>> 十八年目の感情





十七にもなって誕生日を期待しているなんて、俺は相当幼稚なのかもしれない。けれど、それでも俺は別にいいのだと思う。一年の内一日くらい、好いた相手の贈り物を期待したって罰は当たらないだろう?




「…工藤、今日何の日か知ってる?」
「…は?…ああ、織田信長の死んだ日」
「…そう来るか…」
「はぁ?何がだよ、間違ってねぇだろ」
「…うん、間違ってはないね」


そんなことだろうと思ってたよ、なんてのは声に出さず。本当は、お前の誕生日だろ、俺知ってるぜ?といった反応を期待していたわけだが、冷静に考えればそんな返答が返ってくる確率はほぼゼロに近い。寧ろ空から槍が降ってくる確率の方が高いんじゃないかとさえ思う。それくらい工藤の日にちの感覚はない。というより正しく言えば人の誕生日に関心がない。本人の誕生日ですら忘れるのだから。先日工藤の誕生日にプレゼントを渡せば、何があったんだと訝しげな顔で心配されてしまった。その時に俺の誕生日を聞かれたが、恐らく工藤は覚えていないのだろう。なんせ一か月以上も前の話なのだから当然だ。はぁ、と溜息を吐く。祝って欲しいと思うのに、肝心の一言が出ない。この年になって祝って欲しいだなんて気恥ずかしいのもある。


「…ああそうだ。黒羽、今日空いてるか」
「え?…ああ、うん、空いてるよ。何で」
「…俺ん家来ねぇ?蘭が作り置きしていった料理が余ってるんだ」
「…うーん、いいの、それ。蘭ちゃんお前を心配して作ってったんじゃねーの」
「いいんだよ!蘭もそうしたらいいって言ったんだから」
「え、そうなの、」
「あ、余ったらの話だぞ!?余らなかったらお前にはやってねぇ!」


それはごめん、また期待してしまった。あるはずもない可能性を只管に信じ、そんなことがあるはずはないと落胆し言い聞かせる。何度俺はこれを繰り返すのだろう。いい加減学習してもいい頃合いだろうに、俺は性懲りもなく期待し、勝手に裏切られたと思っている。女々しいと思うだろう。思春期真っ只中の男子高校生なんてそんなもんだ。誕生日、クリスマス、バレンタイン。男がピンク色の空気を期待する三大イベントが、まさに今日なのだから。このなだらかな友人関係を壊したくないと俺はピンク色の空気を作ることを躊躇していた。それくらいならば俺の根底の感情を地獄の底にでも押し込めて、いかにも無害な友人を演じてやる。生憎こちとら演技は本職のようなもんだ。人気推理小説作家の息子だろうが大女優の息子だろうが、一生騙し通す自信はあった。ただそこにその他の人間とは違う位置取りを許されるというならば。




「やっぱり蘭ちゃんって料理上手だよねー。パエリアとか美味しかったし。俺あの辺のコーナー近寄れないからさぁ、自分で作ると中々海の幸の恩恵に与れないんだよね」
「…お前の飯も美味いと思うけどなぁ」
「…え、どうしたの工藤、褒めるとか珍しくねぇ?」
「…別に、思ったから言ったまでだ。いや、蘭の方が美味いかもしんねぇけど」


工藤の家にお邪魔して件の幼馴染が作ったという料理を食べた。わざわざ炊事の能力が著しく欠ける幼馴染の面倒を今でも時折見ているという彼女の料理はお世辞抜きに美味かった。残念ながら海を泳ぐ天敵生物が陳列されているおかげで貝類ですら買いに行くのに勇気を振り絞らなくてはならないため、俺はどうしても海の幸を使った料理が作れない。久し振りにパエリアというものを食べた気がする。主菜はコロッケで、彩のいいサラダも配してあった。将来いい奥さんになるんだろうなと思った所で、胸に詰まるものがあった。彼女は多分、まだ、工藤のことが好きだ。だからこうして世話を焼いて、工藤の領域に留まっている。工藤には今のところそういう気はないようだが、数年後には此処の台所で彼女が友人である俺に手料理を振る舞い、定位置のように工藤の横に座るのかもしれない。そういった未来図は今後十分にあり得る話だ。ああ、何故誕生日の日まで憂鬱なことを考えているんだろう。


「…黒羽、今日もう泊まって行けよ。もう結構遅いし」
「いや、着替えとか持ってきてないし」
「俺の貸してやるから。いいだろ」
「…うーん、じゃあ泊まろうかなぁ。明日の授業先生緩いし」


ここまで俺を引き留める工藤も珍しいなぁと思ったら口元がにやける。今日が俺の誕生日だと気付いていない点が非常に残念だが、これが誕生日プレゼントなのだと思うことにしよう。この週末でもない日に家に誘い、泊まって行けと言ってくれただけ嬉しいものだ。風呂に入って客間に二組布団を引く。工藤の家に泊まる時は大抵客間で布団だ。いそいそと日付の変わってしまう前に布団に入る。電気を消して自分の布団の左側を見れば、工藤は完全に寝る体制だ。俺も諦めて寝てしまうことにする。話をするくらいならばそれは明日だってできるのだ。辺りには沈黙が漂っていた。その黙を破ったのは意外にも工藤だった。


「…あのな、黒羽」
「うん?」
「…今日、お前誕生日だろ?俺、何あげたらいいのかなってずっと考えてたんだけど、思いつかなくてさ。プレゼント用意できなくて申し訳ないんだけど、その、…誕生日おめでとう」
「………え、」
「…それでさ、いらないかもしれないけど、…俺、お前が俺に飽きるまでずっと一緒にいるよ。つまるところ、誕生日プレゼント、俺」


一瞬思考が静止する。え、何それ、嬉しいんだけど。嬉しすぎて最早返答すらまともにできない。俺は暗がりで一人幸せに浸る。歓喜と共に羞恥も覚え、あーとかうーとか取り留めもない意味を持たない音しか出てこない。でも、うん、ありがとう、工藤。俺は笑った。今日は、この十八年の人生の中で最高の誕生日だ。




 


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