失恋が恋の始まりだなんて

「眠い・・・」

痛いほど泣くはーちゃんに手を伸ばすこともできず、はーちゃんが疲れて寝てしまうまで一緒に起きていることしかできなかった。
目が覚めれば昨日の夜の重みはどこにもなくて、隣の布団は綺麗に折りたたまれていた。

「・・・はーちゃん」

また閉じそうになる瞼を擦り、ぐっと背を伸ばす。

「アサおはよー!朝だよー!」
「・・・はーちゃん、驚くほど元気な」
「朝風呂してきた!1人だったからのんびりしちゃったー」
「俺も朝風呂行こうかな」
「早くしないとあと少ししたらごはんだよ」
「おー」

はーちゃんの目は真っ赤だった。
痛々しいほど泣き腫らしていた。
でも触れてくれるなとばかりにハイテンションで接されて、俺はいつも通りを装うしかない。
いや、装うってのも何か違う。
多分自分だってその方がありがたいって、心のどこかで思っているはずなんだ。

「早めに戻るわー」
「オッケー」

はーちゃんに声をかけてタオルと新しいパンツを手に部屋を出た。

「・・・ダサ」

自分で自分に舌打ちをしてもこの気持ち悪さは無くならない。

***

朝食は2日ともバイキングだった。
朝からもりもりとご飯を食べる俺からしたらとてもありがたい。
山盛りのご飯に焼き魚や煮物といったメインから梅干し、納豆などご飯に合いそうなものを片っ端から取る。
さらに洋食コーナーからスクランブルエッグにウインナーとベーコンを取った。

「本当に朝からめっちゃ食べるよね!」
「朝が一番食べるかな」
「えー?夜ご飯じゃないの?」
「腹一杯のまま寝るのがあんまり好きじゃないんだよなー」
「何それ何式健康法?」
「朝比奈式健康法」

なんだそれと言いながらはーちゃんは牛乳を飲んだ。
朝食に牛乳は欠かせないらしく、ご飯と牛乳なんて組み合わせで朝飯を食べている。

「帰りどこ寄る?」
「んーどこがあるんだろ」
「調べてから出るか」
「同じ県なのに知らないこととか割と多いよねー」

スマホを弄り回し色々と調べてみる。
飯を食いながらスマホ弄るなんて行儀が悪いとは思うけど、誰も俺らのことなんか見ていないからいいのだ。
はーちゃんはウインナーを齧りながらスマホをいじっていて、その顔は楽しそうに見えた。

「ワニ見る?ワニ」
「ワニいんの」
「熱帯園ってとこにいる。写真のワニ小さいけど」

はーちゃんに見せられたスマホには小さなワニが二匹いた。
小さいと言っても子供ってわけではなくて、多分これで最大って感じの大きさ。

「本気でワニじゃん」
「本気じゃないワニって何」

はーちゃんのスマホを借りて場所を調べてみる。
熱帯園は俺たちの泊まるホテルから割と近くてちょっと寄るには良さそうな所だった。
公式ホームページを見てみれば無料の駐車場もあると書かれていて、ますます惹かれる。
でもこの公式ホームページ、紹介サイトよりも情報少なくて悲しい。

「ドーム、3階に分かれてんだって」
「マジで?!」
「でもまさかの全て亜熱帯」
「全て亜熱帯って!」

はーちゃんが声をあげて笑い、俺もつられてニヤニヤしてしまう。
っていうかこのホームページ、ツボにハマるとヤバい。
笑が止まらなくなる。
なんてチープなんだ。
写真に写るヤギだか牛だかわからんヤツが後ろ向いてんのか前向いてんのかさえわからなくて面白い。

「よし、ワニ見るか」
「ワニー!」

山盛りのご飯に納豆をかけ、書き込むようにして食べる。
行き先が決まれば早く行きたくなるものだ。
そうとなればさっさと朝飯を食い終わらなければならない。
気分は遠足前日の小学生だ。

「おかわりしてくる」
「ついでに俺の牛乳も!」
「もう身長は伸びないと思うけどなー」
「骨が太くなって骨粗しょう症じゃなくなるからいいんですー」
「それこそ何式健康法だよ」
「袴田式!」

はーちゃんから空になったコップを受け取り、自分の空っぽの茶碗と一緒に手に取る。
はーちゃんはスマホ画面に映るワニを見てニヤニヤ笑っていた。

「早くワニみたいなー」
「カピバラもいるらしいよ」
「本当に?!俺もホームページ見よー」
「カピバラ、はーちゃんに似てる」
「俺は人類だよ!」

そう叫びながらカピバラのモノマネをするはーちゃんを見てゲラゲラと笑った。
はーちゃん出っ歯にしてるけど、カピバラって出っ歯ではなかった気がする。

***

熱帯園はそんなに混んではいなかったが、どうにも怪しい雰囲気を醸し出す場所だった。

「こ、れは・・・」
「え?ちょっやってる?大丈夫?」
「すげぇB級館」
「でもここ、珍しいワニとかいるらしいよ」

入口の怪しさに躊躇しつつ、こそこそと中に入る。
入ってすぐに割と人がいることにほっとして、それからワニの剥製を見てテンションがあがった。

「このワニ座れる!」
「はーちゃん!写真撮って!」
「あっアサズルい!俺も座る!」
「じゃあ一緒に撮ろう。すみませーん!」

近くにいた女の子たちに写真を撮ってもらうように頼み、すでにワニの剥製に座っているはーちゃんのところに戻る。
さすがに2人が座れるようなスペースはなかったので、ワニの剥製を跨いで空気椅子。

