失恋が恋の始まりだなんて

「アーサー!武地さーん!お弁当ー!」
「ありがとー!」
「おー」
「今日は何?」
「魚」
「さんまだよ!竜田揚げにしたんだー」
「すげー!」
「最近できるようになったの!」
「トマトソースかけると美味しいやつ」
「え?!トマトソースも作ったの?!」
「それは市販!」

***

「わー!今日はなんだろー!」
「唐揚げ」
「なんと鶏肉を3キロももらったのです!」
「食べきるの?!」
「アサと武地さんのお弁当に1キロ詰めた!ちょっとつまみ食いしたけど」
「雪乃さんにマヨネーズもらおうぜ」
「そうしましょう!」
「たくさん食べてね!」
「食べる食べる!」
「明日は照り焼きがいい」
「じゃあ武地さんのために今夜から照り焼き漬けておくね!」

***

「今日は何ー?」
「油淋鶏。ほら、あの袴田の店の美味しいやつ。ナスも入ってるやつ」
「へー!」
「武地さんが好きだっていうから、店長につくりかた教えてもらったんだー!」
「マジか」
「ちゃんと作ったことなかったし、初めてだったから上手くできるかわかんなかったけど、ちゃんとできた!」
「また作ってな」
「まだ今日の食べてないじゃん!」
「絶対うまいと思う」
「もしかしたら俺が作り間違って、ちょー酸っぱいかもよ?」
「でもそれでも美味しい」
「どゆことー!」

***

「お前らがどういうことだスイング!」

ポコン、と間抜けな音がして、ボテボテのゴロ。
グダグダのバッティングでアウトはわかりきってるのに、コージーが走れ走れと急かす。
割と急いで走ったけど、案の定アウトになりそのままベンチに下がった。

「アサー、調子悪くない?」
「いやいや、もう若くないって」
「いや、人生これからすぎるだろ」
「そう?」
「そしてこの試合もこれからだ」

いやー・・・五回裏、4点差は諦めたい数字だけどね。
ここから奇跡の逆転はあり合わせ寄せ集めの俺たちのチームじゃ無理だと思うけど。
結局、戦力である武地さんの勧誘は断られて無理だったし、応援団長のはーちゃんも来れなかった。
今バッターボックスに立つのはコージーの上司で、今日の試合に急遽参加させられたピンチヒッター。
顔と手元に焦りが出ていて、相手のピッチャーに完全に遊ばれていた。

「・・・コージーの上司、野球したことあんの?」
「ないよ」
「なんで連れてきたの?」
「アサ、野球は9人いないとできないんだ」

どうしたらいいのかわからずフルスイングをするコージーの上司を見て、さらに逆転は難しいと思った。
諦めムードが漂うベンチはただただだらけていて、さらに応援団長を欠いたベンチは騒がしさとも無縁だ。
全員このあとの焼肉とビールの話しかしていない。

「あー・・・やっぱりはーちゃんには来てほしかったなー」
「用事あるなら仕方ないっしょ」
「でもやっぱ、はーちゃんの応援がないとさー。なんか物足りないっていうか頑張れないっていうか」
「お前、それ高校の時から言ってるよな」
「はーちゃんの応援、なんか頑張れない?」
「俺は彼女の応援の方が頑張れる」

コージーは後ろを振り返り、可愛い女の子に手を振る。
コージーの新しい彼女だ。
きっとこの試合も新しい彼女への点数稼ぎでしかない。
ちなみに、コージーの彼女の横にいる女の人がコージーの上司の奥さんだ。
キャッチャーミットに叩きつけられるボールの音を聞き、案の定コージーの上司が三振になったところで攻守交代。

「アサ、そろそろストレートいける?」
「いけるっていうか・・・本気で前ほどスピード出ないよ。ポコポコ打たれるよ」
「外野ー!腕の見せ所ー!」
「「「まかせろーい!」」」

外野勢が元気よく叫んだ。
でもあの外野勢はさっきまでホルモン食べたいとか言っていたからあてにならない。

「狙ってくぞ、キャッチャーフライ」
「コージー、自分のポイント稼ぎのことしか考えてないね?」
「いやいや、男は女にいいとこ見せてなんぼだよ」
「俺、高三の時に彼女にクソダセェところ見せて終わったんだけど」
「あれは彼女が悪かっただろ」
「そう?」
「大丈夫。お前に心を奪われたやつだっているよ」

