少し強引に、彼女に何も言わせぬ内に繋いだ手。俺の手は振り払われることなく受け入れられた。
―幸せな時間は早く過ぎ去っていくように感じてしまうもの。もちろん俺もまた例外ではなく。
繋がった影がゆっくりと歩んできた道も、もう終わる。
「―スコール。」
家の前で足を止める。
先に口を開いたのは彼女の方。振り返った俺は月に照らされた彼女の顔へと視線を向けた。
「ありがとね。」
「何がだ?」
「今日、スコール疲れてるのに付き合ってもらっちゃって。」
「…ああ、そんなことか。いつものこと、だろ?」
わざとそう言えば、想像通りむくれるリノア。それに苦笑して頭をぽんぽんとしてやれば、あっという間に嬉しそうな表情へ変わる。
一瞬一瞬変化していく表情は、何度見ても飽きることはない。見る度に俺の想いは募るばかりだ。
ーーーーーああ、分かってるさ。
そんな想いをたまには言葉に出さなくちゃいけないんだよな。
「それじゃ、ばいばい。」
"明日は休みだから沢山寝られるよ"だとか、"間違ってモーニングコールしなくても良いんだからね?"だとか、言いたいことを存分に言い終わった彼女は笑顔で俺に別れを告げる。
ーーーーー待ってくれ。
さっきの流れ星に力を借りて、もう少し素直になるから。
家に帰ろうと繋いだ手を離そうとした彼女の手を逆に強く引っ張れば、小さな悲鳴をあげてあっけなく俺の胸に倒れこむリノア。
すっぽりとその身体を閉じ込める。
突然のことに言葉が詰まったらしい。暫く経ってから不思議そうに俺の名が呟かれた。
それには何も応えず、彼女の艶のある髪を幾度も撫でれば、リノアもゆっくりと俺の背に腕を回してきた。
「今日のスコールは何だか甘えんぼさんだね…。」
軽く腕の力を緩めれば、真下にある彼女の、何処か照れくさそうな顔を見つめる。
弾力ある頬を一撫ですると、彼女の前髪をかき上げるようにして、今日2度目の口付けを交わした。
けれど先程よりも深く、彼女の唇の柔らかさを堪能するように味わっていく。最初は驚いていたリノアも徐々に応えてくるものだから、そんな彼女がより一層愛しくなって、細い肩を抱く腕に力を込めた。
名残惜しげに唇を離すと、彼女の潤んだ瞳と視線がぶつかる。俺は口元に微かな笑みを浮かべると、再びリノアを腕の中へと包みこんだ。その肩口へと顔を埋めれば、少しくすぐったそうに身動ぐ。
名前を呼べば、"なぁに?"と問い返す彼女に、少しの間を置いてから口を開いた。
「――これからは…手、繋いでいいからな。」
「…え?」
相変わらず可愛げのない言葉。それでも懸命に想いを紡ぐ。
「…いや、違う、そうじゃないんだ。」
"気を遣ってくれたのでは"などというあらぬ誤解を招く前に。
「俺が、繋ぎたいんだ。」
瞬間、俺のシャツを握る彼女の力が強くなった。
「本当?」
「…ああ。」
「ホントにホント?」
「本当だ。」
「人前でも、良いの?」
「そりゃあな。」
「腕も組んだりして良い?」
「ああ、良いさ。」
顔を上げた彼女はどんなプレゼントをあげる時よりも嬉しそうな表情で、本当に綺麗な顔で笑っていた。
少し、ほんの少し素直になるだけで、こんなにもとっておきの表情が見られるというのに、なんて勿体無いことをしていたんだろうか。
そんなことを考える俺へ、リノアの質問はまだ続く。
「じゃあ…――キスは?」
「あ…いや、それは流石にな…。」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて首を傾げるリノアにしどろもどろな返答を返すと、そんな俺を見上げたままで苦笑する。
「ふふ、分かってるよん。」
彼女の人差し指が俺の唇をなぞった。
「キスは二人でいる時だけ、でしょ?」
背伸びをした彼女が一瞬だけ掠るようなそれをすると、満足げに魅惑的な表情を浮かべる。
―ああ…こんな顔もできるのか。
俺は後ろ髪を引かれる想いでリノアを腕の檻から解放した。
「もっと早く言ってよね、スコール君。」
「ああ、努力する。」
「でも、嬉しかった。ありがと。」
一歩分、後ろに下がって俺と距離をとるリノア。
「じゃあ、今度こそおやすみなさい。また学校でね!」
そう言って帰っていく彼女の名をもう一度呼ぶと、振り返った彼女が首を傾げた。
「違うだろ?」
きょとんとした顔をするリノア。
「明日、暇なんだろ?」
「ひっどーい!リノアちゃんにだって予定っていうものが…!」
「でも図星だろ?」
「ゔっ…。」
「だから、『また明日』…だ。」
口を尖らせるリノアに間髪を入れずにそう言うと、途端に弾けたように笑った。
「モーニングコール、するからな。」
「されなくても起きますぅー。」
「そう言って何度俺を待たせたことか。」
「〜〜っ。」
ぐうの音も出ない彼女にククッと笑う。
「また明日な。」
「また明日ね。」
俺達が笑うすぐそばで、笹にぶら下がった2枚分の短冊が風に揺られて笑うようにカサリと音を立てた。
(俺達の青春はまだ、始まったばかり)
END