失恋が恋の始まりだなんて

「このあと仕事?」
「うん」
「じゃあその後時間ちょうだい」
「仕事終わったら、その、用事があって」
「あぁ、武地先輩のとこ?」
「う、うん」
「そんな時間取らないから」
「でも」
「じゃあ、あとでね。ほら、武地先輩もお弁当待ってると思うよ」

あぁ、この言葉を待っていたはずなのに。

***

何も考えたくなくて、必死に働いた。
金曜日の忙しい日でよかったと思った。

「お疲れ様ー。袴田くん、上がっていいよ」
「あっハイ!お疲れ様でした!」

いつものように笑って返事をしてみたけれど、自分がちゃんといつものように笑えていたのかはわからない。
このあとのことを考えると着替えるても止まり、やっぱりどうしたらいいのかわからなくなった。
ずっと一人で悩めばよかったのにって思っても今更遅い。

「寒っ」

真っ白くなる息を見て、本格的に冬が来たと思った。
このあと、どうしたらいいのだろう。
アサは本当に来るのだろうか。
いや、来ない方がありがたい。

「寒いね」
「わっ!びっくりした!」
「本当は飲みに行こうって思ったんだけど、寒すぎたから車で来ちゃった」
「俺はチャリだよ!」

いつものように話してみたけれど、やっぱりどこかぎこちなかった。
そのせいで会話も早々に止まってしまう。

「あー・・・とりあえず車の中で話そ。外寒すぎ」
「い、いや、あの」
「そこの駐車場停めてきたから、少し歩くけど」
「ま、待って!やっぱり、今日は、その、用事があるから、また別の日に」
「自分勝手だけど、俺こういうのを先延ばしにするのあんまり好きじゃない」

アサの顔は真面目で、冗談なんて言いそうな雰囲気でもなかった。
沈黙を了解と受け取ったのか、駐車場に向かってアサは歩き始める。
そのアサを見て、少しだけ追いかけた。
でもその足はすぐに止まってしまった。

「ねぇ、アサ」
「うん?」
「やっぱり、話するのまたにしよう」
「なんで?」

そう言われて、何を言えばいいのかわからなくなった。
ぐるぐると頭をフル回転させているけれど、どうしても言葉が出てこない。

「じ、時間をください」
「え?」
「時間が欲しいっていうか、もういろいろキャパオーバーなんだよ。俺が馬鹿なの知ってるじゃん」
「話してからじゃいけないの?」
「聞くのも勇気がいるんだよ」

何年、この思いを拗らせただろう。
何回失恋して、何回泣いただろうか。
アサに彼女ができた数、アサが女の子を可愛いと言った数、まっちゃんが好きだと言われた時。
もう挙げればきりがない。

「じゃあ、俺用事あるから」
「はーちゃん」
「また連絡するから」
「はーちゃん」
「また連絡する!」

俺を呼ぶアサに制止をかけるように大きな声を出した。
アサの顔は見れない。

「お願いだから、今日は帰って」
「そんな」
「俺だって悩みたい時もあるの!」
「待って!はーちゃん!」

自転車のハンドルを掴まれて動くなとばかりに強い力で握られる。

「武地先輩のとこ行くの?」
「・・・約束してるから」
「行かないで欲しい」

アサの真剣な言葉と真剣な顔。
冗談でも嘘でもなく、本当にそう思ってる。

「アサが何を言っても、俺が武地さんのとこに行くことをやめる理由にはならないよ」

これでアサに嫌われるなら、嫌われたい。
やっぱりこの話はなかったことにしようって言われたい。
友達のままでいい。
また元どおりになってくれればそれでいい。
俺まで最低になったら、いけないんだ。

***

武地さんの家は少しだけ遠い。
チャリでも20分かかる。
その20分間は地獄だった。
アサと話したことが永遠と頭の中でループして、傷付いた顔をしたアサが忘れられない。
ちゃんとごめんなさいって言えばよかった。
言葉にさえしなかった俺が悪いのに、最後の最後まで自分のことを話せない。
自分が自分で嫌になる。
武地さんの住んでいるアパートに自転車を止めて、武地さんの部屋を目指して階段を登る。
絶対に泣くもんかって思ったのに、目には涙が溜まっていき、さらにはぼろぼろと溢れる。

