>> Ice Queen





「…俺の為に死ねよ?」
「…それが貴女の望みとあらば」


仄暗い、まともな陽光すら射し込むことの無い空間に声が響く。
女の少し高めの声音に続き、男の低音が静かに空気を揺らす。
未だ幼さを残す声に似付かわしくない会話は、絶対的な響きを持ってして互いを束縛した。


「…俺の役目は貴女をお護りすることです。貴女の為に死ねるのならば本望ですよ。…女王陛下」
「…盲目的だな。あまりにも、盲目的だ。お前はいつまで俺を美しいと思っていられるのか」


男の声は玲瓏な響きを持ち、狂気の快楽を含ませて女の鼓膜を震わす。
宛ら甘美な毒の様に体躯を蝕むそれは、確かに中枢神経を犯した。
あまりに盲目的だと女はそれを否定するが、痺れた吐息が互いに近すぎる頬を濡らした。
吐く吐息は限りなく白く、果てなく甘みを孕んだ。
自嘲の笑みを薄らと浮かべる女は暗く湿った部屋で一際大きく揺らぐ。
まるで消えゆく真白な蝋燭のか細い炎の様に。


「……明日にはもう俺は俺のものでは無いというのにな」


吐き捨てる様な女の言葉に男は僅かに反応を示すが、言葉無く女を見詰める。
女も言葉無く唯一出入りすることが出来る微かな光の見える豪奢で悪趣味な古びた扉を遠い瞳で眺め、自嘲の笑みを口許が表した。


「……貴女が望むのならば、俺は貴女を連れ出すこともできるのですよ?」


無感情な瞳はその先の虚無を知る。
果ての無い喪失感はその身を焼き尽くし、燻る煙は狂った醜い人間の象徴だ。
どんな物よりも如実に表すその影を何よりも女は嫌った。


「…永遠では無いと、知っているくせに」


どこまで逃げても女王という“名”を持つからには、自由など無いのだ。
何処へ逃げようとも、安息の場所など無い。
女王とは、全てを得る代わりに全てを失う。
名を捨てた者に残されるものは何ひとつ無いのだ。
ましてや、永遠の誓いなど。


「…それでも、少なくとも貴女は笑える」


男はここ数年、女の笑う姿を見たことがなかった。
綺麗な顔で笑うのに無表情の仮面をつけることに慣れた女は泣きもしない、笑いもしない人形になってしまったのだ。
冷たい瞳はもう、誰も融け込むことの出来ない絶対的領域を作った。
青い瞳の色は女の暫く見たことのない空の色だ。
ガラスの様に反射するだけの単調な、それ。


「…笑い方なんて、無くしたよ」


遠い昔にな。


女は冷めた瞳を男に向ける。
いっそ恐ろしい程に無感情に見える瞳は責める様に男を睨んだ。
泣きそうに声だけが歪んで空気を伝わるのに、涙腺は壊れたかの様に何の変化も無い。
今にも消えてしまいそうに脆いのに誰もを圧倒させる威圧感はまるで溶けるチョコレィトの様だ。
甘い物体は人間を魅きつける存在感を垂れ流しながら温い地面に染みを広げて溶けていく。
跡形も無く、溶けて。


「…外には、出られはしないのですか」
「…今更、どうなりもしない世界を見たとしても、何かが変わるわけではないだろう?無意味なことはしたくないんだよ」


女の表情は何かを悟ったかの様に、定めに抗う風も無い。
酷く穏やかな口調で男を見詰める。
変化無き世界は女を飲み込みそれすらも知らぬかの様に全てを塗り潰す。
全てが染まる前に。
女は孤高でありたいと望んだ。


「…お前も暇じゃないだろう。はたけ公爵」
「…貴女ほどではないですよ。ナルト姫」


呼ぶ敬称は引いた境界線だ。
他人行儀なそれは互いの地位を確かめる為の簡略化された儀式。
謎めく背徳の闇に溺れる二人を唯一現実へと引き戻す絶対的力。
男は名をはたけカカシといった。
女は名をうずまきナルトといった。
公爵家の一人息子と亡き皇帝の忘れ形身。
己一つの自由すら儘ならない、身動きですらも憚られる様な環境は人間をいとも容易く歪めてしまう。


「…俺、は」
「それ以上言うな!……ッ命令だ…」


女は男の言の葉を遮る。
女の地位は皇帝。
男の地位は公爵。
優位な女の命令は絶対だ。
誰にも侵されることの無い言論。
皇帝にのみ赦されし唯一神にも等しい崇拝の為の偶像。
しかし誰も知らない。
皇帝の本来あるべきであった姿を。
醜く歪む世界の意識は女の意思すらも変えた。
そして男は毎夜魘され泣き叫ぶ女の真実を知った。
溺れる女を救う為に自ら男は溺れた。
底無き沼に埋もれる二人を支える禁忌。
体躯は狂おしいほど互いを求め、痺れ、そして愛撫を享受する。
狂える威光に誰もが跪き敬う。
女は、嗤った。


