失恋が恋の始まりだなんて

「そういやコージーがさ、草野球大会申し込んだらしくて、そんで有志で集まって出るんだけど、はーちゃんも行かない?」
『行きたい!つーかコージー久い気がする!』
「最近はーちゃんが草野球参加してくんないからコージー拗ねてんよ」
『だって草野球土日の昼とかなんだもん。土日は仕事の休み少ないよー』
「確かに」
『ねーねー、草野球大会いつなの?』
「月末の日曜。割と近い。あと3週間ぐらい?」
『あ!そこ休み!奇跡ー!』
「マジ?!」
『あっでもダメだぁ。先約あるんだ』
「マジかよー」
『でもずらせないか聞いてみるね!』
「頼むわ!ちなみに人数少ないから多分はーちゃんレギュラーだよ」
『本気?!』
「本気ー!セカンドに推しといたわ」
『アサありがとー!』
「つーか、本気で人数少なくてさー。武地先輩にも出てって言ったんだけど、断られてさ」
『武地さんも野球うまいよね。何回かしか見たことないけど』
「そうそう。絶対戦力になると思ったんだけど、武地先輩も予定あるとかで断られてさ」
『そうなんだー』
「アレ、絶対彼女だから。もう最近付き合い始めたらしくて、めっちゃ浮かれてる」
『浮かれてる武地さんとか見たことないんだけど』
「はーちゃんが弁当持ってきた日とか浮かれてんよ。武地先輩、はーちゃんのこと気に入ってンよな」
『そうかなー?』
「絶対そう!」
『あっヤバ。ごめん、アサ。俺そろそろ出なきゃ』
「あ、ごめん。飲み行くんだっけ?」
『うん!いってくるー!』
「飲みすぎないようにねー」

プツリと切れた電話の画面を見て、長電話をしてしまったと今更気付いた。
通話時間はおよそ30分。
草野球に誘うだけだったのに、ついつい話しすぎてしまった。

「はーちゃんがダメなら誰誘うかなー」

コージーという、高校の時一緒の野球部だった奴が絶対草野球大会にはーちゃんを連れてこいと騒いでたのだ。
はーちゃんのあの性格を見れば分かるが、はーちゃんを嫌う人は少ない。
こういう大会とかになるとはーちゃんがいた方が楽しいのだ。
・・・上手いとか下手とかは別として。
そもそも半分遊びで、試合が終わったあとの焼肉打ち上げを楽しみにやっているところがあるから、戦績とかは関係ない。
それにバットを振る時とか、ピッチングする時にはーちゃんが率先して声を出してくれるから場が盛り上がる。

「はーちゃん、最近練習も来ないしなぁ。冬が近いから忙しいのかな」

はーちゃんは土日もやってる居酒屋に勤めてるってのもあって、練習もみんなの半分ぐらいしか参加できない。
でも大会とかは誘えば休みをもらって必ず来ていたのに、残念だ。
さすがに今回は誘うのが遅すぎたっていうか、コージーが大会申し込んだのを言うのが遅すぎた気がする。
とりあえずコージーに謝って、他の誰かを抑えてもらおう。
ジュニアがいればジュニアを参加させたんだけど、ジュニアはもういないしな。
正直なところ、はーちゃんよりもジュニアの方が野球はうまいのだ。
チャリには乗れないくせに三塁打は打てる。
はーちゃんは三塁打は打てないけど、チャリには乗れる。

「・・・ダメ元でもう一回武地先輩を誘ってみようかなぁ」

きっととても嫌な顔をして、無理だっていう気がする。
今電話したらお断り二件目で凹む気がするから、明日にでも直接頼もう。

***

涼しい朝が終わり、まだまだ暑い昼が顔を出した頃、俺は諦めずに武地先輩を草野球に誘っていた。
もう何度も断られてるけど。

「頼みますよー」
「無理だって」
「彼女さんも連れてきていいですからー」
「嫌だって。朝比奈、ドライバー」
「ハイ!」

工具箱かドライバーを取り出し、武地先輩に渡す。
今日は2人して車の下で作業なのだ。
俺の仕事は主に武地さんが作業した後の確認と磨き上げだ。
まだ難しいことは武地先輩に習っている最中なのだ。

