どうして恋なんかしたんだ

逃げ出した俺は闇雲に走って気がついたら全く分からない場所にいた。
近くにあったベンチで一休みしていたらそのまま朝になった。
結局昼過ぎになってようやく家へ戻るとヤスとジュニアが普通に宅配ピザ食ってた。
あぁ・・・ヤスが合鍵持ってるんだった。
そして俺は玄関で気絶した。



目が覚めたら夕方で、隣にはヤスがいた。

「まっちゃん平気?」
「あぁ」
「ジュニアくんがご飯作ってくれるってさー」
「か、帰ってないのか?」
「今買い物行ってる。スーパーまで歩くって言うから地図描いた」
「あぁ、アイツチャリ乗れないから」

ヤスに水をもらって一気に飲む。

「何しに来たんだ?」
「さぁ?まっちゃんに会いに来た言ってたけど」
「4年も音信不通だったんだぞ?」
「知らないよ。1週間ぐらいお邪魔しようと思ってるって」
「1週間も?!」
「うん。俺いようか?」
「そうしてくれ・・・」

ヤスは大まかなことは知っているがその相手がジュニアだってことは知らないはずだ。
俺が口にすることができなかったから。
でも大体のことは把握しているらしい。
助かった。
だが問題はここからだ。
俺は気絶しないでジュニアと話ができるのか怪しい。
どうしたらいいんだ?
俺が今連絡取ってるのはアサぐらいのものだ。
あとは1年に1回ヨネからあけおめメールが来るがそれだけだ。
はーちゃんには実家に帰った時に立ち話をしたようなしてないような。
でもジュニアには全く会っていない。
ジュニアは正月をイタリアで過ごすからソレを狙って年末年始だけ実家にも帰っていたんだ。
ぶっちゃけるとジュニアだけはもう携帯に登録すらしてない。
そんな奴がいきなり会いに来たと言われても正直困る。
それに1週間もうちにいるつもりなのか?
だめだ、正気でいられる気がしない。
もう忘れたんだ。
思い出したくもない。

「まっちゃん、とりあえず話してみたら?」
「何を?」
「知らないよ。でも会いに来た言ってんだしさー。その様子じゃまっちゃん何も言ってないんだろー?」
「まぁ・・・」
「俺飯食ったら外すから。夜戻ってくればいいだろ?」
「1時間」
「は?」
「1時間したら戻ってきてくれ。俺にはソレが限界な気がする」
「ヘタレめー」
「うるせぇ」

あぁ、ヤスがいてよかった。



飯を食っているときはヤスが間に入って特に当たり障りない会話をした。
片付けをして、テレビを見ながらだらだらする。
それから約束通りヤスがコンビニ行ってくるって言って出掛けた。
一気に気まずくなった。
頭が真っ白になって目の前が徐々に暗くなる。
いかん、気絶する。

「まっちゃん」
「はい!」
「なんか飲む?コップ空っぽだよ」
「いえ、結構です!」

冷や汗が止まらない。
タイマンは厳しい。

「あ、あのさ、急に来たら迷惑だった、よね?」
「あ、まぁ、連絡ほしかったなぁみたいな」
「お、お盆休みをね、ずらしたんだ!そしたら有休と合わせてとれてね、それで思い立ったら吉日みたいな、感じで・・・」
「そ、そう・・・」
「う、うん・・・」

パニックだ。
発狂しそう。
ヤス、ヤスはどこだ。
ヤスに会いたい。
ヤスがいない空間でジュニアと5分も過ごせない。
ヤス、ヤス、ヤス、ヤスヤスヤスヤスヤスヤスヤスヤス。

「ヤスさんは友達?」
「あ、あぁ」
「大学の?仲良いんだね」
「同じ、研究室にいて、すげぇいい奴で、それで」
「うん。いい人だなぁって思ったよ」
「そ、そうか」

目を閉じてヤスの顔だけを思い浮かべる。
あ、落ち着いてきた。

「ごめんね、急に。ホントごめん」
「い、いや、も、いいよ」
「あのさ、なんで俺に大学のこと言わなかったか聞いていい?」
「え・・・」
「黙ってたじゃん。国立、行くんだと思ってた。入学式、1人で寂しかったんだよ」

