海辺の恋A  
(お題配布元:確かに恋だった様)



海辺のあちこちに、みんなの姿が小さく見える。

ゼルはがむしゃらに泳いで沖のほうへ向かっているし、セルフィとキスティスは海の家の近くに敷いたレジャーシートの上で、カラフルなパラソルがつくる影の下くつろいでいる。アーヴァインはきっとセルフィに頼まれたのだろう、レジャーシートから少し離れた屋台の近くで両手いっぱいに食べ物や飲み物を持って歩いている。



とある夏の日、SeeDの貴重な休日である今日。
いつものメンバーで訪れたバラムの海では、自由気ままに、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。

スコールとリノアといえば、水泳レッスン中だった。
もちろんコーチはスコールだ。


「飲み込みは早いな。」
「へへー、そうでしょ〜。」
「って言ってもまだ初歩の初歩だけどな。」
「はぁい。」

スコールに手を引かれながらリノアは足をばたつかせて水をかいた。
酸素を口いっぱいに溜めて水面に顔をつけてみる。バラムの海は綺麗だ。リノアの手を引っ張りながら後ろ向きに歩いているスコールの足先が見えるほどに透き通った水の中には、時折色とりどりの魚が泳ぐ姿が見える。
どれも綺麗だが、リノアのお気に入りは海の青にも負けない鮮やかなブルーの魚。小さくて可愛くて一生懸命に泳ぐ姿に気分が和む。
ふと、その魚が1匹、リノアの目の前を横切った。スコールの足にめがけて泳いでいく。

(蹴られちゃうよ、気をつけて〜。)

相手は地の利を得ている魚なのだから問題ないのかもしれないが、小柄な身体につい心配してしまう。

小魚の行方を見つめていると、スコールのふくらはぎに頭を寄せていた。
まるでそれはスコールにキスをしているようで、微笑ましくなってくすりと笑う。その拍子に口から多めにはみ出てしまった空気がゴポポと泡になって頭上に浮かんでいった。
少し息苦しさを感じたリノアは砂地に足をついて水面から顔を出した。

「ぷはっ!」
「なかなか長かったな。」
「うん、かわいいお魚がいたの。観察してたらあっという間だったよ。」

片手をスコールから離し、顔についた海水を払いながら答えた。そして再び大きな手を元通り握った。彼もまた、当然のように握り返してくれる。
真正面から両方の手をそれぞれ握りあう、というあまりないシチュエーションにリノアは少し照れくささを感じながらも、『泳ぐ練習』という名目に甘んじることにした。

「どんな魚なんだ?」
「すごく綺麗なブルーなの。小さくて一生懸命な感じがかわいいんだよね。」
「俺も見てみるか。」

スコールがそう言うと、リノアの手を握ったままで足という支えを崩して体ごとぶくぶくと水中に潜っていった。水深は深くないから手を離さずとも問題ないようだが、まるでリノアの気持ちを汲んでくれたかのように握りっぱなしにしてくれたそれが嬉しくてリノアの頬は緩んだ。
そのまま、リノアも追いかけるように顔だけを水面につけてみる。
すると、面白い光景が見えた。
スコールは両手をリノア繋いでいるために、水面に向かって両手を上げた状態で器用に水の底にあぐらをかいていた。なんとも奇妙な格好だ。
その目の前を噂の青い魚が泳いでいる。同じ個体かもしれない。スコールのことをよほど気に入ったのか、ふよふよとスコールの顔の前を行き来している。それをスコールはじっと見つめていた。

なんだか面白い光景だ。変なポーズでまるで魚をおびき寄せる儀式をしているようにも見える。
小魚がじっとしているスコールの鼻先に、先ほどのように顔を摺り寄せた。

(ふふ、なんだかわたしみたい。)

こんなに小さくて可愛らしい魚を自分に例えるなんて笑われてしまうかもしれないが、それでもスコールに寄って行くその姿を自分と重ねずにはいられなかった。
こらえきれなかった笑いでリノアの酸素が逃げていく。そこでようやくスコールがリノアに気づいたらしく、視線が交わった。途端に恥ずかしそうに顔を赤らめ、口を一瞬開く姿が見えた。当然彼の口の中に海水が吸い込まれていくわけで、慌ててスコールはその体を海面に持ち上げた。

「げほっ、ごほっ。」
「大丈夫?スコール。」

同じく顔を水面から離したリノアは咳き込むスコールの顔を覗き込んだ。水分を含んだ前髪がぴっとりと顔周りにくっついていて、毛先からは水が滴る。惜しげもなく太陽の下に晒された筋肉質な胸板に幾筋もの水が流れ落ちた。むせていることを除けば、水も滴るいい男とはまさに今のスコールのことだろう。

「だ、大丈夫だ。」
「ふふ、手離せばよかったのに。」

水中で見たスコールの変なポーズを思い出してまた笑いをこみ上げながら何気なく言った。しかし返ってくるのは数秒の沈黙。あれ、と思いスコールを見上げると、その顔は赤い。

「…離したくなかったんだ、悪いか。」
「…へ?」
「チャンスだろ?」
「チャンス?」
「こうでもしないと…その、こういう場所であんまり触れられない、と思ったんだ。」

思わず目を見開いた。
『泳ぐ練習』を名目に手を繋いでいられる、そんな浅はかな思いはどうやらおそろいだったようだ。にやける顔が抑えられない。嬉しくて照れくさくて、リノアの体は水の中なのに熱くなった。