「撮りますよー」
「「お願いします!」」

はーちゃんの肩を掴んではーちゃんと一緒にピースをキメた。
何枚か写真を撮ってもらい、ワニの剥製から降りる。

「ありがとうございました」
「いえいえ。私たちのも撮ってもらっていいですか?」
「構いませんよー」

預けていたスマホを受け取り、今度は女の子たちからスマホとデジカメを受け取った。
きゃーきゃー言っている女の子たちは楽しそうに笑っていて、これから旅行をする雰囲気だった。
・・・女の子たちで熱帯園はマニアックな選択だと思うが、何か女の子を惹きつけるものがあったのだろうか。
はーちゃんと一緒に写真を撮ってくれた女の子たちの撮影をして、女の子たちのスマホとデジカメを返した。
女の子たちに改めてお礼を言い、手を振って別れる。
早速撮ってもらった写真を見れば、女の子たちにも負けないはしゃぎっぷりだった。

「ふは」
「ん?」
「いや、旅行楽しいなって」

はーちゃんのカメラロールの中の写真と俺のカメラロールの写真をお互いに送り合い、旅の思い出となる写真が増えた。
あんまり写真は撮らないからカメラロールは閑散としているが、だいたい面白い写真が並んでいる。

「ワニ見に行くか!」
「行くぞー!」

ドーム型の建物に向かい、ワニを求めて中に入る。
亜熱帯、というだけあって室内がじめっとした暑さだった。
館内は動物の鳴き声が聞こえたりして、さながらジャングルの雰囲気だ。
・・・まぁ、そんなに本格的なジャングル感はないけれど、気分を楽しむにはもってこいみたいな感じ。
しばらく歩けばおめあてのワニを見つけ、はーちゃんにつられてワニのいる水槽まで走った。
思いの外小さいワニがめっちゃ可愛い。

「あぁぁ・・・ワニー・・・」
「家で飼いたい」
「アサって動物とか見ると全部飼いたいって言うよね」
「でもワニちょー可愛くない?」

不恰好に口を開けるワニは何を待ってそんなに口を開けているのだろう。
そういえば噛む力は強いけど、口を開ける力はどうにも弱いっていうのは本当なんだろうか。
なんか輪ゴムとかで縛ったら口開かないって噂だった気がする。
あぁ、ワニと一緒に風呂とか入りたい。

「次のワニ見にいこ!」
「オッケー!」
「なんかすごい大きいワニいるらしいよ」
「何そんなの絶対見なきゃじゃん」
「あと鳥とかもいる」
「何鳥って!」
「しゃべるやつがいるらしい!」
「マジか。アサかっこいいとか言ってもらおうかな」
「・・・虚しいね?」

そんなことはないと俺の心を奮い立たせて次のブースに向かうことにした。
はーちゃんにはヘビを身体に巻きつかせて写真を撮ってもらおう。
嫌がっても絶対にやってもらうんだ。



ワニやらカピバラやら猿やら鳥やらもうなんでもかんでも満喫していたら昼飯の時間はとっくに過ぎていた。
飼育員さんに頼んではーちゃんにヘビを巻いてもらったが、はーちゃんは嫌がるどころかヘビを可愛いなんて言って喜んで身体に巻きつけていた。
カピバラは思ったよりも大きくて、でかいワニを見るよりも衝撃的だった。
小さい犬猫ぐらいのサイズだと思っていただけに、あまり可愛いと思えなくて、でも撫でるとゴロゴロするもんだから、最後には可愛いを連呼していた。
そうやって全てのブースで楽しんでいたらとっくに昼飯の時間は過ぎていた。
自分の腹が鳴ってから腹が減ったことにも気付くぐらいには熱帯園を楽しんでいた。

「カピバラ可愛かったね!」
「俺、鳥が悔しかったな・・・」
「アレね!絶対しゃべるもんかみたいな空気出してたね!」
「俺のことかっこいいって絶対言わなかった・・・はーちゃんのおはようには返事したのに・・・」
「ドンマイ!」
「なんか腹立つ!」

はーちゃんは必死に『アサかっこいい』と言わせる俺のムービーを撮っていたらしく、それを俺に見せてくれた。
必死すぎる俺とはーちゃんの笑い声が混ざっていて、ツンと横を向いた鳥だけ微動だにしていない。
よし、このムービーは削除してやろう。
これは日が経つにつれてみるのが恥ずかしくなってしまうムービーだ。

