ティッシュ配りの恋

毎日身体をくるくる回しながらティッシュを配る。
ノルマではなく、時給制のこの仕事。
毎日足が棒になるおよそ5時間。
サラリーマンに学生、それから夜の仕事をしている人までたくさんいるこの駅で、すでに認知されているであろう居酒屋のチラシが入ったティシュを配る。
ターゲットは大学生以上、それからくたびれたサラリーマン。
客単価3000円程度の店じゃちょっと舌の肥えたサラリーマンは物足りない。
コツとしてはチラシを伏せて配ること。
ティッシュはもらって損はないけどチラシなんていらないでしょ?
割引券も付いていない粗末なチラシ。
きっと女の人はこのチラシを抜いて化粧ポーチに入れる。
そしてはみ出したグロスを拭くために使う。
男性なら濡れた手を拭くために。
暑い夏、缶コーヒーについた水滴をぬぐうためとかね。
チラシは抜かないかもしれないけど目になんか入っていない。
チラシの効果がどれぐらいのものか知らないけどこんなに配っているのにチラシを頼りに店に来る客なんてごくわずかだ。
この仕事もいつまであるのかわからない。
だから新しいティッシュ配りの仕事を探さなきゃ。
僕はどうしてもこの駅でティッシュを配り続けたい。

「ティッシュでーす。どうぞー」
「ありがとう」

僕はこの声を聞くためだけに毎日足を棒にしている。
黒に銀色のストライプスーツ、髪は金色。
今日横にいる女はグリーンのドレスがとても似合っている巨乳のお姉さん。
僕も貴方ぐらい綺麗だったら彼の腕を掴めただろうか。
楽しい時間、幸せな時間は一瞬。
残り1時間32分のバイト時間はただ足を棒にするだけ。



段ボール2箱を外に運び出してまたくるくる回るように仕事をする。
早く暗くなってほしいと思いながらティッシュを配る。
きっとうちの店には来ないおばさん、おじいさんにも平等にティッシュを配る。
お茶を零したときなんかに使えばいい。
くたびれたサラリーマンにもチラシが入ったティッシュを。
お疲れ様、金曜日にでも一杯やっていきなよ。
これから出勤するようなキャバ嬢は配ってもOK。
同伴中ならNG。
貴方に恥をかかせるようなことはしないよ。
お仕事頑張って。
貴方とぶつかって、中身が入れ換わっちゃったらいいのに。
貴方ぐらい美人だったら僕にもチャンスはあったかな。
濃いバイオレットのドレス、とても似合っている。
あぁ、彼が来た。
真っ白いスーツに黒いシャツ。
蝶々がついたタイピンは隣の女の人からプレゼント?

「ティッシュでーす。どうぞー」
「ありがとう」

嫌な顔一つせず彼はティッシュをもらってくれる。
今日は指先がぶつかった。
いいことありそう。
あぁ、もうあった後なのかな?
今日一緒にいた女の人は黒のシックなドレス。
風になびく黒い髪がとても綺麗。
僕も髪の毛の色を変えようかな。
残りの1時間26分、僕の頭の中は髪の色のことばかり。



髪を黒く染めた。
店長が初めに気付いた。
それからまた段ボール2箱を持ってティッシュを配る。
くるくる回って、今日もティッシュを配る。
きゃぴきゃぴしている女子大生、可愛い。
サークル飲みは是非うちで。
単価が安いから学生の財布には優しいよ。
外国人観光客はティッシュを喜んでもらってくれる。
外国にこの文化はないでしょ?
日本じゃポケットティッシュを買わなくても街に行けば誰かがくれる。
僕みたいにくるくる回ってティッシュを配っている人はたくさんいる。
思い出にたくさんもらっていったらいいよ。
お土産になるかもしれないよ。
日本でタダで手に入る手軽なお土産。
お店を決めかねているサラリーマンの集団にはちゃんと営業。
店まで案内してあげたいけど僕は駄目。
だっていつ彼が来るかわからないでしょ?
ほら、やってきた。

「ティッシュでーす。どうぞー」
「ありがとう」

今日はちょっとハデめなお姉さん。
付けまつ毛と茶色のカラーコンタクトがとっても似合っている。
大きい目が素敵だね。
僕もやってみたらいいかな。
あぁ、髪の毛の色を変えたことに彼は気付いたかな。
残りの1時間42分、僕は胸のドキドキが止まらなかった。



