失恋が恋の始まりだなんて

人の多さをかき分け、広い露天風呂に頭まで沈める勢いでつかる。
相変わらず恥ずかしいというはーちゃんは更衣室に置いてきた。
外の売店を待ち合わせにしているから問題はない。

「傷心旅行もいいもんだなー」

何か理由をつけないと旅行もできないのかと思うほど、旅行の前につく言葉はあるよな。
でもまさか俺が傷心旅行なんてするとは思わなかったが。
っていうか傷心旅行っていう空気でもないけどね。
ここに来るまでだってさんざん飲み食いしながら来たのだ。
温泉まんじゅうを片っ端から食べ、温泉卵も飲むようにして食べた。
県をまたいだわけでも無いのに、なんたるはしゃぎっぷりか。
それもこれもはーちゃんが一緒だからという言葉に尽きる。

「気を使ってんだか使ってないんだか」

昨日の夜、なぜだか繋いだ手は朝になったら離れていた。
はーちゃんもまだ寝ていたし、二度寝を決め込んで、ホテルに頼んでおいたモーニングコールで再び目を覚ました。
てっきりはーちゃんは『手を離したな!』とか言うのかと思ったが何も言わなかった。
だからそんなに気にしなかった。
いつものテンションってやつなんだろう。
面白みには欠ける慰め方ではあったが、女にフラれて凹んだわけではないのだし、これはこれで得したとでも思っておけばいいのか。
・・・なーんてな。
こんなことはさっさと忘れてしまうに限る。

「さて、はーちゃんを待たせすぎるのもよくないし、あがるかね」

ざばりと露天風呂から出て脱衣所へ向かう。

「ふは、いい眺め」

この時期は暑いからまだいいが、冬になれば雪も積るし、この露天風呂は寒いだろうな。
雪景色は確かに綺麗かも知れないけれど、雪の中裸で外に出るのはごめんだ。
まぁまだ冬ではないから俺は風呂上がりのアイスを楽しむけどな。

***

夕方、回れるだけ外の店を回ろうとなり、車を置いたらすぐに外に出た。
一番近い店で冷酒をひっかけ、その辺の店でビールを買い、これまたその辺の店で買った団子をつまみにする。
甘じょっぱい団子にビールはなかなかオツなもので、はーちゃんも俺も手持ちのビールがなくなったらその辺で買ってを繰り返していた。
そんなことを繰り返せばホテルに戻った時にはすでにほろ酔い。

「お帰りなさいませ。夕食はどうされますか?」
「すぐください!」
「痛たたた!はーちゃん!足踏んでる!」
「仲がよろしいんですね。夕食は準備が出来次第お持ちしますね」

従業員さん達にクスクス笑われながらロビーを後にする。
昨日と同じ部屋に向かってよたよた歩く。
はーちゃんが鍵が開かないというので俺が開けてあげた。
酔っ払いはお互い様だが、はーちゃんはテンションが高すぎる。
部屋に入るなりだらりと過ごすには向いていないジーンズを脱ぎ捨てる。
汗もかいたとTシャツも脱ぎ捨て、新しく用意された浴衣を着る。
それから俺もはーちゃんも明日は朝早く起きて朝風呂すると喚きながら、部屋の冷蔵庫に入っているビールを飲んだ。

「あはっははは!アサおもしろー!」
「何が何がー?」
「パンツ、黄色!」
「かっこよくなーい?」
「レモン牛乳みたい!」
「ちょっとそれはそれで良いセンスだろー?」
「あはは!」

ひとしきり笑ったところで、にこやかに笑う従業員さんが夕飯を持ってきた。
今日も今日でとても豪華な夕飯で、昨日冷蔵庫にしまわれた日本酒を取り出す。
それから追加で常温の日本酒も頼んだ。
常温だとつい飲み過ぎてしまうのだが、これ以上冷たいものばかり飲んでは腹を壊しそうだと思ったのだ。