「スコールかわいすぎ!」
「うるさい。」
「ふふふ。」

真正面からお互いが両方の手と手を握り合っているのだから、その表情を隠す術はない。せめてもの抵抗のように、スコールは顔だけを背けているが、それにも限界がある。隠し切れなかった横顔が赤い。

「それより。」
「ん?」
「あの魚か?リノアが好きなやつ。」
「うん、そう。動きがちまちましてて可愛いでしょ?色も綺麗だし。」
「ああ、なんか…リノアみたいだって思った。」
「…う、やっぱりスコールかわいい。」
「は?」

スコールが水中で魚を見つめてそんなことを考えていたのかと思うと、可愛くて仕方がない。しかもまた自分が考えていた内容と同じこと。ここまでシンクロするなんて不思議だ。魔女と騎士の以心伝心、意外とそういうこともあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、リノアは握った手に少し力を入れた。

「それにしても魚のわたしは羨ましいなぁ。」
「…羨ましい?」
「だってこういうところでも堂々とスコールにキスできちゃうんだもん。」

唇を尖らせて、思考を漏らした。小さな魚が可愛らしく頭を摺り寄せて、まるでキスしていた様子は微笑ましい光景だった。
魚ならばそれで済むが、人となるとそうはいかない。さすがにここは公共の場。人と人との距離が離れているとはいえ、いくらリノアでもこの場でキスをすることは憚られた。

「魚になりたい気分〜。」
「…………ったく、…かわいいのはそっちだろ。」
「え?何?」
「いや、…リノア。そろそろ練習に戻るぞ。」

囁くように呟かれた言葉を聞き逃して問いかけるものの、教えてくれないまま話を逸らされてしまった。
聞き逃すには惜しい言葉だった気がしたリノアは、あとでガーデンに戻ってからでも聞いてみようと心に決めて、今はスコールの言葉に従うことにした。

「次はさっき俺がしたみたいに浮力をコントロールする練習をするぞ。」
「浮力をコントロール…?」
「水の底に座ってたの見ただろ?」
「あ、あれ!不思議だよね。わたし浮いちゃうよ。」
「リノアは脂肪が多いから仕方ないか。」
「ひどい!わたしだってやろうと思えばきっと…!」

一度手を離し、ざぶん、と水しぶきを立ててリノアは水中へと見よう見真似で潜ってみた。
しかし手でかいても足でかいても、底まで辿り着いたと思えばすぐに体が浮いてしまう。結局底で留まるというミッションを成功する前に酸素切れとなり海面へ戻った。

「っくく…ほら、な?」
「ぶぅ。」

顔を水面から出すと、スコールがおなかを押さえて笑っていた。

「リノアの足…面白かったぞ。」
「やだもう!いじわる!」
「く…っ、悪い悪い。」

水中では無我夢中だったが、水面付近ではきっとカエルのような足になっていたんだろうことを思うと、今更恥ずかしくなって顔に熱が集まる。反省の色など微塵も見えないほどに笑いをこらえきれていないスコールに頬を膨らませた。

「コツを掴めばできるようになるさ。」
「…ほんと?」
「ああ。よっぽど脂肪が多くない限りはな。」
「もうっ、スコール!」
「くく、冗談だ。」

ぽこぽこと叩く素振りをしていると、両手首を捕らえられ、その動きを止められた。そのままスコールがリノアの手を握りなおす。

「いいか。最初は少しジャンプして尻から落ちてみろ。鼻から息を吐くと底に落ちやすくなるはずだ。コツが掴めたらそんなことしなくてもできるようになるぞ。」
「わ、分かりました、コーチ。」
「一緒にやるぞ。」
「はい!」

スコールのアドバイスを頭の中で反復して唱えながら、せーの、の掛け声で少し跳ねる。そしてそのまま落ちてみる。
スコールの重みもあってか手を繋いでいるおかげで見る見るうちにリノアの体は沈んでいく。
上から見る景色とはまた違い、少し上を見上げれば水面が眩しい陽を浴びてキラキラと輝いている。透き通った水を通し、小さな光が群れになってリノアの体を照らした。まるで自分自身が光っているみたいだ。
浅瀬でもこんなに綺麗なら、もっと深くにいけばどんな景色が見られるのだろう。

すとん、と底にお尻がついた。その拍子に細かい砂が舞い上がる。白い粒子は光を反射し、まるで宝石のようだ。リノアはそのまま女の子座りでその姿勢を保つと、一度目の挑戦とは打って変わり、水をかいてもいないのに浮き上がらないことに驚いた。

リノアが視線を目の前のスコールに戻すと、その視線はいつから見ていたのか、リノアに向いていた。楽しそうなリノアを見て優しく微笑んでいる。
まるで神秘的なこの世界に二人きりのような錯覚を覚えながら、リノアはふと、"あの時"のように上を指差した。スコールがその指が示す先を追って目線を動かす。

そこには先ほどまで1匹で泳いでいた『リノア』。
今は一回り大きな魚と寄り添うように泳いでいて、2匹は2人に背を向けて楽しそうに泳いで行ってしまった。

(わたしたちみたいだね。)

そう思う心が伝わったかのようなタイミングで、照れくさそうに笑ったスコールは片手を離すと、リノアの頭を撫でた。
そしてそのまま大きな手で後頭部を引き寄せると―――唇を重ねた。




二人きりの秘密のキスは、ほんのりしょっぱかった。




海だけが見ていた

END






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