失恋が恋の始まりだなんて

真夏のうだるような暑さの中で、汗を流しながらグラウンドに立つ野球部を見てかっこいいと思った。
中学三年生の夏だった。

「セカンドー!」
「オーラーイ!」

その青春の1ページを切り取ったかのような光景に見入った。
手に持っていたアイスはドロドロに溶け、ぽとりと地面に落ちた。

「かっけー・・・」

動機はただそれだけだった。
高校になったら憧れていた野球部に入った。
安易な動機で野球経験もゼロ、それでもやりたかった。
そして目指すはあのとき輝いていたセカンド。

「今回もスタンドかぁ・・・」
「しゃーなしっしょ。一年だもん」

でも俺に野球どころか運動の才能は皆無だった。
そんな俺とは対照的に高校から仲が良くなったアサは野球がうまかった。
小学校から野球をやってたというだけはあって、3年生よりも足だって速かった。
ポジションは誰もが一度は憧れるピッチャーだった。
でもアサはピッチャーがやりたかったわけではなくて、うまいからいろんなポジションに回されるっていう、そういうポジション。

「でもアサはベンチ入ってる!」
「出れるかわかんねーよ。うち、弱いし」

うちの野球部は弱小校もいいところで、いつも一回戦で敗退する。
一応進学校だから部活よりも勉強が優先なのだ。
その中で底辺を生きる俺は勉強だって得意ではない。
勉強もできないし、部活もスタンドだし、俺はいいとこなしだ。

「はーちゃんはさ、ちゃんとスタンドから応援しててよ」
「えー」
「いや、もちろん俺も応援するんだけど。なんつーかさ、はーちゃんにがんばれーって言われるとめっちゃやる気でるんだよね」
「ほ、ほんと?」
「おう!俺も出るかわかんないけど、出たら絶対頑張れって叫んでな!」

照れくさそうに笑うアサは裏表がなくて、それでいて馬鹿みたいに明るくて、夏の太陽なんかよりも眩しかった。
結局、アサの出番もなくて、そのまま一回戦で負けてしまったその試合はなんの思い出にも残っていない。
でもアサのその言葉だけは耳に焼き付いて離れなくて、自分がマウンドに立つよりも、アサが試合に出ることが楽しみになった。
誰よりも声を張り上げてアサの名前を呼んで、1回塁に出るごとにコーラを奢ってやろうとか考えていた。
最初は、ただそれだけだったんだ。

「今日のアサ、調子良かった!」
「わかる?!」
「うん!フォームがめっちゃ調子いいときのやつだった!」
「え?!俺そんなんあんの?」
「こうね、スビョアーっていうときがいいやつ」
「なにそれ、毎回それできたら俺めっちゃ三振取れるじゃん」
「たしかに!」

いつだって笑顔のアサと一緒にいるのが楽しかった。
徐々にその思いが妙にねじ曲がっていって、変な方向に行った。
最初の頃は玉砕覚悟で告白しようかなって思っていたけれど、アサには彼女がいたりいなかったりして、そんなのを見てたらアサに少しくっついてる友達ぐらいでいいと思った。
まっちゃんとヨネとジュニアとアサと俺で仲良くしていればいい。
どうでもいいことで笑って、どうでもいいことで盛り上がって、どうでもいいことに全力を尽くしていればいい。
欲張らなくったって、毎日楽しい。
・・・でも裸を見るのとか、見られるのは恥ずかしくなってしまったけれど、でもそれは俺だけじゃなくて、まっちゃんもだから変なことじゃない。

「アーサー!」
「その呼び方なんか俺外国人みたいじゃね?!」
「イントネーションが違うだろ」
「まっちゃんの判定厳しいね?!」
「なになになにー?」
「ちょっ、はーちゃん重いよ!」
「少し太った!」
「試合前なのに!」
「アレ、はーちゃん次試合出るの?」
「出ない!」
「またスタンド?」
「ちょっまたってジュニアひどくない?!」
「わー!俺に乗っかんないでー!」
「じゃあヨネ!」
「なんでだよ。アサでいいじゃん」
「そうする!」
「なんでー?!」

自分のセカンドとして試合に出る夢は叶わないと知った三年の夏。
悔しくなかったかと言えばそれは悔しいに決まっていて、メンバーの発表があった日にはぐずぐずと1人で泣いた。
でも泣いたのはその日だけだった。
次の日からはみんなが打つボールを必死になって拾った。
この空気の中から追い出されるのだけは嫌だったのだ。
だからマネージャーの手伝いまでして最後までその空気の中にいた。
誰よりも走り回って、誰よりも声を出して、みんなと同じ空気の中に埋まっていたい。
憧れていた空気の中に、アサと同じ空気の中に少しでも長くいたかった。

