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帰路





「ところでスコール君。」



学校からの帰り道、暫く静かだったわたしはゆっくりと口を開いた。



「なんだ?」
「お約束通り、本当〜に短冊書いてくれたのかな?」



じいっとその綺麗な顔を覗きこむと、思った通り溜息をつく彼。



「仕方なく、な。誰かさんが脅してくるから。」
「ふふ。それはそれはありがとうございます。」



だってああいう風に書かなくちゃ、スコール、短冊なんて書いてくれないでしょ?…あれでも書いてくれるか不安だったけど。

そうこう言っている内に、スコールはいつもの曲がり角をいつも通り進もうとしていたものだから、わたしは慌てて止めに入る。



「っ…ストーップ!だめだめ、今日はそっちじゃなくて。」



不思議そうな彼の腕を引っ張って、その逆の方向へと向かう。寄りたい場所があるの、そう言うと、



「もうこんな時間だぞ。」



なんて言う彼。
全くもう。こういう所は妙に真面目なんだから。



「たまには良いじゃない。七夕デートしよ?」



わたしがそう付け足すと、照れくさそうに頷いてくれた。










***










10分足らずの道のりを進んで辿り着いたのは、子供のころからよく遊んでいた川。
その傍の土手に二人で並んで座り込むと、持っていた紙袋から小さな笹を取り出した。



「…あんた、そんなもの持ち歩いてたのか。」
「ちっちゃいけどね。」



片手に持てるくらいの小さな笹。わたしと彼の二人用にと、スコールが生徒会で頑張ってる間に取りに行ったのだ。
それに自分の短冊をかける。彼もまた、同じように。



「何お願いした?」
「そういうあんたは?」



二人共、短冊を二つ折りにしている為に、中の願い事は見えない。




「秘密。」
「俺も。」



―言わないよ。だって叶わなくなったらいやだもん。スコールは嫌がるかもしれないけど、叶ってほしいんだもん。



「すごいな、星。」
「うん!最近の七夕いっつも雨だったから、その分の星ぜーんぶ集めたみたい。」



近くに明かりがないせいだろう。見上げた空は小さな光で覆い尽くされている。
きっと今頃はこのキラキラの中で織姫様たちも逢瀬を楽しんでいるはずだと言えば、現実主義者の彼も珍しく合意してくれた。



――ふと、思いつく。
こんなにも雲ひとつない星空だ。もしかしたら、と笹を片手に立ちあがる。土手を下り、水に触れられる位置まで歩みを進めたわたしはそこで屈んで水を覗き込んだ。
何事かと思った彼も立ち上がったようで、草を踏み締めた音が後ろで聞こえる。



さらさら
さらさらと。



覗き込んだ水にはわたしの顔と、星空。
それだけが透き通った水に映り込む。



ーーああ、やっぱり見えた。満点の星空が。
川の中の星なら手が届きそうに感じて、思わず腕を伸ばしたけど、冷たい水がわたしの指先を濡らしただけだった。
仕方なく指先を水の中から出すと、その拍子に水面が揺れて、キラキラも揺れる。

それがあまりにも綺麗で言葉なく見つめていたら、夜空色に染まった川にもう一つの影が映りこんだ。
わたしを見下ろすように背後に来たその人へ振り返らないまま微笑むと、彼もまた同じように微笑んでくれた。



水面越しに見つめあって、二人で川の星を眺めて。綺麗だね…なんて、言葉に出さなくても感じている思いはきっと同じ。

笹を持っていたもう片方の手にほんの少し力を加え、目を閉じて短冊の願い事を心で唱える。



数秒後に眼を開いた瞬間、揺れる水面に映ったものは一筋の光だった。

ーーー川の中の、流れ星。



一瞬だけだったけど、確かに流れたそれに目を見開いて、それから我に返ったように後ろを振り向いた。



「見た!?今の、見た!?」



わたしと同じく川の空に見入っていたはずのその人へ、興奮冷めやらぬ様子で問えば、思った通り頷ずいてくれた彼に、わたしは無性に嬉しくなって飛び付く。
スコールは柔らかい笑みを浮かべて暫くわたしの頭を撫でてくれた。



「…そろそろ帰るか。」



彼の言葉を聞いて腕時計に視線を落とすと、思っていたよりも短針は進んでいるようだ。笑顔で同意を示せば、再び頭を一撫でしてくれた。



ーーそして。



「…!」



少し乱暴に、結ばれた手。
彼はわたしが何か言う間もなく、歩き出す。










―ねぇ。
たった今、今年のわたしが祈る小さな願い、ほんの少し叶ったの。

今繋いでいる手は、もしかすると夜の暗い道を歩いている間だけかもしれないけれど。明日空が明るくなれば、もう繋いでくれはしないかもしれないけれど。

それでも、大好きなあなたと川を流れる星を見ることができて、手を繋げて、なんて幸せな一日だったんだろうか。





星空に囲まれた帰り道を
一緒の歩幅で歩いて、

片手にはわたし達の
願い事を乗せた笹を持って、

片手はあなたの
大きな手を握り締めて。










『もっと手を繋いで歩けますように』





たった一言。
それだけ書かれた短冊が、わたし達の歩きに合わせて揺れていた。






(寂しそうな手を、夜に紛れて握ったんだ)


END



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