どうして恋なんかしたんだ

俺は今どんな顔をしているだろう。
きっとひどい顔に違いない。
心の中でヤスを呼んでみたけど、返事はおろか、顔すら浮かばなかった。
どうしてこんなことになったのかと、いくら考えても、逃げ道も、帰り道も見当たらなかった。

「なんか飲む?」
「・・・いや、いいや」

息苦しい。
胸がムカついて、吐きそうだ。
この空気に耐えられる気がしない。
それなのにジュニアは

「そんなこと言わないで」

そう笑うのだ。



目の前におかれたコーヒーは冷え、溶けそびれた砂糖がカップに沈んでいる。
どうぞと出されたのはいつだったのか。
頭がくらくらとしていて、あまり覚えていない。
相変わらずヘタレだと笑ったのはヤスだったのか、アサだったか。
ただ頭に『ダッセェ』とだけ響いた。
うるせぇと、ひとことだけ、ほんの少し小さな反抗をしてみる。
落ち着くにはほど遠く、また頭が揺れた。

「コーヒー、入れ直してくる」

席を立とうとしたジュニアの手を掴み、酷く後悔した。

「い、らないから。これで、いい」
「・・・そう」
「う、ん」

ああ、これで話さずにはいられなくなった。
ツンと冷たい空気が部屋に充満する。
俺はため息と深呼吸が混ざった息を吐き出し、グッと拳に力を込めた。

「な、何から話したらいいか、わらないんだけど・・・」
「・・・うん」
「とりあえず、ごめん」

その言葉に目を見開いたジュニアは怒っているのか、泣いているのかよくわからない顔でこちらを見た。
顔をしわくちゃにして、こちらを見ている。

「それは、何に対して?」
「とりあえず、・・・全部」

何も言わないで下を向いたジュニアはどんな顔をしているのだろう。
俺には確認する勇気も覗き見る度胸もなかった。

「高校の時、俺はジュニアから逃げたんだ。いや・・・正確には自分から、か」

相槌すら打たないジュニアを横目に見て、言葉を繋げる。

「怖かったんだ。その、ジュニアを好きな自分が」
「・・・え、」
「ほ、ほら、アサがのしかかってきたときにさ、そ、その・・・じ、事故ったろ?」
「・・・うん」
「そのときに自覚したってか、なんつーか・・・。ははっ・・・俺、気持ち悪いよな」
「そんな事ない!」

ジュニアは俺の空笑いを掻き消した。
俺はジュニアの否定を拒む。

「あるよ。だから逃げたんだ」

手がじんわりと汗ばんだ。
目の前がぐらぐらと揺れて気持ち悪い。

「あの時の自分が気持ち悪くて、後悔ばかりで、どうしようもなくなって、俺は逃げたんだ」
「じゃあ・・・じゃあ、ヤスくんは?」

ギリッと音を立てて心臓が捻じれた。

「ヤスくんはどうなの?だ、だって、まっちゃんは、ヤスくんと、つ、付き合ってるんでしょ?」
「・・・うん。正確には、付き合ってた、な」

まさに事実で、どうしようもないほど真実だ。
隠すつもりもなく、否定するつもりもない。

「・・・え?」
「つい昨日、振られたんだ」
「俺の、せい?」
「違うよ。俺のせいだ」
「そう、なの?」

俺が中途半端だったから、自分勝手だったから、ヤスが傷付いた。
そして、心地よい関係は呆気なく終わりを告げた。

「ヤスは特別だ。俺が今、自分を認めて、ジュニアと話ができているのも、前より後ろめたくないのも、全部ヤスがいたからだ」

本当にヤスには感謝している。
感謝なんて言葉じゃ足りないぐらいに。
だから、だから俺はヤスを取ったのに、ヤスは

「俺はまっちゃんのママじゃないし、それに・・・同情の愛はいらないよ」

そういって笑うだけだった。
流されるなと、怒ったのもヤスで。
冗談でも頷く事はしてくれなかった。
同情だろうがなんだろうが、俺の中でヤスが特別なのには変わりないのに。
俺よりも男前で覚悟がある奴だと、いい奴だと、さらに惜しくなった。
ヤスなら、俺の気持ちがどうであれ、うまくやったに違いない。
でも、そうしないのはヤスが俺の気持ちを優先するからなのだ。

「ヤスには本当に感謝してるよ。正直、今だってヤスは特別なんだ」
「そう、なんだ」
「でも・・・終わったんだ」

そう、終わったんだ。
そして、ヤスは俺に退路を残しはしなかった。

「ヤスが、ジュニアに伝言だって」
「・・・何?」
「俺のお下がりでよければ、くれてやるってさ」

強気な言葉とは裏腹に、ヤスの手は震えていた。
それから、ヤスに心底感謝した。
それから、俺は最後の最後まで、ただただズルくて、酷い男だと思った。
俺は最低だ。

「こんなにヘタレで、ジュニアが思うほどいい男じゃないけど、それでもよければ、よければ・・・俺をもらってやってくれないか」
「・・・それが、告白なの?」
「・・・ごめん」
「ねぇ・・・まっちゃんの、まっちゃんの好きな人は誰なの?」

この時に、よくわからないと言えたなら、ヘタレと言われても、最低だと言われても楽だったのに。
どうして、どうして、答えがわかるのだろう。
ほんと、最低にもほどがある。

「俺は、俺は・・・高校の時から、ずっとジュニアが好きなままだ」
「・・・本当に、そうなの?」

ぐっと吐き気を飲み込んで、息を吐く。

「忘れたつもりで、毎日を過ごしてみたけど、ダメだった。あの時の天気も、空気も、かっ感触も、全部覚えてる。全部だ。本当に何もかも」

俺は頭を抱えて、俯いた。
ジュニアの顔を見ていることに耐えられなくなった。

「後悔するって、できれば忘れたいって、そう思ってたから、できるならもう会いたくなかった」
「・・・そっか」
「本当は、会いになんて、来てほしくなかった」
「うん」
「こんなに、人を好きになったことを後悔したことはない。それでも好きだと思ってしまう。馬鹿みたいだ」

