砂の城





『総一郎、あのね。』

「どないしたんや?○。」

『私、自転車買ったの!』

「は?」

新しいチームになって、高城コーチがついてからは
火曜と金曜日は体育館で練習できるようになった。月曜と水曜日は屋上練習で、木曜は完全オフ。土日は自主参加だ。
今までみたいに、練習で終電ギリギリになることはほとんどなくなった。
だから、総一郎の部屋に泊まらなくても大丈夫な日が多い。
そんなに遅くないのに、夏が過ぎて肌寒くなってきたから日が暮れるのも早くなってきて、そのせいで総一郎が、送るって言ってくれる。

嬉しいんだけど、やっぱり負担にはなりたくない。

練習のあと、ヒマワリ食堂によった日には流れるように泊まっちゃうし。これはなんかよくないし、私が帰るときは総一郎も「俺も帰るわ。」て送ってくれる。その度にタケルくんが「えー。」と不満げな声を漏らす。

これはよくない。

しかも、
「えー、イチローかっこいい!すごい筋肉じゃん。」「せやろ?」なんてデレデレと女の子と話す総一郎を目撃してしまって

私彼女でもないのに、嫉妬して

彼女でもないのに、彼の時間を拘束しているんだ。と心が一瞬で冷え切ってしまった。

このまま彼の負担にはなりたくない。練習だってクタクタだし、バイトがある日もあるし
だから自転車を買った。これなら、時間もかなり短縮されるし、心配ないはずだ。

「ほんで?自転車買うたからどうしたん?」

『あ、だから、送ってもらわなくても大丈夫だよ?』

「……。」

『でも、その。』

「なんや。」

『自転車を総一郎のアパートに置かせて貰えたら助かります。』

「……ええで。」

『あと、どうしても遅くなった日は今までみたいに泊めてもらえると、嬉しいです。』

「……。」

自分で決めたのに、なんだか語尾が弱くなっていく。
完全に総一郎との時間を無くしたくはなくて、自分勝手だとはわかってるけど
ゼロにはしたくない。

「なんや、そんなん今までずっと泊まっとったやん。好きなだけ来たらええねん。遠慮なんて気持ち悪いで。」

『ありがとう。』

総一郎は笑ってくれたけど、何か言いたそうにしていた。





もう季節は冬へとうつっていた。



『お、お世話になります。』

「はい、どーぞ。結局めっちゃ泊まっとるな。」

ニヤニヤと総一郎が笑いながらこちらを見る。
私の自転車決意も虚しく、バイトがない日はすぐ「○飯食って帰ろう。」もしくは「○晩飯つくってや。」の2択攻めされている。
そんなの、総一郎のことを好きだと自覚してしまった私が断れるはずもなく
そのまま文字通り家に連れ込まれる運びとなる。
せめてもの抵抗として、総一郎とバイトの日程をずらして「今日バイトだから!」と先に帰っている。バイト入ってなかったらほいほい付いていってしまう自分の意志の弱さが怖い。

生理のときに「今日しんどいから帰る。」と言っていたら、生理周期をほぼほぼ把握されるという悲劇まで起きている。
恥ずかしすぎる……。


『翔、スタンツ参加してくれるよね。』

「せやな。」

『チームがいい方向にいくよね?』

「………せやな。」

今日、翔の昔の話をメンバーみんなで聞いて、トンが爆発した。
いろいろ話をしていたら、お酒のんだし。
結果今日も遅くなったのでこうしてまた総一郎の部屋に私は来ている。

総一郎と二人でいるとき、あまりチームの話はしない。
基本遅くなるときに泊まるから、お風呂入ってすぐ寝るってのもあるけど
何となく、あまり口を出す事じゃない気もする。
私だってBREAKERSの一員なのに、またあの鬱鬱とした気持ちがぐるぐるする。
この感情とはずっと付き合っていかなければならないみたいだ。


「○髪伸びたなぁ。ちゃんと乾かさな風邪ひくで。」

お風呂あがりに、ドライヤーが面倒くさくて中途半端なところでとまっていると
総一郎が後ろに座る

「しゃーないなぁ。」

ドライヤーを手にとって電源ボタンを押す

温かい風が髪を揺らす。

「○髪サラサラやな。」

『コンディショナー使ってるからね。』

「それだけで、こんなサラサラならんやろ。」

総一郎の家になかったのに、今ではバスルームの棚にそれは置かれている。
一応シャンプーと同じメーカーので揃えて買った。
ボトルについている水垢がコンディショナーの方だけ無くて、同じメーカーなのに、ちょっとちぐはぐでそれを見るたびに少しだけ嬉しくなってしまう。

こうやって面倒くさがっていると、総一郎がドライヤーをかけてくれて
それがあまりにも甘くて心地よくて、辞められない。

彼に触れられるのも、二人の時は嬉しくてたまらない。それはきっと彼が私に触れたくて触れているからだ。
みんなの前だと、なんだかそれが自分の役割だからとでも言う様にふざけた様子で触れてくるから
だからそんなふうに彼に触られたくなくて、どうしても冷たくあしらう様になってしまう。

二人の時はこんなにも甘く優しく触れてくれるのに



総一郎の指で髪を梳かれるのが好きだ。
優しくて気持ちいい。
この時間が少しでも長く続いて欲しいと思ってしまう。

『好き』って伝えたら、どうなるんだろう。

総一郎と恋人になれるのかな?

恋人になって、どうしたいんだろう。
いつもそこで思考は止まる。

ずっとこのままでいれるなら、このままでもいい。このままの方がいい。

私は総一郎のトクベツなんだと、勘違いしたままでいい。

身近に女の子がいないから、私の相手をしているだけなんだと、だから目を覚まして。と誰かが囁く声が聞こえる。

ここまで一緒にいて恋人になれないなんてきっとないから。
恋人になってしまえば、彼を縛ってられるよ。とそいつは言った。
早く縛ったほうがいい。ほら、好きっていいな?畳み掛けるようにそいつがまた言った。


「○、かわいたで。」

『ありがとう。』

「じゃ、寝よか。」

『うん。』

右肩を上にしていつものように彼がベッドに潜り込む
借りていたパーカーを脱いで半袖で布団へと潜る。

「○あったか。」

『総一郎のほうがあったかいよ。』

「たしかに、そうかも。でも今俺手冷たいねん。」

『んゃっ!!!』

「かわいい声出すやん。○。」

『やだ、つめたい。』

「温めてーや。」

Tシャツをすり抜けた総一郎の冷たい指先が私の素肌に触れている。
触れた指は冷たいのに、触れられたそこはどんどん熱くなる。
その熱に耐えられなくて、彼の手をぐっと握って引き剥がす。

『変なとこ触らないように捕まえとくから。』

「あったかいから、それでもええで。」

わざとらしく理由をつけて、私は彼の手を。ぎゅっと握った。

『もう寝るから、おやすみ。』

「ん、おやすみ。」


もう本当に、どうしたらいいかわからない。

少しずつだけど、保たれていたラインをじわじわと彼が越えて来るのを感じる。
「今まで通り」が崩れていく音がした。

とりあえずこのままの時間が続けばいいのにと逃げるように祈りながら瞼を閉じた。















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