コージーがキャッチャーミットで俺の胸をポンポン、と叩いた。
そしてそのまま守備位置に戻っていく。
コージーとは高校の時からのバッテリーで、意思疎通なんて図れないけどなんとなく安心はする。
やりたくてやっていたピッチャーではないけど、コージーがキャッチャーじゃなかったら楽しくなかったのかな、とは思う。
そのコージーが笑い、そしてストレートのサイン。
思いっきり振りかぶってコージーのキャッチャーミットに向かってボールを投げる。
まっすぐ飛んだボールは斜めに振り落とされたバットに捕まってカキーンととてもいい音がした。

「だから無理って言ったじゃあああん!!!」
「がっ外野ー!!!!!」

ホルモンと言っていた外野が慌てて走る。
そしてまさかのコージーの上司のグローブに落ちた。
そしてそのボールはセカンドに向かって投げられる。
無事にバッターを二塁で刺し、アウト一つ。

「あっあぶねぇー・・・」

コージーの上司が野球のルールだけは知っていて良かった。
あと奇跡的にボールがまっすぐ飛んでよかった。
完全にアレ外れたらランニングホームランコースだった。

「とりあえず、コージーの上司が光る瞬間できてよかった」

次にコージーの出したサインはカーブだった。
よし、カーブは自信がある。

***

自分で何もかもやるスタイルの焼肉店でいつものように騒がしい打ち上げ。
肉を取りに行くどころかビールまで自分で注がないといけないが、安いし好きなものが食べれるからとよく利用する店だ。
二杯目のビールを喉に流し、目の前の肉をひっくり返す。

「アサー」
「なんだよ。もう酔っ払いかよ」
「まだいける」

ほろ酔いのコージーが俺の横にどっかりと座った。
彼女と上司はいいのかとそちらに目を向ければコージーの彼女はコージーの上司の奥さんと女同士で盛り上がっていて、コージーの上司は外野勢と盛り上がっていた。
なるほど、暇になったのか。
はーちゃんほどではないが、コージーも騒がしい方なのだ。

「今日は惨敗だったなー」
「わかってたろ」
「いやいや、最後までわからないのが野球だよ」
「それは割とどのスポーツにも言えると思うけどね」

コージーがビールを飲み干すのに合わせて自分のビールを飲み干した。
そのまま次のビールを注ぎにコージーと席を立つ。
コージーが転けるんじゃないかと不安になったが、まだ足元がフラつくほどではないようだ。
ビールサーバーの周りはおっさん達で列ができていて、これはしばらく待ちそうだった。

「そういや、アサって今彼女いないの?」
「いないよ」
「へー。珍しい」
「そうでもないわ」
「女の子紹介しようか?」
「いやー・・・しばらくいいや」

一生いらないとは思わないが、今はいいかな、と思った。
もう少し考える時間が欲しいとかそういうわけでもないけど、急いで彼女が欲しいとも思えなかった。
コージーと野球するのも、はーちゃんと遊ぶのも楽しい。
またはーちゃんと旅行だって行きたいし、今度はまっちゃんもジュニアもヨネも誘って行きたい。
・・・ヨネは嫌がるかもしれないけど。

「お前って、あんまり女の子と続かないよな」
「そうかー?」
「なんかすぐ別れるイメージ」
「うーん。俺、基本的に自分の生活スタイル変えないからかなぁ」
「確かに。彼女いるのにクリスマスの男飲み来てたな」

俺は他の奴等みたいに彼女優先、っていうのがイマイチしっくりこない。
デートもするけど、楽しそうだと思ったらそっちに行ってしまう傾向にあるのだ。
クリスマスの男飲みもそうだ。
コージーとはーちゃん主催で、独り身の男で飲むと言っていて、それが楽しそうに思えてそっちに行ってしまったのだ。
おかげで彼女と喧嘩になり、翌月には別れてしまったけど。

「もうさ、アサははーちゃんと付き合うしかないと思うわけよ」
「ハァ?」
「はーちゃんもずっと1人だし?アサとはーちゃん、仲良いしー」
「ハイ、ふざけろー」
「痛い!」

俺とはーちゃんをホモにするコージーの足を踏みつける。
よっぽど痛かったのかコージーは涙目だが、知ったことではない。

「そんなに怒んなよ」
「うるせー」

重たい話題をなかったことにするかのようになみなみとジョッキにビールを注いだ。

***

打ち上げ終了後、コージーの彼女の運転する車で俺の家の近所にある24時間スーパーまで送ってもらった。
コージーはべろべろだが彼女はしっかりとしていて、コージーにはもったいない女の子だと思った。

