「…心中しようって言ったらお前は誰とでもするのか?」
暗闇から小さな男の声がする。
内容に似つかわしくなくその声音は子供のものだった。
少しばかり高い位置から聴こえるその声の主は木から相手を見下す様に眺めている。
「…さあね。死にたいと思えばするんじゃないの?刺されるよりはマシだし」
相手の男はさも当然の様にさらりと言ってのけるが月を見ながら曖昧に笑っていた。
死ぬ気など毛頭無いようだった。
眉を顰めてみせた子供は木の葉の様に木から飛び下りた。
「どういう答えが欲しいの?お前は」
「…さあ?」
「さあって何よ」
「お前と一緒だ」
態とらしく足音を立て、子供は注意深く男へと近寄る。
それに少しばかり苦笑いしながら男は子供をじっと見詰めた。
月が雲に僅かに隠れた。
「…俺と一緒って何」
「……誰かの為に死ぬ気は無い」
「…俺はお前の為なら幾らでも死ぬよ?」
嘘吐き。
子供の唇が動いた。
それを知りながら男は敢えてそれを無視した。
自らそれを認める勇気を未だ持てずにいたからだ。
罪だと嘆く訳ではない。
そんな大仰なものでは無いと知ってはいるから。
それでも穢れ無きこの子供を男は自らで塗り潰したくはなかった。
疾うに子供は覚悟をしているというのに。
「…俺はお前の為には死なない」
「…うん、知ってるよ」
「…だからお前も死ぬな」
男は子供の言葉に首を傾げる。
子供は男の目の前に立った。
青の瞳が男の藍と緋の瞳を射抜く。
月が一際煌めいた。
「…お前が死ぬなら俺も死ぬ。だから死ぬな」
子供の表情は逆光に隠れる。
金の髪が風に揺らめき、緋色に染まりつつある纏を露にした。
それに男は息を飲む。
「怪我してんじゃない!何で言わなかった!?」
「…どうせすぐに治る」
「そういう問題じゃないでしょうが!」
手早く羽織ったマントを捲れば赤黒い血がそこかしこに見られた。
それこそ死んでもおかしくない程度の量の血が。
気付けなかったことに舌打ちしながら止血に自らの羽織を裂き、上から巻いた。
眉を顰める子供を男は横目に見ながら無言に怒りを表した。
いっそ身を竦めてしまう様な怒りと殺気で男は子供を威圧する。
「…悪かったとは思ってるよ」
子供はポツリと溢した。
心底ばつの悪そうな顔で、小さく。
「…お前は俺のモノってこと、自覚ある?」
静寂を打ち破る程の声の大きさではないのにその言葉はよく響いた。
子供は何かに囚われたかの様に動けなくなる。
小さな水溜まりに何かが落ちた。
「ッは……んぁッ」
「…そんなもんじゃないでしょ。もっと啼いて」
淫らな水音が辺りの森一帯に響く。
月光に照らされる子供の体躯は紅く、それを除く様に男は傷に舌を這わせる。
卑猥な行為ですら酷く神々しく見えた。
次第に男の舌は開いた子供の胸元へと下ってゆく。
鎖骨を甘く咬み、吸う。
それを幾度か繰り返せば子供の脚はいとも容易く崩れた。
「ふッ……あ、あ、あッ」
「…腰振るなんて、ね」
「いッ……!?」
指が後孔へずるりと音を立て入った。
子供の細い足を抱く様にして抱え上げ男が覆い被さる。
甲高い子供の声は善がる様に艷気を帯びた。
天を仰ぐ陰茎は先走りに濡れる。
それを指で無情にも触れながら絶頂を向かえさせない程度の刺激しか与えない。
耐えきれないといった風に子供は啼きながら懇願する。
それを男は嗤いながら冷たく見下ろした。
「やッあ…!イかせてぇッ…!」
「まーだだよ。だぁめ」
甘く低い声で男は言う。
男の甘美な毒は子供の穢れ無き翼をも地に堕とす。
宛ら茨とでも申そうかと男はまた嗤った。
子供の懇願の様は酷く男の快楽を満たした。
滑稽だと男はその様を嗤うのだ。
その姿に罪悪感に苛まれることになろうとも知りながらそれでも。
一時の快楽に男もそれを強いられる子供でさえも溺れた。
「…は、カカシ…ッ」
「…挿れるよ」
「はやくッ…!」
せがむ子供に男は滾る熱を与える。
淫乱な子供は左右に髪を振り乱し啼きながら男を幾度も呼んだ。
森がざわめくと共に月が再び男と子供を照らす。
くっきりと影が浮かぶ美しい景色の中で男は子供と融け合う様に繋がった。
慣れない子供と、慣れた男。
傷付けると知りながらそれでも止めることは叶わない。
頸を咬めば血が溢れそのまま胸元を淫らに濡らす。
それでさえ快楽に変換する子供の体躯は誰が見ても欲情せずにはいられない程の艷色を帯びていた。
知らず生唾を飲む男を健気なまでに赦そうとする子供は男の白銀の髪を少し引いた。
まるで請うかの様子に男は抉る後孔に激しく腰を打ちつける。
滴る血と体液と精液と汗とで子供の後孔は卑猥な音を断続的に響かせた。
それに少しばかり煽られた男は咬みつく様に子供の唇に口付ける。
息が既に上がっていた子供に追い討ちをかけるかの如くに呼吸を奪うので子供は軽い目眩に襲われた。
殆ど纏っていた布を剥がれた子供は夜気に身を震わせる。
火照った体躯であるとはいえ早春の夜は未だ寒い。
「ッは…も、ムリ…ッ!」
「…いいよ、出しな」
「あ…あああっ!」
男は握る陰茎を激しく上下に扱く。
体躯が震えたと同時に子供は白濁とした液体を出し男の掌を汚した。
男はそれを追う様にくぐもった声を出しながら中へと同じものを注ぐ。
荒い息を吐く子供は声を抑え泣きながら男の白銀の髪の隙間から月を見た。
美しいのにそれを穢してしまったかの様だと子供は嗤った。
そんなことがある訳が無いと思いながら。
ただその月のあまりの美しさにいっそ冷酷さを感じ、子供は後には戻れぬのだと今更ながらに実感する。
誰もが後指を指そうとも男に裏切られようとも、戻ることなど許されないのだと。
男が剥いだ衣を着せてゆく。
ただそれを見ているだけの子供が酷く無気力に見えた。
こんなことに何の意味も無いのだと嘆いたとしても、もう遅い。
子供は男を赦すだろう。
癒えぬ傷を抱えて。
男は己を責めるだろう。
見えぬ傷を抱えて。
男は立ち止まることが出来なかった。
子供は進むことが出来なかった。
互いの距離は益々広がる。
見えぬそれを引き摺りながら、今宵も堕ちてゆく。
まるで心中でもするかの如く堕ちてゆく。
崩壊の音を、聴きながら。
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