この恋だけは勘弁してくれ

人並みに恋をすることをやめたのはいつ頃からだっただろうか。

「ヨネは恋人とかいらなそうだよな」
「え?」

何かに悩んだまっちゃんがエロ本を読んでいた俺にぼそりと呟くようにして言った。

「恋人」
「いや、ほしいよ。おっぱい触りたいもん」
「それだけかよ」
「まんこも触りたいよ」

まっちゃんがゴミでも見るかのようにして俺を見て、それからため息をついた。

「いつか、ヨネは全然知らん人と、それこそ子供ができたとか言って結婚報告してきそう」
「えー。結婚とかそういう話は高校生じゃ早いんじゃない?」
「一時のテンションで妊娠させそうだって言ってんの」
「んー……でも俺はそんな重たい責任は負えないかなー」

確かに女の子が大好きで、AVも好きだし、エロ本も好きだし、エロゲーも好きだけど、そんな責任が俺に背負えるとも思えないんだよね。
ただ普通に女の子の柔らかさに包まれていたいだけだしね。

「まぁ、それでいうと確かに彼女はいらないかな。成人したら風俗とか行けるし、俺はそれでいいかも」
「はぁ……お前はそういう奴だよな……」
「人生好きなことだけして生きていたいでしょ」
「それはそうだな」

この日がきっかけだったわけではないと思うが、でも確かに俺の人生の中で記憶に残る一幕ではあった。
恋に溺れていく友人たちを見ながら、俺は一線を引いたように恋から遠ざかった。
成人をして、風俗に行き始めてからはそれは顕著になる。
人を好きになれど、俺自身があまりにも不誠実な気がして、まともに人と向き合うことをしないような男が責任を求められるようなことをしてはいけないと思ったのだ。
お金を出せば可愛い女の子とも遊べるし、ちょっとマニアックな趣味にも付き合ってもらえるのだから、わざわざセフレも彼女もいらないと思ったし、欲しいとも思わない。
一人の夜が寂しいとも思わないし、一人で外食するのも一人で遊ぶこともできる。
幸いにもゲームとかAVとか没頭できる趣味はいくつかあるし、社畜も極まってきているからなんなら一人が落ち着くほどだ。
次に俺が恋をするときは、きっと仕方ないと思って、嫌々ながら恋をするのだろう。

「本当、ブサイクな寝顔だなぁ」

鼻が詰まっているのか、翔平くんは口を開けて、それなのにプシューって鼻を鳴らしながら寝ている。
泣きながら寝るのはやめておくように言おう。
未来の彼氏が見たらこれは千年の恋も覚めるんじゃないだろうか。
そろそろ鼻提灯でも膨らましてきそうだ。

「そうだ、ガルーダ戦の前にアラームつけておこう」

ガルーダ戦の一時間前と三十分前にアラームをセットしてから目を閉じた。
そらから翔平くんの規則的に鼻が鳴る音を聞きながら眠りに落ちた。
規則的な音であればなんでも眠くなるもんだな。

***

けたたましくアラームが鳴り、眠気を堪えながらアラームを切った。
いつもなら肌寒さを感じる寝起きだが、今日は温かいくらいだった。

「人肌ってのは、誰のもんでも温かいもんなんだな……」

できれば可愛い女の子の人肌で温まりたいけどね。
欲を言うならシンディちゃんのおっぱいで暖を取りたいけどね。
けたたましく鳴り響いたアラームに気付くこともなく、ほかほかした体温の翔平くんは規則正しい寝息を立てていた。
俺にぴったりとくっついてはいるが、体を丸めているあたり、これは俺で暖をとっているのだろうか。
確かに昼前だというのに、昨日の夜よりもずっと部屋が冷えている。

「にしても寒くいな……。暖房が切れてるのか?」

ベッドサイドに置いていたはずのリモコンを探すがどこにもなく、ベッドヘッドあたりを探っていると枕の下からリモコンがでてきた。
案の定暖房が切れていて、布団から足を出せばひんやりした。
とりあえず暖房をつけ、携帯で気温を見れば外の気温はマイナス二度。
そら寒いはずだ。
翔平くんが隣に寝ていなかったら風邪をひいていたかもしれない。
……この納期が重なりまくってクソ忙しい時期に風邪なんて引いたら、会社でどんな目に合うかわからない。
これは翔平くんに感謝だな……。

「翔平くん、そろそろ起きて」
「んんー」
「あと一時間もしないうちにガルーダ戦始まるよー」
「う゛う゛ん……じゃあ、あと三十分寝ます……。寒いし……」
「暖房切れてたみたいでさ。外マイナス二度だって」
「寝ます……」

そういうと翔平くんは布団の中に潜り込み、また規則正しい寝息を立て始めた。
寒い中、ミニスカートなんて履いてたし、今まで割とさくっと起きていたと思っていたけど、案外寒がりで、朝に弱いのかもしれない。
毛布を頭までかぶって、苦しくないのだろうか。
翔平くんに引き上げて、毛布を肩まで引っ張ってやる。
世話の焼ける高校生だよ……。
あぁ、でも、弟がいるってのはこんなんなのかな。
俺も俺の周りも一人っ子ばっかりだから、兄弟ってのはよくわからないけど。

「俺もあと少し寝るかな」

オンラインゲームと会社への泊まり込み作業のおかげで仮眠は得意なのだ。
部屋の中もまだまだ暖まらないし、布団から出る気にもならない。
まぁ、俺の傍に男の子がいるってのは寝苦しさ八割増しではあるけれども、寒いから湯たんぽだと思うこととしよう。

「翔平くん、ガルーダ戦前には起きてねー」
「……うん」
「うーん……これは絶対起きないやつだな」
「……うん」
「ははっ。一応返事するんだ」

ガルーダ戦は俺より翔平くんの方がうまそうだから見せてもらおうと思ってたが、これは無理そうだな。
ま、俺でもある程度は狩れるからいいけどね。

***

気が付いたら外が暗くなっていて、軽く絶望した。
寝ていただけで休みが終わるなど……!

