失恋が恋の始まりだなんて

会社に買った旅行土産はなんのひねりもなく温泉まんじゅう。
でもおっちゃんたちはすごく喜んでくれた。

「なんだ。お前草津行ってたのか」
「あ、おはようございます!」

いつもは俺より早い武地先輩が珍しく俺よりも遅く来た。
どこか眠そうな顔をしていて、目が半開きぐらいだ。

「はーちゃんと行ってきたンすよ」
「へー」
「めっちゃ温泉入りました。あとワニ見ました」
「ワニ?」
「めっちゃ可愛かったですよ!」

お土産は15時の休憩時間に食べることにした。
それまでは雪乃さんの手で厳重に管理されることになった。
もう誰もこっそり手をつけようなどとは思えない。
始業のベルが鳴り、各自持ち場に移動する。
今日もせっせとエンジンの修理だ。

「あ゛ー・・・めっちゃ眠いわ・・・」
「珍しいっすね。武地先輩が夜更かしとか」
「まぁなぁ・・・」
「彼女ですか?」
「んー・・・そんなとこ」
「マジっすか!彼女できたんですね!おめでとうございます!」

武地先輩、面食いそうだから彼女さんはきっと美人なんだろうな。
狭い町だから、もしかしたらばったりとその辺で会うこともあるかもしれない。
その時にはみんなに教えるようにちゃんと写メを撮ろう。
おっちゃんたちはみんな結婚してるから、次は順番的に武地先輩だもんな。
照れる素振りなど少しも見せない武地先輩に擦り寄り、腕を突いて冷やかす。

「今度紹介してくださいよー」
「え゛ー・・・」
「なんでそんな本気で嫌なんですか!先輩の彼女とったりしませんよ!」
「いやー、お前信用できないからさー」
「こんなに健気な後輩いないですよ?」
「お前みたいな後輩、どこにでもいるわ」
「痛い!」

武地先輩がガラガラと車の下を移動して俺の脛をスパナでつついた。
脛がじんじんと痛み、絶対青アザになると思った。
先輩は喋る気が無くなったのか、作業に集中し始めたのか、黙々と手を動かし始めた。
俺もそれにつられるように黙々と手を動かす。
機械が軋む音と金属の擦れる音、ときどきおっちゃんたちの笑い声が工場内に響く。
ただ内定をもらったから勤めたようなものではあるが、俺はこの仕事が割と好きだった。
最初は手がオイルまみれで真っ暗とか、新品の軍手かすぐに真っ黒とか爪の中まで真っ黒とかぶつぶつ言っていたけど。
最近はできることも増えたからなのか、新しいことが次々と降ってくるからなのか、楽しんで仕事ができている。
しばらくすると10時の休憩のベルが鳴り、各々手を休めて休憩室に向かいはじめた。
15分しかない休憩だが、半分外のような環境だからこの休憩は貴重だ。

「あ!いた!アーサー!!!」

外国人みたいに俺を呼ぶ声がして外の方を振り向く。
チャリに跨ってピョンピョンしながらはーちゃんが手を振っていた。
今日は随分と早い登場だ。

「どうしたの?」
「お弁当ー!」
「まじかー!」

はーちゃんに駆け寄るとはーちゃんも急いでチャリを降りた。
よたよたとする様子に転ぶのではないかとひやひやする。
もう運動神経がないはーちゃんはどこでどうやって転ぶのか予想もつかないのだ。
それがどれだけって、高校の時にも野球部で球拾いをしてたら顔面を擦りむく怪我をしたことがあるほどだ。
いつも平気だと笑っているが、いつもじんわり涙目なのを俺は知っている。
なんというか、強がりなのだ。

「今日早くない?」
「武地さんがね、10時が休憩時間だって教えてくれたの」
「そうだったんだ」

武地先輩もよくはーちゃんが働いてる居酒屋に行くから、その時に聞いたのかもしれない。
それになんだかはーちゃんのことを気に入ってるからからみ酒でもしたに違いない。
武地先輩は滅多に酔わないが、酔うとだいたいからみ酒をしてくるのだ。

「今日はねー生姜焼きー!」
「すげー!白飯は?!」
「ある!」
「神じゃンンンン」

はーちゃんの料理スキルが上がっている!
居酒屋メニューしか作れなかったはーちゃんが生姜焼きとか作れるようになってる!
週に2回はほっともっとに『生姜焼き弁当置くべきだ』って言ってる武地先輩に取られないようにしないといけない!
あの人、生姜焼き大好きだからな。

「袴田、俺のは?」
「武地さーん!」
「うおおおお!!!ビビった・・・噂をすればなんとやら・・・」
「何話してたんだよ」
「いや、話してたっていうか、心で思ってたっていうかなんというか」
「ハァ?」

ね、寝不足だからなのかなんなのか、めっちゃ目つき悪いっていうか恐ろしい。

「はい!武地さんの!」
「お、やった」
「ちゃんと生姜焼きだよ!」
「おぉーありがとう」

はーちゃんが武地先輩にも弁当を渡した。
それだけでもなんか変だったのに、生姜焼きだよってなんだ。

「今日は武地先輩のもあるの?」
「うん!」
「やらんぞ」
「いや、俺ももらいましたし」

武地先輩は手に持っていた俺の弁当をじっと見た。
ね、狙われている・・・。

「・・・袴田、俺の弁当箱のが小さくない?」
「武地さん、そんなに食べないじゃないですか」
「昼は食うんだよ」
「えー!言わなきゃわかんない!」

俺を挟んで武地先輩とはーちゃんが会話をしていて、その仲の良さに随分と仲が良くなったもんだと思った。
からみ酒すると人から嫌がられるイメージだけど、武地先輩は仲が良くなるらしい。
そもそもあんまり喋らない人だから、もしかしたらからみ酒ぐらいがちょうどいいのかもしれない。
・・・武地先輩に友達いたとか言ったらおっちゃんたちが喜びそうだな。

