失恋が恋の始まりだなんて

「泣くなって。つーか、泣くことは何もないだろ」
「泣くわ!」
「え゛えぇー」
「え゛ーって何!カレシじゃなかったの?!」
「そうだけども、でも期間限定っていうか」
「少しぐらい、少しぐらい別れを惜しんでもいいじゃん!」
「十分惜しんでるよ」
「嘘ばっかり。やっぱりヤリ目だったんだ」
「それはないから」
「・・・知ってるもん」

袴田が何に悩んでいるのかはわかっている。
少し残念だ。

「武地さん、好き」
「朝比奈の次の次の次の次の次だっけ?」
「アサの次ぐらい」
「へー、俺大出世じゃん」

これが1番になればと思わなかった日はない。

「朝比奈の次に好きになってくれて良かったぜ」
「何も良くない」
「言ったろ?打算的なセックスだって」
「・・・うん」
「朝比奈が下手くそだったら、戻ってこいよ」
「もー!こんな時までー!」
「ははっ、お前元気だなぁ」

泣きながら怒る袴田の頭を撫でてやり、俺を馬鹿と罵りながら振り回す腕を自分の腕の中に収める。
これが最後と思って袴田の唇にむかってゆっくり自分の唇を重ねる。
またいつか、この腕でこいつを抱ける日が来ますように。
打算的な恋愛も悪いもんではない。

***

死ぬほど泣いて死ぬほど文句を言って、気がついたら朝だった。
きちんと用意された朝食を武地さんと食べて、武地さんに見送られて外に出た。

「武地さん」

武地さんは泣くどころか文句も言わなかった。
俺のブサイクに腫れた顔面を見て笑っただけだった。

「これでいいのかなぁ」

武地さんに対して情がないかと言えばそんなことはない。
優しいところも大人なところも大好きだ。
それにひたすら甘えて1ヶ月ぐらい一緒に過ごして、浮かれてなかったかと言えば嘘だ。
初めてできたカレシだって、はしゃいでたのは間違いないのだ。
それなのに俺は最後までアサのことを捨てらんなくて、アサのことばっかりで。

「武地さんを好きになれば良かったのに」

そしたらきっと幸せだった。
武地さんは一緒に誕生日もクリスマスもすごしてくれるし、俺が帰ってくるのもずっと待っててくれる。
ちょっとエロいことはしすぎだけど、でも嫌なことは絶対しない。
たまに大人すぎてよくわかんないこともあるけど、でも俺が子供すぎるからちょうどいい。
きっと釣り合いが取れているんだ。

「さて、どっちに行くか」

アサの家と武地さんの家の真ん中ぐらいでチャリを止める。
アサには時間が欲しいって言った。
武地さんにはいってらっしゃいと送り出された。
泣き腫らした顔を気合を込めるために叩き、腫れてほとんど開いてない目をぐっと力を込めて閉じる。
ここで真っ直ぐ進むか、来た道を戻るのかは俺の自由だ。

***

正直、こんなに外に送り出すのが辛いとは思わなかった。

「はー・・・皿片付けるか」

しょげていた袴田を慰めるだけ慰めて、いい大人を演じて俺は辛くないとばかりに笑って送り出した。
でも実のところ、そんなに聞き分けがいいわけではない。
優しくしたら絆されないかとか、セックスにハマらないかとか、俺が好きって言わないかとか死ぬほど考えた。
死ぬほど考えたけど、でもやっぱりクリスマスとか楽しいイベントが控えてるのに袴田が好きなやつと幸せになれないっていうのは悲しいと思ったのだ。
これが朝比奈だったらざまぁみろで終わったのかもしれないけれど、でも袴田に対してそうは思えなかった。

「一生懸命なんだもんなぁ・・・」

初めて袴田を見たその時から、その一生懸命さが好きだった。
朝比奈に駆り出された草野球の試合で初めて会ったが、最初から最後まで一生懸命だったのを覚えている。
そして必死になって朝比奈のことを応援していたのだ。
朝比奈もまんざらじゃなさそうで、付き合ってんだって勝手に思ってた。
でも朝比奈の彼女が登場してきて、その時の袴田の顔を見て、なるほどなって思った。
朝比奈じゃなくて、俺を応援すればいいのに。
そう思ったらもうダメだった。
テキトーに駆り出されてきた俺は眼中にない、望みは薄いどころかないかもしれない。
でも両思いだと気付く前なら俺にもチャンスはある。

「ある、と思ったんだけどなぁ」

ガチャガチャと無駄に音を鳴らして皿を洗う。
綺麗になった皿は2人分だ。
これも最近買い足したのだ。
何もかもが1人分しかない俺の家に、袴田の分まで何もかも買い足した。