「アサー、ここでいいの?」
「大丈夫。飲み足りないからビール買っていく」
「えー!じゃあ俺ともう一軒行こうぜー!」
「いや、それは勘弁」

俺のシャツを掴むコージーを車の中に押し込み、コージーの彼女に頭を下げる。
それからコージーの彼女の車が見えなくなるまで手を振り、スーパーの中に入った。
スーパーの中は閑散としていて、パジャマ姿のおばちゃんとかすっぴんの女の人しかいないし、レジもほぼしまっていた。
休みの日の夜、しかも田舎なんてもんはこの程度しか人がいない。
適当につまめそうなものを探し、おつまみコーナーで当たり外れの少ないさきいかを手に取る。
それからお酒コーナーでビールを1本だけ手に取った。

「・・・1本」

明日は仕事だから、飲み過ぎはよくない。
でも正直飲み足りないから1本だけじゃ足りない気もする。
かといって家に帰ってからそんなに飲む時間は取れない。
手に缶チューハイを握りしめ、この缶チューハイをレジに持って行くべきか真剣に悩む。

「・・・よし!買う!」

缶ビールは帰りながら飲もう。
そして缶チューハイは風呂上がりにさきいかと一緒に飲む。
そうすれば割と早く寝ることができるはず!
買うと決めればあとは早い。
レジに向かって大股で歩き、レジに缶ビールと缶チューハイとさきいかを置く。

「あ、19番ください」

それからふと目にとまったタバコを追加で買った。
普段は吸わないし、好きかと言われたらどうだろうってところだが、なんとなく吸いたい気分だった。
レジでお金を払い、乱雑に物が詰め込まれたレジ袋を受け取って外に出る。

「うー・・・寒っ」

そういえばパーカーが手放せない季節になっていた。
冬はもうすぐそこまで来ていて、そのうちコートが手放せなくなるのだろう。

「タバコ吸ってから帰ろ」

キョロキョロと周辺を見渡すが喫煙所が見当たらず、とりあえず街灯の当たらない暗い場所に移動した。
ぺりぺりとタバコのフィルムを剥がし、ゴミは手持ちのレジ袋に突っ込む。
カバンに入れっぱなしのライターを手に取り、タバコに火をつけた。

「は、久々」

肺へ煙を押し込み、苦味がある独特の味をしたの上で楽しむ。
そのまま空いた手で缶ビールを取り出して缶ビールも開けた。
口から煙を吐き出し、空っぽになった口に缶ビールを流し込む。
喉に流れていく刺激に思わず目を閉じる。

「はー・・・うまい・・・」

アスファルトに灰が落ち、そういえば携帯灰皿を持っていないことに気付いた。
ポイ捨てはしない主義なのに、迂闊だった。

「おかえりー!」
「外めっちゃ寒い」

突然聞こえた声に身体をビクつかせる。
声をした方向を見ればカップルだったようで、明るい車内でキスをキメていた。

「寒くなると途端に出てくんな」

こんな田舎の24時間スーパーで、なんの雰囲気に流されたんだかキスとかしちゃって、面白いわ。
まぁ自分も彼女ができればこんな感じなんだろうけれど。
雰囲気に流されるようにエロいこととかして、カーセックスとかしちゃうのだ。
この辺は広い駐車場が多いから、カーセックスをする人が多い。
そんでもっておそらく目の前のカップルもそうだ。

「アッちょっと!もう!手冷たいからっ」
「えー」
「今から家に帰るんだから、家で!」
「車の中も良くない?この辺多いだろ、カーセックス」
「良くないですー!多くもないですー!」

正直、冗談だろって思った。
それから見るんじゃなかったって後悔した。
見慣れた車に見慣れた人達が乗っていて、聞きなれない会話をしていたのだ。

「袴田もなーもう少しエロければなー」
「武地さんはもう少しおとなしい方がいいと思う!」

バタン、と閉じられた車のドア。
そこから先の会話は何も聞こえなかったけれど、薄暗い車内でまたキスをしたのはわかった。
走り出した車をただ見つめて、あっちははーちゃんの家の方角ではないなって、随分冷静に考えた。
フィルターだけになったタバコをアスファルトに擦り付け、残ったビールを全部飲み干す。

「2人で遊ぶんなら、言ってくれれば良かったのに」

そしたらそうなんだって言って、それで?
俺は無神経にも2人とも草野球しようよって言ってたのかもしれない。
はーちゃんがいないと盛り上がらないとか、武地さんがいたら勝てるからとか、なんだかんだ言ったのかもしれない。
付き合い始めたなんて聞いても遠慮なしで、だからどうしたとばかりにあの2人の中に入っていったかもしれない。

「あぁ、俺だから言えなかったのか」

いつから付き合っていたのだろう。
いつから俺は邪魔なやつだったのだろう。
いつからあの2人の距離感を羨んでいたのだろう。
いつから俺ははーちゃんに恋をしていたのだろう。

「最悪だ」

失恋してからじゃ、何もかもが遅い。




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