「あ、休憩終わった」

仕事再開のベルが鳴り出し、おっちゃんたちが外に出てくる。
あとそのついでとばかりにはーちゃんに手を振っていた。

「じゃ、俺たちも仕事戻るぞ」
「あ、ハイ!」
「頑張ってねー!」
「おー」
「はーちゃん、弁当ありがとな。助かるわ」
「いえいえ!」

はーちゃんは眠そうに目を擦り、それからチャリに乗った。

「はーちゃんも寝不足なの?」
「うん?」
「いや、武地先輩も今日寝不足なんだって言っててさ」
「そうなんだ」

はーちゃんはまた目を擦り、あくびまでしていた。
このままチャリで帰っている途中で寝たりしちゃったらどうしよう。

「いやね、一昨日と昨日夜更かししちゃって」
「えっ、旅行の疲れとれないんじゃないの?」
「平気だよ!」
「チャリ乗ってる時に寝るなよ」
「大丈夫ー。アサも仕事戻りなよ」
「うん。気をつけてな」
「じゃ!またお弁当持ってくるー!」

はーちゃんがチャリをこぎはじめたのを見て急いで弁当を置きに休憩室に向かう。
武地先輩はもう作業を始める準備をしていて、それを見てさらに急いだ。

「いつまで喋ってんだコラー」
「すみません!」

抑揚なくコラーと言われた。
分かりにくくて仕方ないが、多分怒ってない。
むしろそれどころかどこか機嫌良さ気な雰囲気を出している。
分かりにくいから定かではないけど、多分これは機嫌が良い。

「あ、そういやはーちゃんの弁当、生姜焼きリクエストしたの武地先輩ですか?」
「そうそう」
「へー!いつの間にそんなに仲良く!」
「つい最近だよ」

つい最近って、いつだろう。
はーちゃんと俺が旅行に行くまでにそんなに仲良くなったんだろうか。
武地先輩もはーちゃんも、仲良くなったんなら教えてくれたら良かったのに。
今度はーちゃんと遊ぶ時にでも武地先輩を呼んでみよう。
大人数で騒ぐのも楽しいし、冬になれば鍋パーティーとかもやりたい。
鍋パーティーは大人数でやったほうが楽しい。

「生姜焼き楽しみですね!」
「おー」
「練習したのかなー」
「作ったことないって言ってた」
「えっそれ、平気なんですかね?」

思わずスパナを持つ手に力が入ってしまった。
ボルトを締めすぎたかもしれない。

「袴田、料理うまいんじゃないの?」
「居酒屋メニューは職場で作ることもあるからそこそこうまいですけど・・・俺、はーちゃんが料理得意とか聞いたことないです」
「・・・そうなの?」
「料理得意だったら、俺に作って持ってきてくれるあの弁当が、あんなに男らしいわけはないと思うんです」

今日の弁当に一抹の不安を覚えたところでお喋りをやめて作業に没頭した。
大丈夫、俺白米があれば割と何でも食べれる。
・・・武地先輩はどうなのかわからないけど、少なくとも自分がリクエストしたのに残すようなことはしない人だ。
きっと2人で白米をかきこみながら弁当を食うことになるんだと思う。

***

何事もなかったようにしたのは自分だったけれど、それでもこのあっさりと元どおりになるこの関係性はどうなんだろうと思った。
そら高校の時からの付き合いで、俺が常にべったりしていたけれど、それでもやっぱり少しぐらい気まずい雰囲気になるかと思っていたのに。
お弁当を持って行ったら素直にありがとうって叫んで、いつもラインで美味しかったってスタンプが送られてくる。
それを見て俺がどんな気持ちになるかも知らないくせにって、少し卑屈になってしまう。

「お、お弁当」
「弁当?」
「おいしかった?」
「うん」

武地さんからも美味しかったってラインが来た。
アサよりも早くメッセージがきた。
素直に嬉しいとは思ったけど、でもそれだけだった。
胸がじんわりと温かくなるみたいな、心臓を撫でられるようなぞわりとした感覚もなかった。
それがなんだか悲しかった。

「も、もうっ、早くっ」
「早くしたら、袴田が辛いじゃん」
「でもアサがっ、今日武地さん寝不足だったって、言っあ!は、い゛っんんっ」
「アイツの話すんな」
「あっ、あ、あ゛あぁー・・・」

ぐちゃりと音がして武地さんのちんこが俺の中に入った。
ここ数日、毎日している行為。
俺の仕事が終わってから武地さんの家に行き、少しだけ話してセックスをする。
武地さん曰く、打算的なセックス。
力持ちの武地さんに抱えられるようにして身体が揺すられ、俺はいつも何もせずに喘ぐだけだ。
武地さんとのセックスは気持ちいい。

「あっひ、ごめっなさいっ」
「別に。いいよ」
「あ!やっあんっ」
「袴田、女みたい」
「ごめ、なさ」
「可愛いって話だよ」

いつもほとんど無表情な武地さんの顔が歪み、この人はこんな顔をするのかとどこか他人事のように思った。
武地さんは、いい人だ。




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