カラーコンタクトは目に傷が付いたって記事を見て怖くなってやめた。
医療用ならって思ったけど勇気が出なかった。
くるくる回ってティッシュを配る。
家族連れのお父さんにティッシュを渡したつもりだったのに子供が喜んだ。
ティッシュなんかで喧嘩しないで、いくらでもあげる。
子供の人数分、2つ。
ティッシュだけで喜ぶ子供は可愛い。
電車の時間を気にして急いでるサラリーマンにも差し出してみた。
忙しい中もらってくれてありがとう。
あぁ、お兄さん、そんな嫌な顔をしないで。
これが僕の仕事なんだ。
続けている理由は邪な感情だけどこれでお金をもらってるんだ。
だから好意でもらってやってよ。
おばあちゃんはたくさんもらってくれようとする。
でも大丈夫、僕は時給制だから。
その好意はノルマで働いている向こうの彼に。
彼が紹介しているバーは歩合制なんだ。
汗を拭って、僕はまたくるくる回る。

「ティッシュでーす。どうぞー」
「ありがとう」

今日の彼は全身真っ黒。
暑くない?
ウェットティッシュを配っていたなら少しは感謝されたかもしれないのに。
真っ赤なルージュで大きな唇を彩っているちょっと年上のお姉さんが僕に微笑む。
僕も彼女に頬笑みを返してあげる。
僕はあなたが羨ましい。
僕が真っ赤なルージュで唇を彩っても彼の腕に自分の腕を絡めることはできない。
残りの1時間18分、頭の中は真っ赤なルージュでいっぱいだった。



今日も僕はくるくる回る。
明日は土曜日。
僕の仕事は土日休みだ。
ティッシュを配る以外に彼との接点がない僕は今日が少しだけ嫌い。
休みの間も彼のことで頭がいっぱいなのに彼には会えない。
待ちに溢れるサラリーマンに押されながらティッシュを配る。
今日は金曜日だよ、飲んで行って。
金曜日だけ深夜まで営業してるから。
バイト帰りの集団にもティッシュを。
きっと必要になるよ。
今日は誰をターゲットの飲ませるの?
女の子の集団と男の子の集団が話し合っているところにもティッシュを。
女の子のお持ち帰りも程々に。
合コンの成功を祈ってる。
同伴出勤のお姉さんもたくさん。
あんまり飲ませすぎたらいけないよ。
きっとその人はメタボリックシンドローム。
バイトの残り時間は残り1時間。
いつもなら彼はもう通り過ぎている時間なのに。
今日は人が多いから見逃しちゃったのかな。
あぁ、彼に会えないなんてつまらない。
見逃さないようにしていたはずだったのに。
随分とやる気がなくなって、いつもよりもくるくる回るスピードも落ちる。
歩合制でない僕が頑張る理由は彼だけなのに。
つまらない、楽しくない1時間も終わって残ったティッシュを段ボールに詰める。
のろのろと作業をしていたら他の子は先にあがってしまった。
僕もさっさと帰ろう。

「ねぇ、ティッシュくれない?」
「あ、はい。いいですよー」
「ありがとう」

締めたばかりの段ボールからティッシュを出して渡す。
声が彼に似ている気がしたけどスーツじゃなかった。

「いつもココでティッシュ配ってるよね?」
「バイトなんです」
「俺いつも君からティッシュもらうんだ。平日は毎日」
「本当ですか?」

つい嬉しくなってサングラスで見えない顔を見て笑う。
キャップから覗く髪の色は金色。
彼に似ている。

「髪の毛、水曜日に黒く染めてたね」
「そうです。染めたんですけど、でも日中は暑くて」
「似合ってる」
「ありがとうございます」

サングラスを外した目の前の人は彼だった。
一気に顔が熱くなって、鯉みたいに口をパクパクさせる。
名前だって知らない。
ただ眺めていた。
それだけじゃ物足りなくていつも彼にティッシュを渡しにいった。
服装からなんとなくホストっぽいって思ってただけの彼。
今日は金曜日なのに、どうしてスーツじゃないんだろう。

「あの、あの、仕事」
「稼ぎ時に休みがほしいなんて言うから店長は怒ってたけど休み貰っちゃった」
「僕、僕バイト終わりで、それで」
「知ってる。君は土日にいないから」
「も、もしよかったら、もし、もしですけど」
「シー」

唇に彼の指が当たる。
思いもよらないチャンスに言葉が止まらない口は塞がれてしまった。

「終わるの待ってたんだから、誘うのは俺だ」

ガクガクと足が震える。
顔はみっともないぐらいに真っ赤で、目はこれでもかってぐらい開いているに違いない。
それでも魔法にかかったみたいに僕は身動き一つ取れない。

「これから飲みにでも行かない?とりあえず下心はナシで」
「い、行く、行きます!」
「じゃぁココで待ってる。店長にバレたら出勤させられちゃうから急いでね」

バイトが終わって18分、僕の足は無くなってしまったんじゃないかってぐらい軽かった。
綺麗なドレスもない、真っ赤なルージュもない。
それでも僕には彼の腕を掴むチャンスがある。
ティッシュ配りのバイトもまだまだ捨てたもんじゃない。




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