「…罪なんて並べたてて、…数えるな…ッ」
「…貴女は優しいから…」


ソンナコトヲ、イウンダネ。


冷たい影が女の青い瞳を覆う。
男の唇は無機質に動き、まるで生気を感じないと女は瞳を瞑る。
女はそれが現実ではないことを知っているからだ。
実際男の乾いた唇は言葉を発するほど動いてはいない。


「…女王陛下?」
「…何でも無い。…出ていけ、命令だ」


男の方向を見もせずに女は命令だと言う。
不服だと男は声を上げるが、女はそれに耳をかさない。
隔たりは氷の様に。
限り無く薄いが、何よりも互いを遠ざける。
誰かが言った。


氷の女王。


女はそれを自ら体現しようとしている。
誰よりも冷血だと笑み誰よりも冷酷だと嗤い、その実誰よりも温かいと啼く。


慰みに救いを。
まぐわいあう掌に僅かな希望を。


体躯をまさぐる掌で突き殺せ。


絶望を染み込ませた
鋭利な切っ先を並べて。
煌めく剣を君に。
血潮に塗れるその剣は
君の銀糸に似合う。
剣を立てて
嗤って撫でて。
溺れた体躯で
狂わせて。
快楽にも似た狂気は
互いの体躯を焦がし。
誰もが跪くは
禁忌の果て。
愛して
ただ、私を。
君に裂かれるならば
いくらでも
この身を捧げよう。


冷たい指が頬をなぞる。
白く荒い吐息は誰かのもので、自分のものではないと女は瞳を瞑る。
はだけた胸元は赤い痕が散って情事の激しさが見てとれた。


「…姫、ご気分は」
「…カカシ、お前散々ヤっときながら気分とか聞くか、普通。」
「…だって散々よがったじゃない。具合がよかったんじゃないのナルト?」
「…ダマレ。」


少し甘い空気にほだされた男の口から敬語が消える。
僅かに柔らいだ女の表情は先程までのものとは極端に異なり、呼ぶ名は唯一変わることの無い名詞。
白いシーツに波を作る女の白い肌が男の一糸纏わぬ体躯に縺れ、銀糸に長い指を絡ませる。
愛し気に抱き寄せる男は何処か儚げで突けば脆く崩れそうだ。
傍らに置く剣は断罪の象徴。
誰かを斬る為のその剣は誰かの血を吸い輝くのだろうか。
女は珍しくそんなことを思った。
無防備ほど恐ろしいものは無い。
無防備ほど死ぬ時に無様なことは無い。
死するならば美しく。
男の、腕の中で。
男の、強い手で。
その手で突き殺してくれるのならば恨みはしない。


俺の為に死すればお前は約束の刃を殺せる。


俺を殺せ。


きっとそれが俺の最期の科白。
お前の名を死ぬ前に呼べたら俺は幸せ。


滑稽だ。
死を渇望しながら死に対抗しようと冷たい剣を並べたて棺は未だに用意していない。
いっそそのまま朽ちてしまおうかと女は思ったが合わせた唇の先で男が嗤うのでそれは叶いそうに無いと些か甘さの混じる吐息と共にその思考は沈んだ。
意味も無く繋ぐ体躯は気怠い重さをもって女を拘束しようとする。


こんな馬鹿げた茶番は俺で終幕にしよう。
これ以上の犠牲などいらない。


女の瞳は燃え盛る青炎を湛えて白銀の合間から覗く。
素知らぬふりを貫く男を嗤い瞳を瞑る女は女王の威光を携え月明かりの下で特有の優雅さでもって男へとその細く艶めかしい白い足を絡ませる。
まるで催促でもするかの様な熱に犯された瞳で緩く細腰を揺らす。


余計なことなど考えさせないほど激しくこの体躯を貪って。
壊れる程の情熱で俺を殺せ。
背徳の闇に埋もれ飲み込まれその漆黒に体躯を焼かれたならばお前を信じよう。


外れた箍など疾うの昔に無くしたのさ。



跪いて足をお嘗め。
骸を抱いて暫しの別れ。
何時の日にか還ろう。
俺はお前。
お前は俺。
疾うに互いに離れることなど出来ないのだ。
実に滑稽だと嗤うがいい。
今まで俺がしてきたように。
跪いて足をお嘗め。
誰もこの激情など理解し得まい。



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