失恋が恋の始まりだなんて

俺の恋が無残に散り、何も発散できなかった愛は胃の中で暴れ出しそうなほど。
まっちゃんオカズに三日三晩抜いてみたがこの歳にして4発よゆーとか中2の精神大爆発。
そして俺は床にめり込む勢いで沈んだ。
こんなにも人が好きだと思えたのに、この恋は育つどころか芽吹いたは瞬間に農地が干ばつって感じ?
何も気付かずに育っていて、ある程度成長して知恵が生まれて、それから終了のお知らせ。

「やんなっちゃうねぇ」
「朝比奈、仕事しろ」
「してますよ!」
「どうだかな」

無口だけど誰よりも機械を弄るのが上手い武地先輩からのご注意。
っていうか車の下に入ってんのにエンジン弄ってる俺が見えてんのかよ。
最早千里眼だろ。

「あだっ」

そんなことを思っていたら脛を蹴られた。
車の下からガラガラと音が聞こえる。
車の下を自由自在に移動しているらしい。
作業しながら後輩の監視とかできんのかよ。
すげーな。
もう人間として接するのやめるわ。

「朝比奈」
「すみません!」

千里眼どころかサトリもお手の物らしい。
車の下にいる先輩に睨まれている気がして、俺は渋々スパナに力を込めた。
機械を弄る右手は連日の息子の世話で腱鞘炎になりそうだってのに、オーバーワークだぜ。
医者にも言えない恥ずかしい理由だな、オイ。

「武地先輩」
「なんだ」
「好きって思ったら失恋ってどう思います?」

ガラガラ音を立てて武地先輩が車の下から出てくる。

「そんなくだらない悩みで今手を止めてるとしたら殴るぞ、スパナで」
「アホ言ってすみません!マジで働きます!」

本当にやるぞと目が訴えていた。
恐ろしい。
せっせと働き始めた俺を見て武地先輩はまた車の下へ戻って行く。
よかった。
とりあえず殴られるのだけは回避した。
しばらくはガチャガチャと工具がぶつかる音だけが響いた。

「アーサー!!!」

外人みたいに呼ばれた俺のあだ名。
振り返るとにこにこしながらはーちゃんが手を振ってた。

「はーちゃん。どうしたの」
「んふふー!俺今から出勤なんだけどさー」
「うんうん」

はーちゃんはにやにやしながらもじもじしている。
そのままひっくり返りそうなぐらい。
運動神経皆無なんだからその動きしてたらいつか転びそう。

「じゃんじゃじゃじゃーん!おべんとー!」
「うおー!」
「へへーん!」

でかい弁当箱が俺の前に突き出される。
最早弁当箱よりは重箱みたいなサイズ。

「うわー!久々だなー!」

別にこうやって弁当もらうことが初めてなわけじゃない。
店の料理の練習とか、余った食材をもらった時にはーちゃんが弁当作って持って来てくれるのだ。
うちの母親は弁当なんて作ってくれないからたまにもらう弁当には大変助かっている。
コンビニ飽きるし、ほっともっとも飽きてきたところだ。

「店で余った鳥肉もらったんだけど、唐揚げぐらいしかできないから中身全部唐揚げ!」
「まじか!白飯は?!」
「それはある!」
「最強じゃん!」

なんて男らしい弁当だろう!
自慢げに胸を張る姿に後光が射してるぜ。

「なんだ、また弁当か?」
「先輩!すみません、うるさかったですよね」
「別に」
「武地さーん!」
「よ。俺には弁当ないの?」
「武地さんに唐揚げと白米なんて弁当あげられないですよ!」
「俺はそれでいいけどなー」

わいわい騒いでいたら他の人もはーちゃんに気付いたらしく、はーちゃんに声をかけている。
みんなはーちゃんの働いてる店に飲みに行くもんだからみんなはーちゃんを知っている。
社長なんてはーちゃん贔屓だからはーちゃんが仕事中に乗り込んできても何も言わない。
むしろはーちゃんのポケットに率先してお菓子を詰める。
でもそろそろやめとかないと、仕事に差し支える。

「マジでありがとな。今度お礼する」
「別に気にしないでいいよ。じゃ、俺も仕事行かなきゃだから」
「今度は俺にも作って来いよ」
「たぶん!」

はーちゃんは笑って弁当を置いて行った。
チャリに乗って田んぼばかりが見える道路を颯爽と走って行く。
と思いきや突然止まってiPod取り出して音楽を聴く準備。
それからまた手を振って去って行った。

「袴田が来ると、嵐が来たみたいだよな」
「俺は慣れました」
「ほんと、いつ見ても元気だよなー」
「高校のとき皆勤賞取ってましたよ」
「皆勤賞、似合うな」

武地先輩何言ってんだろう。
真顔でわけわかんねーこと言ってる。

「仕事戻るぞ」
「はい!」
「さっさと弁当置いて来い。外に置いてると傷むぞ」
「すぐ戻ります!」

はーちゃんがくれた弁当を持って事務所に入る。
俄然仕事にやる気が出てきた。
事務所には事務員の雪乃さんがいた。
事務関係はなんでもお任せな、遅刻にだけは厳しいおばちゃん。
雪乃さんがこちらを見て、手に持った馬鹿でかい弁当箱を見て笑った。

「ほんと、仲良しなのねー」
「そうですかね」
「お友達にお弁当持ってくるだなんて、普通はなかなかできないことよ」
「確かに」
「毎日コンビニかほっともっとのお弁当の朝比奈くんを心配してるんじゃない?」

