>> Red Baron 04





恋愛というものは面倒極まりないものであると彼は思っている。飛行機よりも夢中になるほどの魅力を感じないのだ。自分という人間は淡白で、機械的であると黒羽は思っている。




黒羽所属の前線基地だけでなく軍全体として女性軍人というものは得てして少ないものである。別段性別に関する規定などは存在しないが、未だ偏見と能力差の問題が解決出来ていないため絶対数が少ない。故に職場恋愛など皆無に等しく軍の男は夜になれば街へと繰り出し意中の女に会うか、一晩女を買うかの二択が主流となる。黒羽は残念ながらどちらにも属さないことが多かった。別段性欲に煩わされるほど彼は飢えてはおらず、街に出れば不特定多数の人間に囲まれることは必至だった。軍の広告塔を知らぬ者はいない。


「…まだ作業してんのか」
「あ?…あぁ、工藤か。お前もう仕事終わりか?」
「お前の作業が長いんだよ。もう定時はとうに回ってる」
「へぇ、時計が無いもんでね。ああそうだ、お前暇なら街に出るか?」
「はあ?態々これから女でも抱きに行くのか」
「違う、部品が足んねぇんだよ。女なんざ間に合ってる」


へぇ、流石は色男。そう工藤が茶化すと黒羽は僅かに顔をしかめた。しかし作業の手は休めず未だ暫く終わる様子はない。工藤は適当に腰掛け作業の様子を窺う。先日のエンジンの模型から実寸のサンプルを作るようだった。溶接作業のため火花が散るのを何とも無しに眺めながら工藤は黒羽の女事情の噂を思い出し顔をしかめた。




「…街に出るぞ。遅くなると煩いからな」


黒羽は作業を終えたのか手袋を外した。ジャンパーを羽織り、ヘルメットを探して工藤にも放る。禁止されているにも関わらずガレージには単車も入れられており、エンジンをかけるとそいつは低く唸った。手入れの行き届いているバイクは黒羽の拘りなのか、赤いラインが黒いボディを強調するかのように入れられ内部も相当カスタマイズされているようだった。黒羽はシートの後ろを何度か叩いた。乗れ、という合図だ。




「…お前速度出過ぎだろ」
「早く着いたんだからいいだろ。…おい、親父!何かいい物入ってるか?」
「ああ、黒羽の坊か。…お?連れか?珍しいこともあったもんだな?」


老齢の白髪の店主がじっと工藤を見る。見定められているかのようで工藤は居心地が悪い。店内は薄暗く、所狭しと工具や模型が並んでいた。生まれてこの方上流階級一家の一人息子として育てられてきた工藤にとってこの店は、全く以て別世界であった。店主が視線を黒羽の方へと動かすと漸く工藤の呪縛が解かれる。それでも工藤は一言も話すことが出来なかった。何か自己紹介でも世辞でも話さなければならないことは十分分かっていたが、口を動かすことよりもこの店にある様々な部品に目を奪われる。それを黒羽も分かっており、工藤の代わりに喋ってやる。


「おー、上司だけどな。工藤大佐殿だ」
「おお、黒猫様か。そりゃあ坊と歩いてちゃあ大変だろうな?」
「俺がバレるような下手打つと思うか?この辺の地図は頭に入ってんだよ。まぁ大佐殿もどうやら技師仕事に興味があるようだし」
「…まぁ、うちに来て口も開けねぇくらい見入ってる客もそういねぇな。そんで坊、あの人も仕事してんのか?」
「いや、エンジン模型作って見せたら随分と見入ってたから気分転換にでもなるかと思ってよ。最近根詰めて作戦作ってるみてぇだし、綺麗な顔してっから俺が手出ししてやるほど女にゃあ困ってねぇだろうしな。まぁ物は付いちゃあいるが、女っ気の無い男だぜ」


老齢の店主は瞠目した。話の流れとしては可笑しい反応である。


「……坊、前来たのはいつだったか?」
「あ?あー…、半年近いんじゃねぇ?」
「…変わったなぁ?」
「…そうか?」


黒羽はとぼけた様に笑った。その対の瞳は嬉々として歯車が複雑に組み込まれた時計を観察している工藤へと向いている。黒羽がここへ事あるごとに通っていた数年前には無かった、何かを求める瞳であった。人間らしくなったと老人は思った。軍の整備士ではなくパイロットになると聞いた時には驚いたが、今となってはその選択は正しかったのかもしれない。


「…そんで坊は何買いに来たんだ?」
「ああ、そうだった。タービンの羽根作ってやろうと思ったら素材が足りなくてな」
「またエンジンか?好きだなぁ坊も」
「プロペラ機に限らず飛行機の要だからな」


黒羽は店主から目的の物を貰い、金を払う。もう少しと言って時計から離れようとしない工藤を宥め先に店から出させると、黒羽は買い忘れがあると言い再び店へと戻った。それに驚いたのは店主である。何故というに、黒羽が時計を指差しこれを売れと言ったからだ。


「…売れ残りだから坊にゃあ安く売ってやるが…」
「悪いな、…ああ、中身の分からない袋に入れてくれると嬉しい」
「…まいど、また来てくれよ、黒猫さんと一緒に」
「さぁな。あの人の気分次第だ」


黒羽は今度こそ店を出た。工藤が何事か怒っていたが黒羽が単車に跨がると大人しくその後ろに乗った。女の媚びた甘い声よりもよほど心地よいと黒羽は思っている。恋愛とは満たし満たされなければならないものだ。愛という名の感情を強制し、相手を雁字搦めにして食い殺すのだ。黒羽は、自分は淡白であると思っている。拘束されようとは微塵も思わない。恋愛に興じる同僚の気が知れない。けれど時折こうして気の合う人間と外に出るのも悪くはないと思うのだ。低く唸るエンジン音が夜を駆け、夜の空気が彼らの後を追う。吐いた白い息が煙の様に漂い夜の街に消えた。




 


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