ホストの恋

ティッシュ配りの恋



月曜日はでかい胸が邪魔な女の相手。
火曜日はやたらプライドが高い女の相手。
水曜日は親が金持ちの甘えた女の相手。
木曜日はセレブな歳とった女の相手。
金曜日は新規の客を落とすのが俺の仕事。
俺の仕事は分かるとは思うがホストだ。
でも世間的なくくりで言えばフリーター。
週5日のアルバイトで月に300万を超える収入。
真面目に働いてるのがばかばかしくなる。
アルバイトでなければシフトの融通は利かないし土日出勤はごめんだ。
ただ笑って少し褒めてやれば女なんて簡単。
猫みたいな生き物だ。
俺は綺麗な顔に産んでくれた親に感謝して、高額過ぎるシャンパンを売るだけ。



出勤前、駅前でなんとなくティッシュをもらったあの日。
俺の人生がぐらついた。

「ティッシュでーす。どうぞー」
「どうも」

暑い中一生懸命になって笑いながらティッシュを配ってる男。
ティッシュ配りのバイトなんて俺のバイト代の一割にもならないのになんであんなに笑っているんだろう。
きっとシャンパンタワーなんかより全然安い。
それでも彼は一生懸命だった。

「すげぇな・・・」

ソレが第一印象。
それから毎日彼からティッシュをもらった。
そんなにティッシュなんかいらないしぶっちゃけ使わないんだけど。
安い居酒屋の料理なんか興味もない。
ただ彼が配っているからもらうだけ。
今思えば一目惚れだったのだ。
なかなかティッシュを受け取ってもらえなかった日はティッシュが彼の熱で熱い。
そのティッシュをポケットに入れて握りしめる。
まるで彼の手を掴むようにして。
それからはもう階段を転げ落ちるように。
必ず駅前を通って店にだって行った。
それから話してみたくて、彼の1週間の仕事が終わる金曜日に休みがほしいと言った。
やっぱり店長は大激怒したけど。
金曜日には絶対出勤しなきゃいけないNo.10までは絶対休みはない。
アルバイトなのに面倒だけど稼ぎ時だから仕方ない。
俺は金曜日に休みをもらうために月曜日から木曜日までフルタイムで働いた。
彼は日中に働いている。
夜の仕事の俺は彼を口説くのだって一苦労。
隣に女がいたら駄目、こんなスーツじゃ駄目。
金曜日の昼には胸が躍った。
彼の好みだって何も知らない。
名前も知らないティッシュ配りの彼に俺はちゃんと話せるだろうか。
ホストのくせに情けない。
彼が喜ぶものは何も分からないんだ。



店長にも仲間にも見つかるわけにはいかないので結構な重装備で外へ出る。
彼のバイトはいつ終わるんだろう。
すれ違う時にしか顔を見れなかった彼を観察するようにずっと見ていた。
気がつけばもう2時間も彼だけを見つめている。
あのキャバ嬢も合コン行く奴等もうらやましい。
ようやく終わったのか片付けを始める。
最後の1時間ぐらいは元気がなかった。
具合でも悪いなら日を改めようか。
でももうこんな機会はないかもしれない。
だってティッシュ配りのバイトなんていつまでこの場所でやっているかわからないんだ。