「恋人と別れたら、物を捨てる女の気持ちがわかるぜ」

柄にもなくそんなことを考え、通知音が鳴ったスマホを手に取る。
袴田から、ラインがきていた。

「はは、バカじゃねーの」

***

昨晩はビールをしこたま飲み、海外ドラマを永遠とテレビで流しながらさきいかを貪り食った。
はーちゃんが武地さんのところに行ったショックが消えなくて、またセックスでもしてんのかと思ったら腹の中が気持ち悪かった。

「時間がほしいってなんだ・・・」

俺の前で他の男のとこに行ったんだから、あの時に振ってくれればよかったのに。
そしたら残念だったと自分を慰めて寝れたのに。
あぁ、でも人のせいにするのはよくない。
そもそも俺がはーちゃんと武地先輩の間に割って入ったのだから、俺が何も言わずに黙っていればよかったのだ。
もうなんで言ってしまったんだろう。
どうにかこの気持ちをやり過ごすことができればよかったのに。

「だめだ・・・落ち込みすぎて自分が気持ち悪い・・・」

っていうか、なんでこんな日に限って草野球の練習とかないの。
なんでコージー電話してこないの。
バッティングセンターとか行こうかな。
いやでもバッティングセンターに行くのもめんどくさいっていうか。
本気で何もしたくない。

「失恋って辛い」

正直、まっちゃんの時よりも辛い。
なんか話したらスッキリしたとか、そんなレベルじゃない。
飲みに行けば忘れられるのかと言えばそうでもない気がする。
きっとこの恋は誰にも打ち明けられずに終わるのだ。
・・・終わるとか、心の中でも思うんじゃなかった。

「旭、起きてる?」
「母ちゃん・・・部屋に入る時はノックした方が息子のためっていうか・・・」
「部屋が酒臭い!煙草臭い!壁紙が汚れる!」
「あ、あとで窓開けます」
「そうしなさい!臭い!」

部屋のドアを開け放ち、俺が寝そべるベッドに向かって母親が叫ぶ。
朝から元気が良すぎて、なんかもうすごいぜ母ちゃん。
俺失恋して辛いってめっちゃ浸ってたんだけど、なんでこんなに全力でぶち壊してくるんだろう。
すごい以外の言葉が出てこない。

「お母さん女子会行ってくるから」
「・・・ババァが女子会って何」
「ババァって何?」
「いってらっしゃいませ!」

背中に重みを感じて全力で見送りの言葉を口にした。

「お昼、テキトーに食べてね。何もないから」
「え゛ー!」
「じゃ、お母さんはホットケーキ食べてくるから」
「ホットケーキって!最近はパンケーキっつーんだよ!」
「あと袴田くんが来てるから」
「え゛?!」

頭からかぶっていた布団を勢いよくはねのけてベッドの上に立ち上がる。
ドアの方にこっそりと、顔面を真っ赤に腫らしたはーちゃんがいた。

「おはー!」
「お、おはー・・・」
「じゃ、外に出る時には戸締りよろしくねー。あと洗濯物も取り込んでてねー。お皿も洗っていいわよー。お風呂も掃除していいわよー」

母親が何か色々と頼んでいたように聞こえるが、そんなことは何も頭に入らない。

「アサ、部屋臭い」
「はーちゃん、ブス」
「ブスとはなんだ!」
「いやいやいや、顔!ヤバいよ!」
「うるせー!もういい!帰る!」
「あっちょっ、か、帰るのは待って!」

本気で帰ろうとするはーちゃんをとりあえず引き止めて、酒と煙草の匂いがする部屋を換気する。
それから急いでテーブルの上に散らかしたままの空き缶やさきいかの残り、煙草の吸殻を捨てた。
部屋に掃除機をかける時間はないので、少しだけ物を避けて服を着替えた。
それから歯を磨きに走り、待たせすぎるのもよくないと歯を磨きながらはーちゃんの前に座る。

「ど、どうしたの?」
「歯磨きしながら聞くの?」
「いや、待たせたら悪いと思って」
「昨日の返事をしようと思うんだけど」
「ごめん。口ゆすいでくる」

家の中を本気でダッシュして歯磨きを終わらせる。
顔も洗ってシャキッとしたと鏡を見たところで生え始めたヒゲが目に止まり、急いでヒゲまで剃った。
ところどころ引っ掻いてしまった気がするが、血が滲んで来なかったからセーフだ。
そして頬を思いっきり叩き、寝不足の頭に気合いを入れる。