「隣にいるのが男でも、人肌ってのはいけないもんなんだな……」

翔平くんに至っては未だに寝ている。
俺なんか寝過ぎて頭が痛いのに、これは尊敬しちゃうね。
さすがに眠気も吹っ飛び、部屋も十分に暖かいからベッドから起き上がった。

「翔平くん起きて。外真っ暗だから」
「う゛う゛ん」
「いや、起こすなみたいな顔してるけど、驚くほど外暗いから」
「まだ寝れるから……」
「夜寝られなくなるよ。もう夜だけど」

時計を見れば驚きの夜八時。
いくら疲れてたとはいえ、十二時間を超えて寝たのは久しぶりだった。
ガルーダ戦どころか、またベヒモス戦の時間が来るわ……。
部屋の電気をつけると翔平くんは眩しさに耐えられなかったのか布団に潜った。
俺はその布団を問答無用で剥がし、翔平くんを起き上がらせる。

「眠いのに……」
「もう夜八時だよ。翔平くんは帰んないといけないでしょ」
「……今日も泊まります」
「ダメでーす。今日は帰しますー」
「……終電が」
「絶対まだあるよね」

どんだけ寝汚いんだ……。

「んんーせっかくヨネさんと寝てたから、いい夢見てたのになー」
「いや、あのブサイクな寝顔からはいい夢感は全く感じなかったけど」
「え!? 俺の寝顔ブサイクなんですか!?」
「俺が見た中でダントツのブサイクだった」
「嘘……!」

翔平くんは寝顔をブサイクと言われたことでようやく目が覚めたらしい。

「寝顔がブサイクは盲点……! 可愛い寝顔の練習しないと……!」
「それ、どうやって練習するの?」
「…………AVとかで研究を?」
「セックスしてるビデオに寝顔はない気がするけどね」
「ぐぅ……!」

あ、デート系AVならワンチャンあるかな。

「とりあえず着替えて。駅までは送ってあげるから」
「大丈夫ですよ。駅までそんな遠くないですし」
「いや、送るよ。昨日の服で帰るんでしょ? 遠目に見たら女の子に見える子を一人で帰すわけにはいけないからね」
「大丈夫ですよ! 襲われたら襲われたで楽しむんで!」

そうだった、危ない性癖を持ってるんだったな。
強姦ぐらい楽しみそうな性癖だったな。
でも俺には、さすがに翔平くんが強姦されたと聞いてよかったねと言える強さはない。

「まぁ、俺も腹も減ったから、どっかでご飯食べて行こうよ。送るのはそのついでね」
「やったー! ハンバーグー!」
「お、ハンバーグね。いいね」

寝過ぎたからなのか腹が減ってるし、悪くない案だ。
俺としてはファミレスの少し硬めのハンバーグが好き。
柔らかすぎるのはどうも好みではない。
とりあえず適当な服に着替えてから洗面所で髭を剃る。
無精髭が似合う顔ではないから、こういうときに面倒なんだよなぁ。

「いいなー。僕も髭を剃れるぐらい生えてこないかなー」

サクッと着替えたらしい翔平くんが後ろから覗いていた。
顔を洗う用にタオルを渡してやる。

「まぁ、でも、そうなったらそうなったで毎日面倒だよ」
「それでも髭を剃るのは大人の男って感じがしてイイと思います!」
「俺はなかった頃に戻りたいけどねー」
「えー」

パッと髭を払い、剃り残しがないことを確認して洗面所を出る。
翔平くんは俺と入れ替わりで洗面所で身嗜みを整えていた。
携帯と財布をポケットに突っ込み、マフラーを巻いてダウンジャケットを着れば準備はオッケーだ。
玄関では昨日よりも少しだけ雑な女装をした翔平くんが待っていた。
雑と言うか、女物の服を着ただけって感じの格好をしている。
胸がまっ平なのを見ると、山盛りパッドが入ったナイトブラは鞄の中にねじ込んだらしい。
それから、手にはしっかりと、汚してしまった俺のスウェットを持っていた。

「ガストにします? ロイホ? ジョナ? サイゼ?」
「んー俺はガストのハンバーグが好き」
「わかります! ハンバーグって言ったらガストですよね!」
「ガストのさ、チーズハンバーグの真ん中に穴あけてチーズフォンデュできるの知ってる?」
「え! おいしそう!」
「ちょっとはしたないけど、おいしいよ。ついついやっちゃうんだよねー」
「今日は僕もやってみたいです!」

翔平くんはにこにこと笑い、チーズフォンデュをすると張り切っている。
難点としてはチーズフォンデュをしてしまうとチーズが足りなくなり、チーズハンバーグではなくなることなんだが、きっと翔平くんはチーズフォンデュでチーズを食い尽くすだろうな。

「はー……お昼も寒かったですけど、夜はもっと寒いですねー」

そんな格好してるから、とは思ったが言わないでおいた。
さすがに俺だってそこまで無神経ではない。

「ヨネさん、また遊びに来てもいいですか?」

これから飯を食うってのに、またそんな不安そうな顔をして、不安になるようなことを聞いて。
嫌だと言わせないようなズルいこともできないなら、なぁなぁにして終わっておけばいいのに。
純粋な子ってのは眩しいったらないね。

「……次はガルーダ戦ね」
「は、はいっ!」

まっちゃん、やっぱり俺は、恋人はいらないや。




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