『子供だな、カーウェイは。』
『必要ない。居ても邪魔なだけだ。興味もない。』
放課後の勉強会から2週間。
同じ言葉が何度も何度もリノアの頭の中で廻っていた。
(あきらめた方が、いいのかな…。)
あの日から、今までのアプローチは嘘のようになくなっていた。
スコールの赴任当初と同じ、ただ遠くで見ているだけのの生活。
虚ろな瞳だけが無意識に彼を追っていた。
黒板にチョークで数式を滑らせるスコールと、ノートにペンを走らせるどころかノートも筆箱も開いていないリノア。
数式を説明する少し低い声のトーンが心地良く耳の奥へと響く。
(だって…。)
「恋人」に興味がない上に、煩わしいとさえ考えているスコール。
ましてや自分はスコールにとっては「子供」で。
そんな相手に一体どうアプローチすれば良いのか、はたまたアプローチした所で振り向いてもらえる見込みなんてあるのか、リノアは頭を悩ませていた。
(好き。)
恋に落ちてから、黒く丸い瞳はいつでも想い人の姿を映していた。
このありったけの気持ちが相手に届いてほしいという気持ちと、見ていることに気付かれたら恥ずかしいという気持ち。
相反する二つの心が彼女の中には混在していた。
(レオンハート先生…。)
彼に興味を持つ他の女学生たちのことを思い出す。
…結局自分も同じなのだろうか。好き、なんて表面上だけで、ただもの珍しいだけの気持ちを勘違いしているのだろうか。
(わたしも名前で呼びたいなぁ。)
そう思う気持ちも建前でしかないのだろうか。
リノアは頬杖をついて溜息を洩らした。
(―――「スコール」…先生。)
「どうした、カーウェイ。」
「!?」
目の前にはリノアを悩ます張本人。
ずっと見つめていたはずなのに、なぜこんなに近くまで来ていることに気がつかなかったのか。
―――いや、それよりも今は。
「うそ!まさかまた口に出してるなんて思わなくて!!ごめんなさ……うぐっっ!!」
咄嗟に立ちあがったリノアは、赤く染まった顔を見られぬ内にと勢いよく頭を下げた。
それと同時に教室内に響くのは、鈍い音と可愛げもない声。
「〜〜〜〜っっ。」
「…大丈夫か?」
心配しているのか呆れているのか定かではない声が聞こえ、リノアは机に打ち付けた額を擦りながら、痛みをこらえて頷いてみせた。
「何を勘違いしているかは知らないが、」
「…?」
「俺はカーウェイに授業を受ける気があるのかを聞きたいだけだ。」
周りから小さく洩れる笑い声。
机の上には閉じたノートに開かずの筆箱、そう言われるのは至極当然なことだった。
「あ、えっと、だって…難しくって。」
「…何もしない内に諦めるのか?」
「…え?」
何も考えず、咄嗟に出した無難な言い訳。
そこに返ってきた言葉が、まるで自分の悩みに答えてくれたようで。
リノアは目を見開いた。
(…そうだ、そうだった。わたし、何かした?…まだ何も。何もやってない。)
自分の気持ちは本当の恋なのか。
恋愛に興味のない相手を振り向かせる見込みがあるのか。
そんな悩み、ただの逃げる言い訳に過ぎない。
(何も確かめようとしてない。振り向かないなんて誰が決めたの?まだ真正面からぶつかってないじゃない。)
「…先生!」
「…あ、ああ?」
「わたし、する前から諦めようとしてた。こんな難問解けないって決めつけてた。でも、…違うよね!やってみなきゃ分からないよね!やってみてなかなか解けなくても、頑張ればそこにも意味はあるよね!」
「…そ、そうだな。」
「ありがとう、先生!わたし頑張るっ!」
(だってわたしの目は先生を追いかけてるもん。)
正直な自分の視線。
それにリノア自身が応えず、一体誰が応えるというのか。
虚ろだった瞳から、突然輝きを増した瞳。
意気揚々と話し始めたリノアに、スコールはもちろん、周りの生徒も唖然としながらその様子を見ていた。
love is blind
(見つめる先はいつもあなただから)
END