身体が震える。

目が醒めたら教室にいて、服についた血が固まっていて動くたびにペリペリと音を立てた。

鼻の奥にこびりついた血の匂いは慣れすぎて何も感じないのに、時折忘れるなと言うように強烈に匂う。


日が沈んだ教室で、女子生徒が泣きじゃくりながらまだ汚れのマシな"誰か"の制服を差し出してくれた。
ありがとう。と言って生徒の背中を擦る。
まだ血がついている私に抱きつきながら震えて涙を零す少女に強がりでも「大丈夫」とは私は言えなかった。


私も泣きだしてしまいそうだった。

怖くて、痛くて、身体が凍ったように冷たい。
帰りたい、なんの愛着もない寝る為だけの部屋だったけどそれでもあそこが私の家だった。帰って布団に包まって寝たい。



怖い。



きっとこの少女にもバレてしまっている、私が震えていることは。
不甲斐ない大人で申し訳ないとしか思えない。
怖くて、情けなくて涙が出る。

でも泣けない。生徒の前で泣いてはいけない。



私は教師なのだから。



日が暮れると、意外に月明かりって明るいのかな。なんて思いながら誰もいない階段でゆっくり血まみれになった上着を脱いで、シャツに袖を通す。
私の教官室に予備の服を置いていたから、あるか確認しに行こう。ポケットの中の鍵を左手で触りながら今後の事を思う。


ぎゅっと震える身体を膝ごと抱きしめて縮こまる。



人を、殺した。
あの感触と、目があってしまった。



大丈夫、この世界はずっといたあの平和な場所じゃない。
殺らないと殺られるのだ。
そういう世界だ。
よく観てた異世界ものだって、順応できなくて殺せない甘っちょろい主人公は嫌いだった。
もとの時代だって、日本が平和なだけで1歩でたら殺し合いをしている人なんてざらにいるんだ。

私は大丈夫だ。



私は大丈夫。



守らなければ。って思うのに、教師だからって大人だからって
そんな力私にはないのに、強がって気を使って
この期に及んで
生徒に嫌われたくないし、失望もされたくない。

それは誰のためなのかわからない。


でも、帰れるかわからないこの状況で
生徒に嫌われて除け者にされて、放り出されたら生きていけないから
彼らに媚を売ってるのかもしれない。生徒と私は対等ではない。


むしろこの状況で、立場が弱いのは私の方だ。


なんて一瞬頭を過ぎってしまった。その私の愚かで浅はかな思考がもっと情けない。



でも死にたくない。




『もう、やだぁ』


泣いたってどうにもならないのに
この世界で私は本当に一人ぼっちだ。


ボロボロと涙が止まらない。

階段にしゃくりあげる声が響いて、我慢しなければ。とグッと腕をつかむ。痛いくらいに掴んで、痛みで涙が止まればいいのに。




「桜子ちゃん?」

『ッ!?』


暗闇に響いた声。私の事をちゃん付けで呼ぶのは彼だけだ。
止まれ止まれと。ぐぐっと腕をつかむ手に力が篭もる。決して顔はあげない。


『た、高橋くん。…ちょっと、まっ、て』


涙は少しマシになったのに、呼吸が整わない。ゆっくり息を吸いたいのに、ヒッと短くしか吸えない。
足音と、布の擦れる音で高橋くんがすぐそばにしゃがみこんだのがわかった。

彼の体温が私の肌で感じられるくらいに近い。


「桜子ちゃん」


ぎゅうっと体全部を抱きしめられて
それが思っていたより
優しくて
温かくて
気持ちが良くて

ポロポロと、収まりかけていた涙がまた溢れだす。


『んっ、高橋くん離して』

「やだ。桜子ちゃん、我慢すんなよ」


このままでは、だめだと思った。
あまりにも心地良い抱擁に、優しい声色に頑なに閉していた檻にヒビが入る音がした。


優しく包んでいた高橋くんの腕を振り払うように、もがいて俯いていた顔をあげる
涙はまだとまらないけど、それよりもこの温かい腕から抜け出すほうが大事だ。


『高橋くん、お願い。はなして』


目があった高橋くんは、ぐっと眉が寄って苦しそうな表情だった。


「ダメだ」


グイッと後頭部をガシっと掴まれて、高橋くんの胸に押し付けられるように抱きしめ直される。
さっきよりも密着してしまった彼の身体は高校生と思えないくらい逞しい。


「桜子ちゃん泣いてもいい。俺が守るから」


温かくて、心地良い


守るって、子供が何を言ってるの?そう頭の片隅で思うのに
容量を超えた私の脳みそは、この言葉に含まれた熱を冷静に回避することはできなかった。

高橋くんの胸のTシャツを思わずグッと掴む。

いけないとわかっているのに
頭の中で警報が鳴り響いているのに、どこか遠くに感じる。


甘えるように高橋くんの厚みのある胸に顔を擦り寄せてしまう

彼から男の匂いがする。

ドロドロと、ずっと奥底に仕舞い込んでいた欲望が檻から顔を覗かせた。


『ほんと?』

「ああ、ほんとだから」


このまま心ごと全部甘えてしまいたい。
もう何も考えたくない。




大人なんてやめてしまいたい





大っきくてごつごつした高橋くんの手のひらが私の髪をなでてスルッと頬に滑ってきた。
胸から顔を上げて、彼を見つめれば高橋くんの親指が優しく涙を拭ってくれた。


『んっ、ありがとう』

「桜子ちゃん」


あまりにも優しいその親指が気持ちよくて、思わず目を細めて高橋くんの大きな手に擦り寄る。

次の瞬間グッとその手で引き寄せられて




唇に柔らかい感触がした




あたたかくて、少しガサついたソレは
私をずっと律して押さえつけていた


道徳の檻を壊すのに十分すぎる衝撃だった。






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