自虐





(ありがとう。大事に使うわ。)

と、30分くらいして返事がきて。
胸が一杯になった。

(いいにおいする。こちらこそ、いつもありがとう。)

そう返事することだけで精一杯だった。



練習が始まる前、すっと指先の香りを嗅ぐ。
一晩しかたってないのに、もう癖になったみたいで、気がついたら指先を鼻に近づけている。
リップクリームからも、ほのかに同じ香りがして、ふとした時にあの爽やかで優しく甘い香りに包まれてたまらない。

そのたびに総一郎でいっぱいになる。
ここまで狙って贈ったとしたら、かなり手練だな。なんて思う。

『ありがとう。』って直接言わないと。

そわそわしている

ガヤガヤと更衣室からでてきたメンバーが入ってきた。
みんなの話し声がだんだん近づいてくる。
タケルくんの大きな声が体育館に響いた。

「イチロー!んで、ヤッたんか?」

「ヤッたわ。て言いたいとこなんやけどなぁ。ヤッてへんわ。」

「嘘つくな!イチローあの後帰ってこなかっただろうが!あの女の家泊まったんだろ。」

「眠なったから家に帰ってん。」

「またまたぁ!ずるいぞイチロー!」


ピシッと身体が固まった。
ヤッたって、どういう……。アレしかないよね?


「どうした?」

「昨日イチローの学科でクリスマス集まってるって聞いて、俺も突撃したんだけどさぁ、イチローそのうちの一人の女の子家に送っていって、そのまま帰ってこなかったんだぜ!絶対ヤッたんだろ!」

うーわー………。

「イチローくん、筋肉すごぉい。なんて言われてベタベタ触られてたじゃん!羨ましい!!」

「まじか、で、ヤッたんか?」

「やからヤってへんわ。そろそろうっさいわタケル!」

「ちょい派手めでノリよくて、おっぱいはあんま無かったけど。イチロー好きそうじゃん?ああいう子。いいじゃーん!イチローだって満更じゃない感じだったじゃん!!羨ましすぎる。」


ぐらぐらと地面が揺れたような気がした。
お腹のそこから何かがこみ上げてきて、吐きそうになる。
平衡感覚を失ったみたいに、目がくるくる回る。

おちついて、おちついて、深呼吸

すっと大きく息を吸うと、フワッとあの香りがして、いい香りで体は落ち着いたのに
心は余計にざわついてしまった。

あんなに幸せな気持ちだったのに
一瞬で急降下した。
最悪だ。


でも、LINEで(ありがとう、大事に使うわ。)って返ってきたからきっと終電で帰ってきてプレゼントの中身見たんだよね?
プレゼントの中身が食べ物ってこともありえるし、中身わかんないのに。使う。って言わないよね?

必死に自分に言い聞かせる。

それに、総一郎はヤッたらヤッたって、めっちゃ言いそうじゃない?
「めっちゃよかったわ。」とか「2回目はないなぁ。」平気で良いそうだもん。デリカシーゼロだし。

冷静になればそれはそれでどうなんだ。ってことを考えながら自分に言い聞かせる。


でも

「べつにええやん。俺ら付き合ってるわけちゃうねんし。いちいち○にお伺いたてなあかんの?」


い、言いそう……。


「しゃーないやん。あんだけアピールされたらそりゃヤッてまうやろ。俺も男やし。それともなんなん、○がかわりにシテてくれるん?」


い、言いそう。

自分で勝手に脳内総一郎を作り出して泣きそうになる。

「いつも我慢してるんやから、ええやんべつに。」


だって○させてくれへんやん




あ、言いそう………。


ここまで鮮明に想像できることがもう終わってる気がする。
そんな人じゃないと必死に言い聞かせる。
いや、そんな人じゃなかったとしても


「ベタベタ触られてた。」

「満更じゃない感じだった。」


ぐわぐわと頭が揺れる。

「イチロー好きそうじゃん?ああいう子。」

派手めで、ノリがいい



嫌だ。
総一郎が他の女の子に触れたり触れられたりなんか、考えたくもなかった。
考えるだけで胸が引き裂かれるように痛かった。


結局総一郎にお礼を言えなかった。目も合わせられなかった。

このタイミングを逃した私は

目を合わせないまま『今年はありがとうございました、来年もよろしくお願いします。良いお年を。』と流れるように告げて総一郎の言葉を聞く前に
そそくさと逃げ帰ったのだった。