「あーもー、アンダーカバー外れたらすぐに修理しろよなー」
「気付かないもんなんですかね?」
「DIYとか流行ってるから、自分でやる奴がいるだろ?そしたら俺もできるとか思って工具揃えるまで放置とかいるんだよ。すぐにやれって話だよ。その間にベルトが傷むかもとか考えないのかよ」
「武地先輩、厳しいですね」
「車は大切に乗りたいんだよ」

ベルトが結構傷んでるのが許せないらしく、武地先輩が割とおしゃべりだ。
こんなに文句言う武地先輩は割と珍しい。
だがこの機嫌の悪さが続いてくると人使いが荒くなりそうだからどこかで話を終わらせなければ。
そんな時には楽しい話を振るに限る。

「ところで今度の草野球の大会のことなんですけど」
「またかよ!何度誘われても行かねーって」
「えーお願いしますよー」
「無理なもんは無理」
「武地先輩、野球うまいじゃないですかー」
「そらお前等と違って、地区大会決勝まで行ったからな」
「じゃあもう参加するしかないじゃないですかー」
「なんでだよ」
「戦力ほしいー」

そら勝ち負けを気にして試合をするわけではないけれど、でもやっぱりやるからには勝ちたい思いはあるわけで。
地区大会準優勝高校の4番バッターだった武地先輩は確保しておきたいのだ。

「はーちゃんも予定があるから来れないらしくて、もう武地先輩に頼むしか俺にはできないんですよ」
「いや、俺も無理だから」
「そんな冷たいこと言わないでくださいよー。可愛い後輩の頼みじゃないですかー」
「あーもーうるさいし可愛いくないー」

武地先輩にドライバーを渡され、差し出された手に新しいベルトを乗せる。
今回は難しそうだったから教えてもらうよりも見るの優先なんだけど、相変わらず武地先輩は器用にサクサクと作業を進めていた。
武地先輩がベルトをはめ終わったところでちょうど10時の休憩のベルが鳴った。
でもあと少しで終わりそうだから作業を見ていよう。

「休憩してもいいぞ」
「いや、見ておきます」
「じゃあこれ終わったら休憩行こうぜ。あと2分で終わる」
「早ッ」
「何年目だと思ってんだ。先輩敬え」
「草野球大会出てくれたら敬います」

武地先輩はマジかよみたいなスピードで作業を終わらせ、なんなら宣言時間よりも早く作業を終わらせた。
もう汗を拭く姿が格好良すぎて腹立つ。

「俺もできるようになんのかな・・・」
「あと5年したら?」
「うわー先長いー」

武地先輩が修理した箇所をまじまじと見つめ、俺には一生無理なのではないかと思って頭をひねる。
こんなに丁寧な作業をあんなスピードでできるようになる気がしない。

「あ、アーサー?たっ武地さーん?いますかー?」
「お?」
「はーちゃん?」

はーちゃんの声がした気がして武地先輩と一緒に車の下からガラガラと出て行く。
上半身を出したところでなんだかこそこそとしたはーちゃんとぶつかった。

「うわっ!びっくりした!」
「呼ばれて飛び出てぱんぱかぱーん」
「ごめんな、袴田。朝比奈のやつ頭がおかしくて」
「えー?だいたいこんなんですよー?」
「ひどい!」

はーちゃんと武地先輩がゲラゲラと笑い、俺を馬鹿にしてくる。
はーちゃんも武地先輩も似たような頭の出来なのに、なんてことだ。

「つーか、どうしたの?」
「あ、ごめんね。休憩時間だと思ったから声かけたんだけど、違った?」
「いや、俺がどうしても終わらしたかっただけで、今休憩」
「武地先輩すげーよ」
「すげーんだ?」
「もうヤバい。普通に尊敬する」
「なんだお前。気持ち悪いな」

褒めたのに気持ち悪いって言われた。
こんなんでも俺は武地先輩を尊敬しているのに。

「そんな頑張ってる2人にーお弁当でーす!」
「ありがとー!」
「サンキュー」
「今日は何?」
「焼き鳥!フライパンで焼いたけど」

なるほど、斬新。

「ももは?」
「ちゃんと入れておきましたー!」
「やったね」
「鶏皮は?!よく焼きで入れてくれた?!」
「残念!もものみ!」
「マジ?!でも嬉しい!ありがとう!」

鶏皮がないのは残念だが、よく焼きの鶏皮なんて入っていたらビールが欲しくて仕方なくなるから逆に良かったかもしれない。
焼き鳥がつまった弁当を受け取り、ようやく車の下から全身を出す。
武地先輩も自分の好きなものが入った弁当を大切そうに抱えて車の下から出てきた。
多分この感じだと、武地先輩はおそらくとても上機嫌だ。