「明日、もう試合かぁ」
「キンチョーするー」
「はーちゃん、スタンドじゃん」
「緊張するの!スタンドだけど!」
「明日、絶対勝たないとなぁ」
「アサなら平気っしょ!今日のフォーム、スビョアーって方だった!」
「ホント?!」
「うん!大丈夫!」
「なぁ、はーちゃん」
「うん?」
「明日、ちゃんと応援してな」
「任せろ!」
「俺、やっぱはーちゃんの応援が一番頑張れる気がする」
「ふふーん。万年スタンドだからね!」
「ぶは!それ自分で言うの?!」

甲子園に行くための初夏の試合、地区大会の第1戦目。
相手は勝ったり負けたりの高校で、勝つ可能性はゼロではなかった。
スタンドから試合開始の合図を待ち、手に汗を握ってアサを見る。
この試合に勝ったら、31を奢ってあげよう。
お腹を壊すといけないからシングルで、アサが好きなクッキーアンドクリーム。
みんなしてすぐ奢ってっていうから、みんなには内緒だって先に言っておこう。

「アサ、大丈夫かなぁ」
「大丈夫ですよ」
「緊張してるんじゃないかな」
「まぁ、そらしてると思いますけど」
「うーん」

一年生と一緒にスタンドからチームを見守る。
遠くから見るアサはなんだか落ち着きがなく、冷静な感じは全くしなかった。

「でも今日は彼女さんも見に来てるし、めっちゃ張り切ると思うんですよね」
「え?」
「あ、気付きませんでした?あそこに座ってますよ。美人ですよねー」

こっそり耳打ちされた方を見たら、同じクラスの女の子がいた。
彼氏をブランドバッグのようにぶらさげる女の子。
俺とは違う場所で、アサにくっついてる女の子。

「・・・付き合ってたんだ」

全然、ちっとも、知らなかった。

「あ!試合始まりますよ!」
「よっしゃー!応援するぞー!」

でもそんなことはどうでもよかった。
アサに彼女がいるのはいつものことで、女の子と同じところに自分は立っていないのだから、勝手に悲しくなるのは間違いなんだ。
そんなことはアサに対する気持ちがねじ曲がった頃から知っている。

「かっとばせー!あーさひなっ!」

アサが俺の応援が一番だっていうから、頑張れるっていうから、俺は誰よりも声を張り上げる。
小さい声で頑張れと気持ち程度の応援する女の子よりも、俺が声を張り上げた方がアサは頑張れるんだから。
じっとりとした空気の中、マウンドに立つアサに声が聞こえるようにってそれだけを考えて必死になって声をはりあげる。
積み重なる相手の点数にスタンド全体が沈んでも俺だけはへこたれないように。
ノーアウト満塁、点数差は4点。

「アーサー!頑張れー!」

その絶望的な状況でボールを投げるアサを目に焼き付けて、最後の最後まで声を張り上げる。
諦めムードが漂う会場、心地いい音とともに遠くへ飛んでいくボール。
相手チームの歓声と自分達のチームのため息で溢れるスタンドで、誰よりも声を出して泣き、最後までアサに向かって叫び続けた高校三年生夏の思い出。

「ごめん。負けちゃった」
「謝るな!アサのせいじゃない!」
「いや、俺のせいだよ。俺が彼女のことばっか気にしてたから」
「そんなことないって!」
「彼女、頑張れーって言ってくれたのに、何もいいとこ見せらんなかったなぁ」

俺の声はなにも届いてなかったと知った高校三年生夏の思い出。

***

「なに、言ってんの?」
「じゃ、じゃあ目、閉じててもいいから、俺が全部やるからっ」
「そうじゃなくて」
「ねぇ、1回だけでいいから、1回だけでっ」
「はーちゃん!」
「・・・ねぇ・・・なんで、なんでまっちゃんなの?」
「は?」
「どうして俺のことは見てくんないの?」
「どうしてって、そんな」
「1回ぐらい、俺のほう見たって、俺の言うこと聞いてくれたっていいじゃん」
「は、はーちゃん」
「俺だって、俺だって、少しぐらい欲張りになったって、いいじゃんかぁ・・・」




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