そういえば初めて弁当をもらったのは金欠過ぎてカップラーメンしか食べれなかった時だったかも。
まぁその時にはでかい弁当箱の中身は全てだし巻き卵だったけど。
白米すらなかった。
ほっともっとに白米だけ買いに行ったの覚えてる。

「本当、いいお友達ね」
「俺も今、改めて思いました」
「ふふ。私にも唐揚げ頂戴ね」
「狙われてた・・・!」
「だってあそこの唐揚げ絶品なんだもの」

侮れないな、このおばちゃん。
外でなに話してるかバレバレじゃん。
いや、俺もはーちゃんもうるさいからな。

「わかりましたよ。その代わり、雪乃さんのお弁当からも何か下さいね」
「・・・かまぼこでいいかしら」
「斬新!唐揚げとかまぼこ交換とか、斬新!」

雪乃さんは嘘だと笑って、工場へ向かう俺を送り出す。
なんかみんなに優しくされて、俺ちょっと元気出たかも。
頭ん中まっちゃんとジュニアでいっぱいだったけど、今は弁当の唐揚げでいっぱいだ。

「俺って単純にできてんなー」

まだまっちゃんとジュニアを祝うことはできそうにないし、思い出すと辛かったりもするけど。
でもとりあえず今は仕事を頑張れる気がする。
だってはーちゃんの唐揚げが待ってるからね。
腹が鳴りそうだぜ。

「戻りましたー」
「おー」

工具箱を広げながら、エンジンをタオルで拭く。
相変わらず先輩は車の下から足だけ覗かせてガチャガチャいわせてる。

「朝比奈」
「なんすか?今度はちゃんと働いてますよ?」

車の下でため息をつかれた気がする。
なんだろう。

「・・・誰かに取られただか、彼女持ちを好きになったのか、どうだか知らんが」
「はい?」
「俺なら、奪う」

あ、さっきの話か。
先輩から話しかけるとか珍しいっていうか、奪うって!
すごく武地先輩らしいけども!

「可能性がゼロじゃないなら、俺は諦めない。車も一緒だ。丁寧に長く乗ってやりたい」
「先輩かっこいいっすね」
「お前とは違うからな」
「俺も先輩みたいになれるかなぁ」
「無理だ」
「あっさり!」

それからは無駄口を叩くことなく作業をした。
まっちゃんは、ジュニアと幸せなのかな。
男がダメってのはないから、可能性はゼロじゃない。
でもあったとしても1パーセントかそれ以下の話。
でも、ジュニアからまっちゃん取り上げて、それで俺は笑えるかって思ったらやっぱり違う気がした。
まっちゃんも好きだけど、ジュニアも好き。
・・・ジュニアでヌけはしないと思うから、たぶん友達として。

「俺、エンジンオイル取ってきます」
「おー」
「あと、先輩。ありがとうございました!」
「早く取りに行けよ!」

スパナが脛に飛んでくる前に俺は走り出す。
結局、答えは諦める以外に出てこない。
ジュニア泣かせるのも無理。
まっちゃん困らせるのも無理。
遅れてきた青春は甘酸っぱいぜ、畜生。

「くそー、失恋って辛いなー」

エンジンオイル片手に今更辛い。
でも今は唐揚げがあるからそうでもない。
だから、せめて仕事中は、涙を堪えて汗を流す。
そんで唐揚げ食って昼寝してまた仕事してまた汗を流すんだ。
さよなら、俺の遅れてきた青春。

***

「うおー!トマトも入ってる!」

はーちゃんの男らしい弁当にちょっとした変化。
キッチンペーパーの上に敷き詰められた唐揚げ、その隙間にミニトマト。
雪乃さんの卵焼きと唐揚げを交換して、おっちゃん達の愛妻弁当の肉巻きやらポテトサラダやらハンバーグやらコロッケと唐揚げを交換して随分豪華な弁当になった。
白米には休憩室に常備してあるふりかけをかけて豪華な弁当を食べる。
1番ははーちゃんの唐揚げ、2番目は雪乃さんの卵焼き。

「うめー」
「本当にな」
「武地先輩、ただじゃやれません」
「ほれ」
「醤油!醤油って!」
「魚に入ってんだろ。可愛いじゃねぇか」
「なら自分で使ってくださいよ!」
「俺、健康のこと考えてるからやたらに醤油とか使わねぇの」

そんなことを言っていたら唐揚げをもう1つ取られた。
このままでは全部食べられてしまうので書き込むように弁当を食べる。

「袴田も俺に作ってくれればいいのに」
「頼んでおきましょうか?」
「いや、いい」

即答されてしまった。
やっぱ健康に気を使っているらしい武地先輩からみたらこの男らしい弁当は嫌なのかな。
まぁせめてキッチンペーパーのかわりにレタスかキャベツでも敷き詰めてくれたらとは思うけど。
でも今日トマト入ってたしな。

「さっさと食わねぇと昼寝できねーぞ」
「はっ!それはやべぇ!」

朝早いから昼寝は必須なのだ。
休憩終わりの目覚ましはすでにセット済みで、寝始めてるおっちゃんもいる。
俺も乗り遅れないようにふりかけがかかった白米をかきこんだ。

「あ゛ー!!!3個目!」
「ケチケチすんな」
「嫌ですよ!もー!食べないでください!」




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