短編 | ナノ
「ぎゃああああああああ」
隣にいる青年の服の袖をぎゅうっと握り絞めながら大きな声で絶叫する少女。その横で実に愉快だというように笑う青年。
「もうやだぁ。もう止めようよ」
「何を言っているんだ。面白いのはこれからだぞ?」
すでに半泣き状態の少女が止めようとしても青年はそれに応じない。
「やだってば。もう普通のにしようよぉ」
「オレがこれを見るって言っているのにウチに来たのは希子だろう?」
「だって…、だって…」
「それとも家に帰るか?」
「っせ、せんぞうの、いじわるぅ!!!」
希子が仙蔵の胸のあたりに飛び掛かるが、当の本人にとっては仔猫に戯(じゃ)れつかれている程度のことらしく涼しい顔をして笑っていた。

何故こんなことになっているのか。それは一週間前まで遡る。
希子と仙蔵の家は隣同士で、二人は幼なじみだった。家が近く、こどもが同級生となると何かと関わることが多く二人の母親は仲が良く二人で旅行に行くことも少なくなかった。今週の週末も例に漏れず二人で旅行に行っていた。
そこまではいつも通りだったのだが今回は少し違った。希子の父親はもうすぐ大事なプレゼンがあるので今夜は帰れないとのことで不在、仙蔵の父親は海外に出張に行っているため不在だった。
仙蔵は別にそんなの構いやしないといつも通りだったのだが、困ったのは希子だった。希子はとっても怖がりで夜一人でいることができなかった。夜寝るだけなら大丈夫なのだが学校から帰ってきて寝るまでの時間を一人で過ごすとなると話は別だ。“イヤだ、怖い、一人ヤダ”と母親に抗議をしてみたが“もう予約取っちゃったからムリ☆”と言われ、仙蔵の母親からも“ごめんね、でもウチもパパいないから一人が恐かったらウチに泊まっちゃっていいよ”と言われるとそこから先は何も言えなくなってしまった。
そんなワケでその日は仙蔵の家に泊まることになったのだが、如何せん仙蔵は意地が悪い。サディズム嗜好者の彼にとって怖がりですぐにビビる希子は恰好の遊び道具であった。

当日、改めて仙蔵に泊まることについて許可をもらおうと思いその話を持ち出したのが昼休み。いつものメンバーで昼食を食べていた仙蔵を呼び出して頼んでいた。
「今日ママもパパもいないから仙蔵のお家に泊まりに行くけど大丈夫?」
「あぁ、母さんから話は聞いている」
「じゃあ今日一緒に帰ろ!それでそのままウチ寄って荷物持って仙蔵の家行くの!」
「でもオレ今日も部活あるぞ」
「じゃあ待ってる!」
「別にそれでもいいが…。一緒に帰る必要あるのか?何だったらカギ渡しておくから先に家にいてもいいぞ」
「いいの!待ってるったら待ってる!」
「まあお前がいいならかまわないが…。じゃあ部活が終わったら電話するから、そうしたら校門に来てくれ」
「うん、分かった!」
希子の言葉を聞いた仙蔵の声は心なしか嬉しそうに聞こえた。

そう約束をした希子は放課後友人と時間まで話をして待っていた。友人も仙蔵と同じ部活に所属している彼氏がいたのでよくお互い相手を待つときは一緒にいることが多かった。
「ねえ希子はさ、立花くんと付き合ったりしないの?」
「え、ないよ〜!だって仙蔵は完全にワタシのこと妹として見てるし」
「そう?だって男子が希子に近づこうものなら端から制裁喰らわせてるし…。やっぱりそーゆー目で見てるんじゃない?」
「え〜ないない!多分それもお兄ちゃんとしての心配じゃないかな?仙蔵ああ見えて結構心配性なんだよね」
確かに仙蔵は男関係のことになるといつも冷静なのが豹変して煩くなる。でもそれはさっき言ったように兄が妹を心配するようなものであって、好きな相手にするようそれではないと思う。
そんな話も交えつつ誰と誰がどうだったとか、誰々のところはいま泥沼状態だとか所詮ガールズトークと呼ばれるものをしていると時間とはあっという間に過ぎるもので部活動終了の時間になっていた。
友人とは昇降口でバイバイをして約束していた校門へと向かう。仙蔵はすでに待っていたようで姿を見つけて小走りで彼の元へ急ぐ。
「ごめんね、待った?」
「オレも今来たところだから心配するな」
「ほんと?よかった〜」
ホッとしたように頬を緩める希子を見て仙蔵の頬も緩んだ。