「んじゃ、帰るね」
「あれ、もう帰るの?」
「うん。今日は遅番だから、帰ってから少し寝ようと思って」
「大変だね」
「大丈夫、大丈夫」
「袴田、気をつけてな」
「チャリで寝ないようにね」
「わかったー!」

はーちゃんは目を擦りながらチャリにまたがり、よろよろと出発し始めた。
その感じにハラハラしながらはーちゃんが見送る。

「今日の弁当、焼き鳥と白飯ですかね?」
「ポテトサラダも入ってる」
「え?!見たんですか?!」
「いや、俺のリクエスト」
「マジですか?」
「うん。ほら、早く弁当おいて作業戻るぞ」

武地先輩は上機嫌な様子で休憩室に入っていく。
休憩室からでてくるおっちゃんたちに弁当を狙われているようで、俺からもらってくれと抵抗する声が聞こえた。
いや、俺のもあげたくないけど。
そこは是非弁当箱が俺よりも大きくなった武地先輩にもらってほしい。

「あ、弁当箱」

そう、俺よりも武地先輩の弁当箱が大きくなっていた。
そしておそらく、あの弁当箱は新品だ。

***

昼の弁当の焼き鳥に胃袋を刺激され、どうしても鶏皮が食べたくなってはーちゃんの働く店に行った。
週末だからなのか店の中は賑わっていて、ガヤガヤとうるさい声は外にまで響いていた。

「あ!いらっしゃーい!」
「おつー」
「カウンターでいい?一名様お願いしまーす!」

はーちゃんの声が店内に響き、それを聞いた他の店員が大きな声で返事をする。
慌ただしく働くのははーちゃんだけじゃなくて、他の店員もみんな忙しそうだった。
はーちゃんに案内された席に着くと見慣れた女性店員が俺の方に駆け寄ってきてスッとおしぼりを渡してくる。

「どうぞ、おしぼりです」
「あ、すみません。あの、とりあえずビールと砂肝とつくねと、あと鶏皮をお願いします」
「はい!かしこまりました!」

喧騒の中に身を置き、暖かいおしぼりで丁寧に手を拭く。
この間まで冷たいおしぼりだったのに、暖かいおしぼりになっていた。
そういえば夜になればもう肌寒くなってきたし、パーカーは手放せなくなってきた。

「お待たせいたしましたー」

運ばれてきたビールと簡単な和え物のお通し。
とりあえずビールは喉を鳴らして半分ぐらい飲んで、それから他に何を食べようかとメニューを開く。

「今日のオススメはねー、朴葉焼き!」
「あ、はーちゃん」
「お疲れ様ー!朴葉焼き、今日はお肉だよ!」
「じゃあそれ食べよっかな」
「ありがとうございます!」

はーちゃんは元気よく叫び、伝票に朴葉焼きと書いていた。
それからさらに追加でだし巻き卵とししとうを頼む。
食べきるか不安になりながらメニューを閉じた。

「あ、はーちゃん明日仕事?終わるの待ってるから一緒に帰んない?」
「んー今日は無理!仕事終わりに行くとこあるんだー」
「またTSUTAYA?ギリギリまでレンタルしてたんでしょ。送ろうか?」
「平気平気!っていうかアサ飲んでるから運転ダメじゃん!」
「いや、歩くけどね」
「それ、送るって言わなくない?!」
「なんならはーちゃんのチャリに乗っけてもらおうかと」
「やーだー」

まぁ、なんとなく酔い覚ましに1人で歩くよりはって思っただけなんだけど。
ほろ酔いでいい気分の時は誰かがいた方が数倍楽しい。

「それに俺、明日も仕事なんだよね。アサは休みでしょ?早く帰ってゆっくりしなよー」
「そうしようかなぁ」
「っていうか明日、朝から練習なんでしょ?」
「そうだった・・・!コージーからラインきてたの忘れてた!」
「行かないとコージーに怒られるよー」

はーちゃんはそう言って厨房の方に消えていった。
それからははーちゃんも忙しかったし、俺も割と早く帰ったので喋ることはなかった。
帰るときに挨拶ぐらいと思ったが顔すら見ることはなく、とりあえずラインでごちそうさまとだけ送った。

「鶏皮、よく焼きじゃなかったなー」

ほろ酔いでいい気分なのに、何か物足りない気分だ。




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