「た、武地さん・・・」

武地さんが出てくるまで何度も何度もインターホンを押した。
早く早くとずっと思っていた。

「押しすぎ」
「た、武地さんさあぁん」
「あーあー!ここで泣くなって!近所迷惑だから!」
「だって、だって」

武地さんに促されるまま中に入り、崩れるように玄関にしゃがみ込んだ。
武地さんは何も言わずにただ俺の頭を撫でてくれる。
この年上の余裕が何度も俺を助けてくれた。

「アサ、に。アサに」
「うん」
「告白された」
「よかったじゃん」
「よくない!」

ジロリと武地さんを睨み付ける。
怒るなとばかりに呆れた顔をされた。
武地さんはいつだって大人で、俺を責めるようなことはしない。

「とりあえず、入んな」

武地さんが玄関にしゃがみ込んだ俺を引き上げて、部屋の中に入れてくれた。
自転車でくる俺がいつも手が冷たいからって暖房を強めにきかせた部屋。
この時間に合わせてやかんにはお湯が沸かしてあって、温かいものが飲めるようにって準備されている。
次の日の朝が早くても寝て待っていることもしないで律儀に起きてる。
いつも武地さんの優しさがいっぱいの部屋。

「どうしよう」
「返事してこなかったの?」
「うん」
「ずっと好きですって言えばよかったのに」
「言えなかったんだよ」
「なんでだよ」

武地さんは大人の顔をして、大人の余裕で俺に向かって笑って見せた。

「お膳立てしてあげたんだから、好きな人とちゃんと幸せになりな」

武地さんは、いつだって優しい。

***

『袴田、飲みすぎ』
『飲まないとやってらんないんです』
『目真っ赤にして腫らしてんのに、そんな飲んだら顔が腫れるぞ』
『別にいい』
『よくないって』
『アサに会いたいー』
『酔っ払いめ。さっきまで会ってたんだろ』
『本当に楽しくて、何してても面白くて、帰るのが嫌でした』
『へー』
『ふふ、手を繋いで寝たんですよ』
『ピュアか』
『もう一生の思い出』
『セックスはしてくれなかったんだろ?』
『でも、俺もちゃんと好きって言わなかったから、アレはノーカウントです』
『それで目を真っ赤にして、目元も腫らしてんのに?』
『失恋なんて、今に始まったことじゃないんです。俺はいつだってアサの恋人候補に名前はないんです』
『ハイハイ。ほら、水』
『やだー!まだ飲むー!』
『やだーじゃないから』
『武地さんにはわかんないんですよぉ。好きな人がゲイなのに、俺を選んでもらえない悲しみなんて』
『いや、俺今まさにそうだけどな?』
『俺は武地さん好きですもん』
『はー?』
『武地さん優しいから、アサの次の次の次の次の次ぐらいに好き!』
『お前ね、どうしてそう俺を傷付けるの?』
『だって武地さんが意地悪するんだもん』
『なんもしてねーよ』
『お酒取り上げる!』
『あーもーハイハイハーイ。酔っ払いですねー』
『はぁ・・・アサに会いたい・・・』
『もう俺じゃなくて朝比奈呼べよ』
『武地さんと飲む気分なんです!』
『じゃあせめて朝比奈の名前出すなよ』
『ごめんね?』
『・・・あざといから』
『武地さんコロリ!』
『ゴキブリみたいに言うなよ』
『そんなふうに思ってないよー!』
『はぁ・・・』
『溜め息つくと幸せが逃げるよ』
『あー・・・じゃあ幸せが逃げるついでに、俺がなんとかしてやるよ』
『何を?』
『要は袴田は朝比奈とくっついてハッピーエンドにしたいんだろ?』
『・・・簡単に言えば?』
『俺が仲を取り持ってやるよ。やり方が正しいかどうかはわからないけど、でもきっと朝比奈と付き合えるよ』
『嘘でしょ』
『本気本気、でもその代わりさ』
『うん?』
『袴田の処女ちょうだいよ』
『え゛え゛ー』
『いいじゃん期間限定カレシだと思ってよ』
『えー・・・』
『ちゃんと、朝比奈と袴田をくっつけてやるって』
『やーだーやっぱりヤリ目じゃーん』
『違うよ。取り引きだって。打算的なセックス』
『えー?』
『初めての男って、一生忘れられないからね』
『でも初めてはせめて優しい人じゃなきゃ嫌だー』
『俺はいつだって袴田に優しいよ』
『嘘ばっかしー』
『袴田には嘘も言わないよ』




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