どうしよう。
どうしたらいいんだ。
なんて言えばいい?
ヤスだったらなんて言うんだろう。
俺は、俺はなんで黙ってたんだろう。
いや、黙ってるしかできなかったんだ。
そうだ、そうなんだ。
何を話したら納得してくれるんだ?
俺は自分がゲイだなんて言えるのか?
それを言ったらジュニアはなんて顔するんだ?
だめだ、言えない。
自分だって最初は認められなくて気絶したじゃないか。
ヤスが、ヤスがいたから認められたんだ。
拒否もせず、何も言わず、黙ってそこにヤスがいたから俺は今自分に向き合えているんだ。
ヤスが全部受け止めてくれたから俺は生きてるんだ。
ジュニアは?
ジュニアが拒否したら俺はどうなるんだ?
ヤスが帰ってくるまで53分。
拒否されて死ぬまでには十分な時間がある。
俺は死ぬのか?
どうしたらいいんだ?
ヤスじゃない人間に、自分がゲイだって言えるのか?
言えない言えない言えるわけがない。
知られたくない。
普通じゃないって、自分をそういう目で見ていたなんてジュニアに思われて。
そしたら俺はどうするんだ?
嫌悪に差別に侮蔑まで重なって、俺はどうしたらいいんだ?
一度捨てたんだ。
さよならも言わずに目の前から俺はいなくなったんだ。
そんな俺に会いに来たってジュニアは言ってくれてるのに。
また傷付けて帰すのか?
そんなことはできない。
でも打ち明けることもできない。
どうしたらいいのかわからない。
俺の頭の引き出しは限界まで開いているのにいい言い訳もいい言葉も何も見つからない。
目の前のものがガタガタになる瞬間はもう味わいたくない。
何も考えたくない。
早く時間が過ぎればいいのに時計の針は壊れたようにゆっくりでしか進まない。

「や、やっぱ帰る!ごめんね!」
「あ、まっ待って!」

なんで引きとめたかは分からない。
でもこのまま帰したらいけない気がして。
ジュニアのシャツを掴んで引きとめた。
手が震える。
ジュニアに自分の考えていることが流れて、伝わってしまいそうでシャツを掴んだことをひどく後悔した。

「あ、あの」

そんな顔をしないでくれ。
泣かせようと思ったわけじゃないんだ。
傷付けたいわけじゃない。
何を言えばいいのかわからないだけなんだ。

「い、言えない。理由は言いたくないんだ」
「どうして?」
「どうしても、どうしても言えない」

ジュニアのシャツから手を離して頭を抱える。
怖い。
ジュニアがどんな顔をしているのか見ることができない。
ヤスに会いたい。
ヤスの声が聞きたい。

「ま、まっちゃん泣かないで」

泣いてはいない。
ただ顔があげられないんだ。

「もう聞かないよ。ごめん」

俺に触らないでくれ。
俺は汚いんだ。

「でも、でも、また前みたいに遊んで?ね?お、俺それだけでいいんだ」

俺にそれができるのか?

「寂しかったんだ。連絡ないし、連絡していいかわかんなくて、それで、それで来ちゃった」

悪かった。
そう言いたいのに俺の口は言葉を発しない。
間違った事を言わないように口を塞ぐことしかできない。

「ね、だから、だから、前みたいに遊んでよ」

長い沈黙。
それから鼻をすする音がして、びっくりして顔を上げた。
ジュニアが泣いた時のクセだ。
目を真っ赤にして、顔をピンク色に染めて声を押し殺している。

「ジュ、ジュニア、あの、」
「また、一緒に、31行ったりさ、ミスド行ったり、ファミレス行ったりしようよ」
「ご、ごめん」
「4年我慢したんだから、だから」
「うん。うん、行く。行くよ。だから泣くなよ、な?」
「ずっと、ずっと寂しかったんだから」

ジュニアにティッシュを渡してボロボロ零れてくる涙を拭いてやる。
前みたいに背中を撫でることもできない俺を許してくれ。
気が利いた言葉も言えない俺を許してくれ。
お前に邪な感情を抱いていた俺を許してくれ。

「はあぁ・・・嫌だって言われたら、どうしようかと思った」
「言わないよ」
「俺、明日帰るから」
「か、帰るのか?」

ヤスは1週間いるって言ってたんだが。
ヤスの嘘だったのか?

「俺、実はこっちに引っ越してきたんだよね」
「・・・え?」
「職場、研修終わったから。配属で、配属こっち希望したから」
「そ、そうなの?」
「有休とかも使ったけど、1週間、配属まで時間あって、それで絶対まっちゃんに会うって決めたんだ」
「う、うん?」
「遊んでくんなかったら、殴ってやろうと思ってた」

なんて物騒なことを考えているんだ。

「でも、でも遊んでくれる言ったからいい!」

あぁ、笑い方は変わらないんだなぁ。
昔のままだ。

「引越しの手伝いしてやろうか?」
「いいよ!あんまり荷物ないもん!」
「そうか?お前いっぱいフィギュア集めてたじゃん」
「ちゃんとケースに入れて来たもん!」
「まだ集めてるのかよ」
「今は食玩だけだよ!」

高校のとき、日本のフィギュアのクオリティがどうのって言いながらヨネとお菓子のおまけばっか集めてた。
変わらないもんなんだな。
ヤスが帰ってくるまで後40分。
随分気持ちが軽くなって思い出話に花を咲かせた。




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