どうして恋なんかしたんだ

鍋にはたくさんのジャガイモ。
柔らかくなったらマッシュしてまっちゃんが好きなコーンを入れる。

「あとちょっとまってねー!」

下味は割とシンプルに。
ちゃんとあら熱を取ってから小麦粉を付けて卵にくぐらせて。
仕上げにふんわりパン粉をつける。
温まった油鍋で揚げればまっちゃんが好きなコロッケができた。
簡単にサラダを作って、ドレッシングはまっちゃんが好きな青じそで。
実家からまっちゃんと食べろと送ってきた新米もツヤツヤに炊けた。
まっちゃんは高校の時より随分痩せたからご飯は多めに。
もっと食べて、もっと大きくなればいい。
静かに待っているまっちゃんにジャガイモの味噌汁とご飯を出して、後少し待ってと釘を刺す。
コロッケがいい色に揚がったところで皿に盛りつける。

「はい!たくさん食べてね!」

まっちゃんは山のように盛られたコロッケに苦笑いを返した。
それでもまっちゃんは食べてくれる。
昔と変わらず優しいまっちゃん。

「まっちゃん、美味しい?」

返事はない。

「出来合いのコロッケより美味しいでしょ?俺頑張って覚えたんだよ!形が綺麗に作れるように何度も練習したんだー」

返事はない。

「ご飯もね、新米なんだよ。美味しいでしょ?」

返事はない。

「ねぇ、まっちゃん」

返事はない。

「会いたいよぉ・・・」

まっちゃんはいない。



自分の恋愛観が人と違うと気付いたのは中学生になった時だった。
俺はイタリアでしばらく過ごして、それから日本へ来た。
長期休みは必ずイタリアに行っていたし、正直ゲイとかレズなんていうのは普通にあることだと思っていた。
イタリアじゃ議員でも同性愛者であると公表している人もいるぐらいでそんなに珍しくもない。
それにうちの家族は国際結婚のように人種が違っても結婚できるのだから、性別なんてのは些細な問題だと同姓結婚にも賛成していた。
ごく当たり前にそう考えていた俺は日本人にしては珍しい考えて方だなんて思ってもいなくて。
中学生の時に初めてできた恋人が男だった時にも不思議には思わなかった。
だから恥ずかしげもなく友人に教えた。
でも次の日には軽蔑の対象になった。
挙げ句あんなに俺を好きだと言った恋人は罰ゲームだったとか、冗談だとか、妄想だとか言い出して。
俺はようやく言ってはいけないことだったと気付いた。
気まずくて逃げ出したくて、その生活が嫌になっていた頃に母親の実家へ引っ越す話が出た。
もともと日本の田舎に住みたいと言っていた父親はすぐさま会社に辞表を提出。
俺も早々に編入試験を受けた。
次は失敗したくない思いもあって真面目に、普通でいようと思っていた。
でも父親譲りの髪色で編入初日に大失敗。
友達なんかいらないって思って静かに高校時代は過ごそうと思っていた。

「なぁ、これ地毛?」
「・・・うん」
「え、染めてねぇの?」
「父親が、イタリア人で・・・」
「マジで?名前にJrとか入ってんの?」
「いや、名前は平塚亘で全部だから・・・」
「ふーん。なんかかっこいいな」

興味ないのかあるのかわからない笑い方をする後ろの席の人。
名前をまだ覚えていなかった。

「な、まえ」
「俺?松本って言うの。松本空太。名前嫌いだからまっちゃんって呼んで」
「・・・うん」
「後で友達紹介してやるよ。とりあえずジュニアの前の席でニヤニヤしてんのがはーちゃんな」
「よろしく!ジュニア!」
「・・・ジュニアって・・・名前に入ってないんだけど」
「あだ名だよ、あだ名。ニックネーム」