「よし!」

何を言われても、大丈夫だ。
うだうだと悩むのははーちゃんが帰ってからにする。

「お待たせいたしました」
「お待ちしました」

はーちゃんの前にとりあえず正座をする。
あぁ、はーちゃんと二人っきりがこんなに気まずい日が来るとは思わなかった。
そわそわとして落ち着かない。

「それで、あの」
「結論から言うと、アサと付き合おうと思います」
「・・・本気?」
「俺は大真面目の本気野郎です」

・・・大真面目の本気野郎には思えないぐらいひどい顔をしているが、そうなるほど悩んだと言うことなのかもしれない。

「武地さんとは別れてきました。1時間ぐらい前に」
「ずいぶん最近だね?」
「うん。朝ごはんは一緒に食べた」

それがどういうことなのかを察し、腹の中がもやっとした。
でも俺には何も言う資格はない。

「武地さんはすごい大人で、良い人で、とても優しい人でした」
「うん。知ってる」
「なので俺がアサと付き合うと言っても怒りませんでした」
「そ、そうなの?」
「正直、ちょっと寂しいって思ってるし、立ち直ってないところもあるし、こう、色々あるんだけど、でもやっぱり俺はアサが好きだから」

はーちゃんはそう言いながらぼろぼろと泣き出した。
腫れた目元からだらだらと涙を零して、嗚咽をあげながら必死に喋る。

「アサ、ちょーかっこいいし・・・うう゛っ・・・面白いし、無神経なとこもあるんだけど楽しいしっ!高校のどぎもっ野球、がっこよくで、ご飯おいしいっていう゛し、お弁当よろこぶのとが!もうがっこい゛いんだもんーだいすきなんだもんー」
「うん」
「ぐやじい!こんな、にっずっと好きだったのに、まっぢゃん好きとかい゛うし、エッチしてぐんながったし、野球応援してもちっども聞いでなかったし!」
「ご、ごめん」
「でもやっばり、好きなんだもん。だいすきなんだもん」
「うん」
「今度はぢゃんと!俺を見でください!」
「はい!」

ぼろぼろと泣くはーちゃんを両腕に収めて、思っていたよりもずいぶんがっしりしていると思った。
チャリに乗っても転けないぐらいにはちゃんと運動している感じだった。
今思えば、何をあんなにはーちゃんがチャリに乗るだけのことを心配していたのかと思った。
きっと心配するふりをして、ずっとはーちゃんを見ていたかっただけに違いないのだ。
はーちゃんの応援がないとって、はーちゃんにいて欲しかっただけなんだ。

「う゛わー!あ゛ー!!!い゛っぢゃったよおおお!!!」
「言っちゃったー」
「無神経!笑っでる!」
「いや、嬉しくて笑ってるんだよ!許してよ!」
「俺はブスって言われたの根に持つからな!」
「そこは流してください」

はーちゃんは俺の腕から出て行き、テーブルの上にのっているティッシュ箱へ手を伸ばす。
溢れる涙を拭き、鼻をかみ、それからまた俺を見て泣き出す。
はーちゃんがこんな風に泣くのを見て、ふと高校の頃を思い出した。

「アサ、だいすき」

夏の最後の試合、一回戦負けの弱小校、試合にも出たことがないどころかベンチにすら入ったことがない男が、スタンドで泣いていた。
その男はマウンドに立って泣く、遠くの俺にひたすら愛を叫んでいた。

「ははっ、やっと思い出したわ」
「何が?」
「はーちゃん、高校の時から俺が好きだったんだなぁ」
「・・・さっき言ったじゃん」

今度はちゃんと、覚えていよう。

***

「そういえば、言わないといけないことがあって」
「うん?」
「来週クリスマスじゃん」
「そういえばそうだね」
「俺は武地さんにだけお弁当を作ります」
「え゛?!」
「ちなみに夜は仕事です」
「ちょっ俺のクリスマスは?!一応俺等の初クリスマスだよ!」
「プレゼントもありません」
「ちょっえっえ゛え゛ー!!!」
「でも武地さんには買ってあるので武地さんにはあげます」
「それはないんじゃないの?!」
「そしてアサからも武地さんにプレゼントをあげてください」
「どうして?!」
「俺とアサはクリスマスは武地さんのサンタになります」
「わけがわからないよ!っていうか、俺からプレゼントはいいけど、むしろなんかしたいけど、でもはーちゃんからって言うのは付き合ってたの知ってるから、悪いけど嫌だよ・・・」
「大丈夫!俺は武地さんとヨリを戻すつもりはない!」
「いやっ、でも」
「武地さんにもそう言いました!」
「でもクリスマスだよ?」
「アサ、いい子にしてないとサンタは来ないんだよ。わかる?いい子にしてないとクリスマスはないも同然なんだよ?言いたいことわかるよね?」
「う゛」
「今年、いい子だったのは武地さんだけです!」
「あ゛あ゛ー!!!くっそおおおおお!!!」
「じゃ、プレゼント買いに行こうか」
「く、くそっ・・・初デートが武地先輩のプレゼント買いに行くってなんなの・・・」
「もう欲しいものも聞いてあるんだー」
「・・・ちなみに、何って?」
「車のホイールだって」
「改造車嫌いなくせに何に使うんだちくしょー!あと金額的に容赦ねー!!!」




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