そして鬱々した気持ちのまま、新年を迎えてしまった。
また、逃げてしまったらきっともう戻れなくなる気がした。

年を越してブーブッとスマホが勢い良くなりだす。チームのグループLINEに「あけましておめでとう」の列が並ぶ。
帰省組以外は皆で年越ししているらしかった。
実家のリビングでこたつに潜っていると、もう寝るわ。と1人ずつそれぞれ部屋に散っていく

「○。このまま炬燵で寝たらだめよ。最後暖房けしてね。」

『うん、おやすみ。』

さっきまで賑やかだったリビングにテレビの音楽番組が流れる音だけが響く。

スゥッと指先を香りを吸い込んだ。
グループLINEに、総一郎のアイコンが流れる。起きてるってことだよね。

受話器のマークをした通話ボタンを押した。
あ、やっぱりやめとけばよかった。
どうしよう。

プルルルッ

プルルルッ

次出なかったら、切ろう。

プルルッ

「○?」

耳元で声が響く

「どないしたん?」

『あ。』

声が震える

『あけましておめでとう。』

「…あけましておめでとう。」

『ごめんね、起きてた?』

「起きとるで、バッチリ。」

緊張し過ぎて気づいてなかったけど、ガヤガヤと割と騒がしい。

『外なの?』

「あー、高校の連れと年越ししてん。」

『あ…。そっか、ごめんね。切るね。』

「ええねん、大丈夫やから。それよりどうかしたん?珍しいやん、電話。」

耳に直接総一郎の声が響いて擽ったい。
初めて機械を通してその声を聞いた。
少しだけいつもと違っていて、なんだか特別に感じる。

『いや、ただ新年の挨拶をと。』

何も考えてなかった。珍しく勢いでいってしまった。

「ははっ、そか。ありがとうな。」

なんやイチロー女か!?と後ろからはやし立てる声が聞こえる。

『その、今年もよろしくね。』

「ああ、よろしく!」

『じゃあ、また。』

「ああ、またな。」

ピロンと音を立てて通話を終わらせる。

『はぁー。』死ぬほど頑張った。

優しい声だった。

次会ったときは、ちゃんと目を見て話そう。スマホを抱きしめて、そっとコタツから出た。






ミーティングのためヒマワリ食堂に集合だ。
外に出ると雪が少し積もっていた。水分を多めに含んだそれは体重をかけるとクシュッと音をたてた。
慣れない雪だから、かなり時間に余裕を持って家を出る。
可愛いスノーブーツを買ったから、足元は寒くなくて心強い。
ゆっくりゆっくり歩く。

ブブッとポケットに入れたスマホが太ももを揺らした。
立ち止まって確認する。

(雪すこし積もってるで、大丈夫か?)

総一郎からだ。

(大丈夫だよ!ありがとう!意外と滑らない。)

転ばないようにポケットになおして、またゆっくり歩き出す。

ようやく駅へとたどり着いたので、スマホをみる

(もう家でたん?)

20分前だ。

(今駅ついたよ。)

さっと既読がつく。
なにかメッセージくるのかな?とボケっとスマホを見つめてその場で待っていた。

「○。」

『あ……。総一郎。』

「おはよう。」

『おはよう。』

顔を上げると、総一郎と目があった。
よかった。もう大丈夫だ。

「あけましておめでとう。」とまた改めて言い合って電車に乗り込んだ。


『総一郎、これ。』

「ん?なんや?」

『お土産。』

「え……。」

ひとり暮らしの味方、ご当地ラーメンのインスタントセットだ。6食分である。

「え!!ええんか?」

『うん。もらって。』

前まで無茶苦茶泊まってたし、お世話になってるので買ってきた。話す理由もできるし。
思ってたより普通に話せてよかった。

「俺お土産ないわ。すまん。」

『いいよ、全然。いっぱい泊めてもらってたし……。』

「そうか……。」

もう、しばらく泊まってない。

『あ!総一郎!!』

「ん?」

タイミング悪く降車駅についてしまった。
二人で改札を出てヒマワリ食堂まで歩く。

「なんやったん?さっき。」

『あ、あのね。』

ぐっと総一郎の腕を引いて彼の歩みを止める。
ずいっと、指先を総一郎の鼻に突き出す。

『すごいいい香りなの!ありがとう。』

「ん、ほんまやな。良い匂い。気に入ったんならよかったわ。」

『うん、気に入った!』

久しぶりにお互い笑顔がこぼれてまた二人で歩き出す。
その空気に、安心した。












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