花婿と花婿

コーヒーとアールグレイ


泣き腫らした目を濡れたタオルで冷やしてなんとか元通り。
これから恋人に会うってのにあんな顔じゃ会えないし。
ワックスで髪を整えて、昨日のうちに選んだ服に着替える。
ロンTにパーカー、ジャケット、それに黒のスリムパンツを合わせて春色のハイカットスニーカー。
これで少し歩き回っても足も疲れないし動きやすい。
そう思って合わせたけどイマイチ遠出をする気分にもなれない。

「やば、早くしないと」

着替える暇もなくて財布とケータイを手に部屋を飛び出した。
マンションのエントランスを走って抜けて、駐車場近くに行けば見慣れた白のセダン。
恋人の車だ。

「ごめん!待たせた?」
「ううん、平気」
「よかった」

車に乗り込んでシートベルト。
挨拶代わりにキスをして車は発進する。

「どこ行きたい?」
「んー今日は近場でいいや」
「そんな格好してるのに?」
「気分なの!気分!」

カラカラ笑うその顔が好き。
貴方はいつだって僕を責めたりしない。

「赤坂にいい店があるんだ。そこでランチにしよう」
「何の店?」
「創作イタリアン、きっと気に入る」

赤坂へ向かう車内は色で表すなら緑。
良くも悪くも落ち着いてるって話。



創作イタリアンは野菜をふんだんに使ったパスタのコース。
スープにパスタ、デザートに食後のコーヒーで3000円。
さすが赤坂価格。
ランチ3000円なんて高いだろって思うけどそれでも食べたい人はいるらしく並んでる人もいる。
季節限定の菜の花のクリームパスタ。
菜の花の味がなんともいえない大人の味。

「おいしい!」
「でしょ?」
「少し食べてみない?」

パスタを巻いて口元へ差し出す。
照れたような顔をして、すっと前に差し出された手。

「いいよ、恥ずかしいから」

やんわりとした完全拒否。
差し出したスプーンを自分の皿へ戻す。
アイツだったらそんなの気にしないで食べてくれるのに。
まぁこんなに笑顔でご飯を食べないし、文句ばっかり言うけど。

「怒らないで」
「怒ってませんー」
「そうだ!チーズの品揃えがいい店を見つけたんだ。チーズ好きだよね?」
「・・・好きだけど」
「後で行こう。ワインもあるから、合うのを選んで?夜に一緒に食べよう」

ちゃっかり夜の約束まで。

「カルパッチョは作ってよね」
「もちろん」

自然な流れで僕を誘って、自然な笑みを浮かべる。
その笑顔は嘘なんかじゃないのに少しだけ寂しくなって、乱暴に菜の花を口の中に詰め込んだ。



んで、なんでよりによってそのチーズとワインが置いてあるショップが青山なんだっての。
今、青山でアイツは式を挙げている。
気になってないわけがない。
だって、本当に好きだったんだから。

「ねぇ、やっぱりチーズとワインは今度にしない?」
「どうして?車酔いでもした?」
「・・・少し」
「パーキングに車止めて、しばらく休もうか」

カーナビで近場のパーキングを検索。
一番近いパーキングに車を止めて、軽く窓を開ける。

「何か冷たいもの買ってくるから、待ってて」
「うん」

近付いてきた唇はリップ音を鳴らして離れた。
ドアを閉めると手を振ってからいなくなる。
僕にはもったいない、優しい人。
ぐるぐるといろんな事を考えて、結局思い立ったのはやっぱり会うんじゃなかったってこと。
昔の男と会ってるだけでも後ろめたいのにヤっちゃってるわけだし。
自分の意志の弱さも何もかもが嫌になる。

「ただいま。生ジュースだけど、2日酔いとかにいいんだって」
「ありがとう」
「氷多めにしてもらったからよく冷えてると思うんだけど」

受け取ったカップは冷たくて、生ジュースはさっぱりしている。
シートを軽く倒して、よく冷えた生ジュースをだらだらと飲む。
気分が良くなるまでここにいようと言う優しい彼。
それなのに頭からアイツが消えなくてホント嫌になる。
結局のところ誰よりもアイツが好きだって事。

「ごめん、本当にごめん」
「気にしないで、ドライブ誘ったのは俺なんだから」
「違う。違うんだ」
「何が違うの?」
「貴方は僕には勿体無すぎるって話」

カップを置いて荷物を手に車を飛び出す。
さようなら。
そして何も言わず立ち尽くす貴方には僕は勿体無いって話。



何度も見て、何度も読んだ案内状を頭に浮かべて走る。
普段から運動不足の僕には少しキツい。
携帯を開けば15時43分、式場で捕まえなければ即アウト。
走る走る、動きやすい服を着てきたのは間違いじゃなかった。
ようやく見つけた憎たらしいほど白いチャペル。
白いウェディングドレス、僕は一生着ることはできないのに。
でも白いタキシードを着たアイツの横に立つのは同じ白いタキシードを着た僕で十分でしょ。
憎たらしい男の手首を掴んで、似合わないウェディングドレスを着た女を睨みつける。

「うわっお前何してっ」
「似合ってないよ、タキシード」
「そうじゃなくて、おまっ」
「返してもらうから」
「は?!ちょっと何なの?!邪魔しないでよ!」
「アンタにウェディングドレスもコイツも似合ってないよ、ブス」

あーあ、初めてこんな暴言吐いちゃったかも。
でも言いたいこと言えてスッキリした。

「帰ろ」

似合わないタキシードなんか着てるバカの腕を引く。
逆玉なんてさせるかっての。
アンバランスな2人で静かな青山の街を走り抜けていく。
もう身体はカラッカラで、息なんてできてないんじゃないかな。
ついに力尽きて崩れ落ちるようにコンクリートの上に座り込む。

「あはっあははは!あの女の顔っあはは!最高っ!」
「はっはぁ、あはっお前、はっ何やってんだよ!はは!」
「だって悔しいじゃん!僕はこんなに好きなのに!」
「お前、彼氏は?デートだったんじゃないの?」

少しだけ不安そうなアイツ。
その顔に嫌味な程の笑顔を向けてやる。

「セックスが下手だったの!」

つまりコイツ以上に僕に釣り合う男も、僕以上にコイツに釣り合う男もいないって話。




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