「エビグラタンうまー」
「これ伊勢海老じゃん?!」
「そうなの?!」
「わかんない。大きさ的に」
「アサテキトー!!!」

運ばれてきた日本酒をグラスに注ぎ、ゴクリと飲む。
うーん、甘口。
でもこの創作和食には合っている。
生麩の上に乗る味噌とよく合う。

「ぷはー」
「今日もいい飲みっぷり」
「んふふーアサが元気になってくれたからねー」
「いやー、本当ありがとう」
「どういたしまして」

いやね、本当に感謝しているのだ。
たぶんこうやってはーちゃんがいなかったら、またまっちゃんまっちゃん言いながらオナってたに違いない。

「はなちゃんのこと忘れたー?」
「忘れた忘れた」
「ほんとにー?」
「ほんとほんと」

小さな鍋に入っていたすき焼きに気分を良くして、日本酒をぐびりと流し込む。

「はーちゃんだから言うけどさー」
「うん?」
「本当ははなにフラれたから凹んでるわけじゃないんだよね」
「え、どゆこと?」
「まぁ、はなをフッたのは俺だからね」

そうなんだって、あまり興味なさそうにはーちゃんは言った。
それでも目を逸らさずに話を聞いている。

「この間さ、ふとしたことで失恋してさ」
「他に好きな人できたの?」
「というよりはさ、気づいたっていうかさ」
「俺の知ってる人?」

そこで少し言い淀む。
でも俺は、全部吐き出してしまって、楽になりたかった。

「まっちゃん」
「まっちゃん?」
「そ。まっちゃん、松本くん。松本空太くん」
「まっちゃん?!」
「はは、驚くよな。引いた?」
「引いた、わけじゃ」
「まぁどっちでもいいよ」

グラスに残っていた日本酒を胃に流し込み、カーッと焼ける感じに浸る。
その感覚が消えて、途端にすっきりとした。
すーっとここ最近までの靄が消えたように、嘘みたいに楽になる。
やっぱり、はーちゃんがいてよかった。

「あー!すっきりした!!!」
「俺は消化不良だよ!」
「はは、そこは流しといてよ」

すき焼きの肉と豆腐、それからネギを皿に取る。
卵を絡めていい感じになったら口の中へ。
うん、さっきよりも数倍美味しい。
やっぱり何かを溜めて飯を食うってのはよくないな。
あとなんでもやってから考える俺には、悩むっていうこと自体が合ってはなかったんだと思う。

「アサ、マジで言ってんの?」
「うん。そうだよ。でもまっちゃんはジュニアと幸せなんだし、どうこうする気もないし、まっちゃんに言うつもりもないよ」
「本当に?」
「うん。なんかはーちゃんに言ったらすっきりしたしね。だから流しといてよ」

それっきり、まっちゃんの事は話さなかった。
いや、意図して触れなかったっていうのが正しい。
この後の話題に高校の時の話が全く出なかったし、まっちゃんが帰省していた正月の話も、ジュニアがいた何ヶ月か前の話もしなかったのだから。
それでも十分に話は盛り上がったから、何の問題もない。

***

早々に布団に横になりしばらく。
ずっしりと身体が重くて目が覚めた。
金縛りかと思ったが、もぞもぞと俺の上を動く何かがいる。
手を伸ばせばふさふさとした毛に触れる。

「何?」
「あ、起きちゃった」
「はーちゃん?」
「うん」

俺の布団の中からはーちゃんが顔を出した。
時計を見れば夜11時、寝てからまだ1時間ぐらいしかたっていない。

「何?どうしたの?寝ようよ」
「寝るには早くない?」
「早寝はご褒美なんでしょー?ほら、布団戻って。暑いよ」
「ねぇ、アサ」

目を閉じる俺の顔にふっと息がかかる。
こういう時は大抵ほっとかれるとはーちゃんは諦める。
このテンションに付き合ってくれる人がいないとつまらなくなるからだ。
いつもだったら3分と粘らないのに、今日に限ってしつこいほど俺に張り付く。
はーちゃんの髪が顔とか首に当たってくすぐったい。

「もーなにー?」
「あのさ、あの、さ」
「早く言わないと寝るからねー」
「アサは本当にまっちゃんが好きだったの?」
「その話よくない?」
「本当に好きだったの?」

こちとら眠いのに、なんて話を持ち出してるんだよ。
そんなに面白かったのかよ。

「そーそー」
「じゃあアサはホモなの?」
「そうなんじゃないのー?」

適当に答えてまた目を閉じる。
こんな話をするために起こされたって言うんなら、たまったもんじゃない。
二日酔いで明日運転できなかったらどうするんだよ。
車置いて帰れないのに。

「じゃあアサは俺が抱ける?」
「なぁ、いい加減にしてよ。馬鹿にしてんの?手を出されるとでも思ってんの?ホモ隣にいるの怖いって?」
「違う、そんなんじゃない」
「じゃあなんだよ!」

睨みつけた時、はーちゃんの顔は泣きそうだった。
泣きたいのはこっちだってのに、眠たいのに、こんな話のために起こされてる俺なのに。
なんで今、はーちゃんが泣きそうなんだよ。
ハイテンション終わって泣き上戸かよ。

「いっ、一回でいいから、今だけでいいから、失恋して寂しかったからって、女と間違ったとか溜まってたとか、なんでもいいから・・・俺を抱いてください」

ぼろぼろ溢れる涙を見て、酔っ払いの戯言ではなく、確かな思いで発した言葉なのだと気付いた。
夏の最後の試合、一回戦負けの弱小校、試合にも出たことがないどころかベンチにすら入ったことがない男が、こんな顔をしてスタンドで泣いていたのだ。

「お願い。もう、辛い」

その男はマウンドに立って泣く、遠くの俺に何を叫んだだろう。




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