自業自得とでも言うのか、同性の友人を好きになった罰なのか。
人を好きになることは想像以上に辛かった。

「それなのに、ほんと・・・ほんと、情けないよな。俺は最後まで・・・最後の最後まで、ヤスの力を借りないと、告白すらままならないんだ」

俯かせた頭をあげ、へらりと笑ってみせた。
でも目には涙が滲んでいたに違いない。
俺の視界はぼやけてしまって、何も見えなかった。

「好きだとか、気付かなきゃ、こんな事にはならなかったのにな」

独り言は虚しく部屋に響いた。

「何も気付かなきゃ、よかった」

もう後悔ばっかりだった。
どうして、と思わずにはいられないんだ。
やっぱり、あの日に思ったことは正しかった。

「恋なんか、しなければよかった」

あれだけ後悔したのに、どうして懲りなかったんだろう。
何の望みがあって今ここにいるんだろう。
何度も何度も忘れようと頭を壁やコンクリートにぶつけたのに、忘れられなかった。
ならば、せめて、せめて、思い出で終わってほしかった。
できることなら、二度と会いたくはなかった。

「俺の中でまっちゃんはヒーローだったんだ。なんていうか、こう、かっこ良くてさ」

黙った俺の代わりに口を開いたのはジュニアだった。

「何しても光っててさ、俺の中じゃいつもまっちゃんが一番目立ってた。だから、今すっごく格好悪い」

ジュニアは深いため息をついた。
残念とも、仕方ないともとれる溜息。

「だから、今度は俺がヒーローになってあげる」

ジュニアは俺の涙でベタベタに濡れた顔を掴んで、無理矢理自分の方を向かせた。

「ヤスくんのお下がりでも、なんでも、まっちゃんはまっちゃんだ。俺はどんなまっちゃんも好きだ。だから、俺がまっちゃんをもらってあげる」

そう言って、笑ったジュニアは、目を閉じて俺の顔面に近付いてきた。
覚えがある感覚がして、ぞわりと何かが背中を走った。
あぁ・・・。
ようやく気が遠くなった。

***

目が覚めた時にはあたりは真っ暗だった。

「あ、やっと起きた」
「まっちゃあああん!!!」
「あれ、ヤス?」

あからさまに不機嫌なヤスに頭を叩かれた。

「ダッサ。何してんの?」
「ご、ごめん」
「はあ・・・なんで他に行った元彼の世話しに、わざわざ俺が来なきゃいけないわけ?」

ごもっともだ。

「ジュニアくんもさぁ、なんで俺呼ぶかなぁ」
「ご、ごめんなさい・・・」

ジト目のヤスは相当不機嫌らしい。
美輪明宏でなくとも、ヤスの不機嫌なオーラがはっきりと見える。
いつもなら、別れた男には二度と会わないくせに。
俺もヤスの中で特別だったのかと、少し嬉しくなる。
ヤスが不機嫌な顔をこちらに寄せてきた。
俺の額にヤスが額をつけて、唇がぶつかりそうな位置で口を開く。

「つーか、最早まっちゃん、ジュニアくんアレルギーじゃん。やっぱ俺にしとけば?」
「悪魔の囁きか」
「そ」

ヤスは慣れたからだというが、やっぱりヤスが近くにいるのは誰といるよりも落ち着く。
目の前はヤスの顔で埋め尽くされているってのに、息苦しさもなく、ただただ安心した。

「だっだめ!まっちゃんは、もう俺のだもん!」

しかし、こう言われることに優越感のような、くすぐったさも感じる。
さすがになんでもお見通しなヤスがソレに気付かないわけもなく、あからさまに嫌そうな顔をした。
ヤスのその顔に、俺が眉尻を下げるとヤスはさらに不機嫌になる。
ジュニアには見えない位置で、ヤスが最後とばかりに、触れるだけのキスをした。

「嘘だよ。俺が捨ててやった男なんか、知るもんか」

そう言って、ヤスは俺から離れた。
最後のキスは冷たくて、優しくて、悲しくて、それなのに今までで一番違和感を感じた。
これがヤスはわかっていた答えなのかもしれない。

「お幸せに」
「・・・ああ」

ヤスが笑った。

「ジュニアくん」
「なに?」
「まっちゃん、キス下手くそだから練習させた方がいいよ」
「おまっ」
「ちゅーちゅー吸うから唇腫れるんだよねー」

けたけた笑うヤスを黙らせようと飛び起きる。
俺から逃げるヤスまであと少し、というところでジュニアに足を掴まれた。
俯いたジュニアの顔は見えないのに、手を離すものかという強い意思だけはヒシヒシと伝わってくる。

「ジュ、ジュニア?」
「まっちゃんは、ヤスくんとは普通にキスできたの?」
「そ。下手くそだけど」

ガッとジュニアが顔をあげる。
その顔には確かな決意が伺えた。

「ちょ、ジュニア?変なこと考え」
「俺ともできるようになって!」
「そ、それは、そのうち・・・?」
「ダメ!すぐに!」
「む、無理だって。ほ、ほら、なんつーか、トラウマみたいな」
「トッ、トラウマ・・・?!もうっ、できるようになるまで、いっぱい練習するからね!」
「え?!」
「あははは!ざまぁみろ、まっちゃん!」

前途多難とはまさにこのことで。
俺には天国なのか地獄なのか、どちらとも言い難い毎日が待っているらしい。




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