ダサいあだ名だけど、あだ名を付けてくれた。
まともに喋ってくれる友達ができた。
それだけで十分なくらいだったのに、まっちゃんが優しくて優しくて。
駄目だ駄目だと思っていたのに俺はまっちゃんに恋をした。
でもその恋の終わりは悲惨だった。
まっちゃんが何も言わずに急に消えた。
大学変えたのも引っ越したのも知らないまま、いつの間にか連絡も取れない。
それが4年も続いたんだから諦めればよかったのに。
まっちゃんが住んでるかもってとこが分かるとどうしようもなくて。
まっちゃんが俺の顔を見たくないなら、せめて、せめて1度だけでいいから遊んではくれないかと、淡い望みだけ抱いて会いに行った。
だから友達でいてくれるってだけで嬉しかったのに。
それでよかったのに。
まっちゃんの横にいるヤスくんが羨ましくて羨ましくて・・・欲が出た。
友達でいられなくなるのなんかわかってる。
でも俺はヤスくんの場所でまっちゃんといたかった。

「馬鹿だなぁ・・・」

後悔してももう遅い。
何度後ろを振り返ってもまっちゃんは追いかけてこなかった。
電話どころかメールもなかった。
泣いたら馬鹿みたいだと思っているのに涙は止まらない。

「何してんだろ・・・」

優しいまっちゃんは俺のものにはならなかった。



目元を赤く腫らして何日目か。
俺の手にはカップめんが入ったコンビニの袋。
まっちゃんに食べてもらうためにご飯を作っていたから、今は料理をする気力はなかった。
実家からまっちゃんと食べろともらった新米も、もう炊く気にならない。
相変わらずまっちゃんから連絡はなくて。
もちろん俺から連絡できるわけもなくて。
きっとヤスくんといるんだと思ったらまた涙が滲んだ。
まっちゃんは優しい。
まっちゃんが好き。
まっちゃんに会いたい。
でもまっちゃんが選んだのは俺じゃなかった。

「高校の時はアサばっか、今はヤスくんばっか」

いつだって1番は俺じゃない。
いつだってヨネは全部知ってるのに、まっちゃんは何も知らなかった。
はーちゃんみたいに熱いわけでもないまっちゃんはあっさり俺を捨てた。
アサが分けてくんなかったらきっと俺に対する興味もなかったんだろうな。
だってヤスくんがまっちゃんを分けてくんなかったから俺は1人ぼっち。
でもどうしてもまっちゃんが嫌いだって言えない。
今だって自転車をこぐ音がすれば後ろを振り返る。
擦れた靴音がすればまっちゃんではないかと足の動きを鈍らせる。
全部気のせいなのに。
ゆらゆらと揺れるコンビニ袋がガサガサと耳障りな音を立てるだけ。
鞄から家の鍵を取り出して郵便受けをみる。
まっちゃんからの手紙もなし。
またじんわりと涙が滲んだ。
スーツの袖で目を擦りながら階段を昇る。

「あ、やっと帰って来た」

目の前には会いたくて会いたくて焦がれたまっちゃんがいた。

「最近寒いな。俺まだ衣替えしてないんだ」
「どうして、どうしてまっちゃんがいるの?」
「んー・・・まぁ、その・・・」
「ヤスくんは?ヤスくんはどこに隠れてるの?」
「今日は、ヤスいないんだ」

スーツの袖でいくら涙を拭っても涙が溢れてくる。
せっかくのまっちゃんなのに、何も見えない。

「まっぢゃあ゛ん゛ー!」
「泣くなよ。ジュニアの目、すぐ腫れるんだから」
「な゛んでっなんでー!」

まっちゃんは苦笑いをしながら俺の顔を服の袖で拭いた。
相変わらず優しい顔をしていてたまらなくなった。
でもやっぱりまっちゃんははーちゃんみたいに熱くなくて、冷たかった。

「あの時に、出来なかった話をしに来たんだ」

きっとそれは怖い話なのに。
部屋に招き入れたのは惚れた弱み。




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