「ねぇ、ティッシュくれない?」
「あ、はい。いいですよー」
「ありがとう」

こちらを向かずにティッシュを取り出して俺に差し出してくる。

「いつもここでティッシュ配ってるよね?」
「バイトなんです」
「俺いつも君からティッシュをもらうんだ。平日は毎日」
「本当ですか?」

照れくさそうに笑う彼はなんて魅力的。

「髪の毛、水曜日に黒く染めてたね」
「そうです。染めたんですけど、でも日中は暑くて」
「似合ってる」
「ありがとうございます」

ここでようやくサングラスをかけたままだったことに気付いた。
サングラスを外せば彼の目は一気に開かれる。

「あの、あの、仕事」
「稼ぎ時に休みがほしいなんて言うから店長は怒ってたけど休み貰っちゃった」
「僕、僕バイト終わりで、それで」
「知ってる」

だって見ていたもの。

「君は土日にいないから」
「も、もしよかったら、もし、もしですけど」
「シー」

彼の唇を指で塞ぐ。
思っていたよりも柔らかい。
彼が震えているのか俺が震えているのか分からない。

「終わるの待ってたんだから、誘うのは俺だ」

うまく笑えているだろうか。

「これから飲みにでも行かない?とりあえず下心はナシで」
「い、行く、行きます!」
「じゃぁここで待ってる。店長にバレたら出勤させられちゃうから急いでね」

もっとかっこいい誘い方もあったのにな。
でも彼は顔を赤くして頷いてくれた。
彼は急いで段ボール箱を閉じて走っていなくなった。
今日は特別な金曜日。



女たちには絶対教えない俺の好きなイタリアンの店。
L字形の席で2人で並んで座る。
何が食べたいか聞いたら首しか振らないので俺がテキトーに注文した。

「とりあえず名前聞いてもいい?」
「お、小野、貴士です」
「貴士くんね、俺末満良二って言うの」
「ほ、本名?」

あ、俺の仕事しってるのかな?

「そう、本名。源氏名はルイって言うの。ダサいでしょ?」
「ううん、格好いい」
「ありがとう」

手慣れた仕草でカプレーゼを取り分けてあげる。
控え目に食べ始めた彼はまだ緊張が抜けないみたい。
女相手だったら飲ませてその後の酒癖にまかせてるんだけどな。
こんな時はどうしたらいいんだろう。
何にも役に立たないホスト業。
時代はやっぱり資格なのかな。
この事態を解決してくれる資格が欲しい。

「・・・楽しくない?」
「えっ」
「分かってるみたいだけど俺ホストじゃない。でも何話したらいいかわかんないんだ」
「ぼ、僕もわからなくて!だから楽しくないとかじゃなくて!」
「そう?」
「うん!ほ、本当は、たくさん話したいんだけど、でも、わかんなくて」

聞きたいことは山のようにある。
だって俺が知っているのはティッシュ配りのバイトをしていることとさっき聞いた名前だけ。
きっと貴士くんだって同じだ。

「じゃぁ好きな食べ物は?」
「たまご!たまご料理、好きで」
「俺はトマト。だからイタリアンが好き」
「じゃ、じゃぁ僕のトマトあげる!」

皿に残っていたカプレーゼのトマトを俺の皿に移している貴士くん。
俺はウエイターを呼んでカルボナーラの注文。

「ここのカルボナーラ、ポーチドエッグが乗ってるの」
「そうなの?」
「すっごい美味しいから、たくさん食べて」
「ありがとうございます!」

そんな風に笑わないで。
今日は下心ナシのつもりだったのに。

「あ、ケー番教えてよ。土日休みなんだよね?」
「はい!基本的に平日しか働いていないので」
「俺も。じゃぁ今度から土日は遊べるね」
「え・・・」

貴士くんの顔を見たら口を開いて固まっていた。
遊びたくなかったんだろうか。

「ご、ごめん、嫌なら別に」
「ま、また、遊んでくれるんですか?」

そんな顔をしないで。
俺の理性はこんなにも緩かっただろうか。

「俺の方こそ。遊んでくれる?」
「あ、お、お願いします・・・」
「そんな顔すると下心出てくるよ?俺は貴士くん好みだもん」
「僕はっ良二くん好きです!」
「あはは、そんなこと言っていいの?ホストだよ?今日初めて名前知ったのに?」

笑って流して、ライトビールを飲む。
貴士くんの好きと俺の好きの意味は違うんだよ。
女の前だったらいくらでも言うのに。
意味が違うだけでこんなにも怖いのか。

「だ、だからし、下心があっても、よかったです!」

ビールを拭き出さないように口を塞ぐ。

「・・・は?」
「僕、ほ、本当に、好きで、好きで好きで」
「ちょ、ちょっと待ってよ!軽いって!」
「だ、だって、ずっと、ずっとティッシュ渡すだけで、これから先があるかもわからないし」

まいったな。
本当に好きな子から言われたら疑心から入るなんて職業病だ。
そして思った以上に情けない。
好きな女が孕んだからとホストを辞めた先輩にもっといろいろ教えてもらうんだった。
先輩は格好よく奥さんに告白もプロポーズもこなせたんだろうか。

「あー・・・俺でいいの?」
「いいっ」

必死なのに、携帯握りしめたまま腕は伸ばさない。
女だったら縋りついてくるのに、なんていじらしいんだろう。
だから俺が彼の腕を掴んだ。

「週末は暇?」
「えっ」
「今度は下心アリのお誘い」

目を見開いて顔を真っ赤にして頷いた貴士くん。
とりあえず空気が読めないウエイターが持ってきたカルボナーラを食べてから今後の話をしよう。
だってもう目の前にいる彼はもう逃げたりしないのだから。




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