔すんなよ、スコール。リノアちゃんに言ったのは、お前が結婚を承諾して、リノアちゃんを突き放して、具体的に式の準備に取り掛かった頃だ。」
「リノアはこの家のことも愛しているのよ。だからいくら行動を起こすにしたって彼女も日は選ぶわよ。ねぇ?」
「は、はい。」



トゥリープとリノアの様子を見ていると、彼女たちも今日初めて会ったわけではなさそうだ。つまりそれだけこの“芝居”は入念な計画に基づくものであることを意味している。



「“今日”にしたのは、お前を追い詰める為だ。皆の見てる前で、逃げ場をない状態の方が自分に素直になれることもあるだろ?」



…ん?待て。待てよ。



「おい、この計画は誰が発端だ?」
「ん?俺、俺。」



さっ、と血の気が引いた。



「なんで俺の気持ち知って…。」
「あったりまえだろ。俺はお前が慕う実の父さんなんだから。」



実の父さん、を強調する親父。
いつもなら鼻で笑ってやるところだが…、今日は…なぜだろうか。
笑う親父の表情に絆されて、何も言い返せず、俺は糸が外れたカラクリ人形のように、その場にへたり込んだ。



「スコール坊ちゃま!?」



慌てたリノアが同じ目線まで屈む。その体を迷わず抱き寄せれば、



「!?」



3か月ぶりに唇を重ねた。同時に上がる歓声。突然のことに、彼女は逃れようと身体を捩る。が、離すものか。
抵抗する気すら失せるくらいにしっかりと、腰に腕を巻きつけた。



「ぼ、ぼ、坊ちゃま!?皆の前ですよ!?」
「良いだろ。もう公認なんだから。」



うっ、と言葉を詰まらせるリノア。
沸き起こる黄色い声の中でしっかりと俺自身の気持ちを紡ぐ。
もう、嘘はない。



「言うまで離さないからな。」
「い…言うって何を…。」
「俺、公然告白したぞ?」
「…!」



「正直に、好きって言えよ。」

その直後に返ってきた、俺の望む言葉。
恥ずかしそうに頬を染めて囁かれた告白に、俺は思わずまた、キスをした。



END
(言われたらもっと離せない)



⇒after story


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