「あっ!消しちゃだめ!」
「やだ。恥ずかしい」
「だめだめ!お願い!」
「えー!」
「誰にも見せない!」
「絶対嘘っしょ!」

はーちゃんがやだやだと叫びながら、俺の手からスマホを奪取した。
まぁ、思い出だからいいかと消すことを諦める。

「つーか、腹減った」
「ここで食べる?」
「なんか近くに美味しいカレー屋さんがあるんだって。そこ行かない?」
「行く!でもその前にお土産!」
「俺もなんか買おうかなー」

お土産コーナーには少しばかり人がいて、子供達がぬいぐるみを持ってはしゃいでいた。

「アサ見て!」

子供だけじゃなくて、はーちゃんも鳥のぬいぐるみを手にはしゃいでいた。

「オニオオハシ!これ、足に磁石ついてて、なんか棚とかに掴まれる!」
「思いの外高クオリティ!」
「あと顔がアサに似てる」
「え、どういうこと?」

鳥類と俺の類似点とか、目の数ぐらいなんだけど。
はーちゃんはオニオオハシのぬいぐるみを買うと言ってレジに向かった。
俺も悔しいので何かはーちゃんに似ているものはないかとぬいぐるみコーナーを探す。
目に付いたやたら可愛いカピバラを見て、なんとなく手に取る。
本物のカピバラはこんなに愛らしくなかったし、はーちゃんと似ているところも目の数ぐらいしかない。

「・・・はーちゃんのカピバラ、出っ歯だったしな」

カピバラのモノマネをするはーちゃんを思い出して顔がにやけるのを堪える。

「これにしよ」

あとではーちゃんにこのカピバラを持って、カピバラのモノマネをしてもらおう。
絶対面白い。

***

楽しい旅行はあっという間で、割と早い時間に地元に着いた。
帰り道は行きよりも早く感じてしまって寂しい。

「忘れ物ないー?」
「たぶんない」

少し眠そうなはーちゃんをはーちゃんの家の前で降ろし、行くときよりも増えた荷物を一緒に下ろす。
玄関でおばさんに出迎えられ、持って行けと柿をもらった。

「ご飯食べていけばよかったのに」
「昼遅かったから腹減ってなくてさー。また今度な」
「運転ありがとね」
「どういたしまして」

深々と頭をさげるはーちゃんにつられて俺も深々と頭を下げる。

「アサ、明日から仕事?」
「いや、明日まで休み。日曜だし」
「あ、そっか」
「はーちゃんは?」
「明日遅番入ってる」
「マジかよ。早く寝なよ」
「うん」

明日から仕事のはーちゃんを早く寝かせるべく、さっさと車に乗り込む。

「じゃ、おやすみー」
「うん。またね」

手を振るはーちゃんに控えめにクラクションを鳴らし、自分の家に向かって車を走らせる。
はーちゃんがいなくなった車内は静かで、世間も静かなもんだからなんとなく寂しさを感じる。
静かだと思えば思うほど昨晩のことが頭に浮かんできて、それを紛らわすためにラジオを入れた。
なんの番組かもわからないが、人の話し声がするだけで少し落ち着く。

「はーちゃん、なんて言ってたかな・・・」

ついこの間まで高校生だった気がするのに、気が付けば思い出すのも難しいぐらいの月日が経っていた。
あの時泣き叫んでいたのは覚えているのに、そのあと泣きすぎだってはーちゃんをイジったのも覚えているのに、あの時はーちゃんが何を言っていたのかがわからない。

「・・・思い出せない」

目を真っ赤にしたはーちゃんを思い出して、胸の奥が気持ち悪かった。

***

「うわ、目真っ赤じゃん」
「・・・めっちゃ泣いたんです」
「朝比奈にフラれた?」
「・・・武地さんは意地悪ですよね」
「なんだ。本当にフラれたんだ」
「いいんです。もう何回も失恋してるから、それが一回ぐらい増えたって」
「でも袴田はそれが嫌になったから俺呼んだんじゃないの?」
「・・・まぁ」
「そういう打算的なの嫌いじゃないよ」
「武地さん、俺のこと好きですよね」
「うん」
「そんなにあっさり」
「ここで好きじゃないって意地はっても仕方ないからな」
「めっちゃヤリ目っぽい」
「まぁ・・・袴田のはじめてはもらっておきたいかな」
「やっぱ、武地さんやだ」
「やだとか言うなよ」
「だってヤリ目なんだもん」
「俺、結構真面目だし結構情熱的」
「本当ですかー?」
「試してみる?」
「・・・人のこと言えない」
「誰だって、恋愛は打算的なもんだよ」




※無断転載、二次配布厳禁
この小説の著作権は高橋にあり、著作権放棄をしておりません。
キリリク作品のみ、キリリク獲得者様の持ち帰りを許可しております。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -