>> 向日葵の咲く頃に





庭に季節外れの向日葵が咲いていた。初めて家の庭にその花が咲いたのはもう、何年前のことだろう。回りの雑草を押し退けて、太陽に向けて懸命にその大輪の花を咲かせている。元々その花の種を庭に撒いたのはオレではない。オレは庭に花を植えるような洒落たことなど出来やしないし、ましてや世話など以ての他なのだから。それくらい、オレだって知っている。けれどもたった一度アイツと撒いた小さな種から、芽が出て、花が咲いて、種を落とし、また地から芽が出て。その小さな生命のサイクルが繰り返されてゆく。オレの目を楽しませてくれるこの向日葵は、あの日の数粒の種から数えて何世代目になるのだろう。毎年、鮮やかな花を付ける綺麗な向日葵を僅かな寂寥と共に眺めるのは、幾度目だろうか。一輪だけ咲き遅れたあの向日葵は、何を思い花弁を開いたのだろう。孤独だろうか、虚無感だろうか、それとも先に行った者への未練がましい愛だろうか。




「…ああ、ケータイか」




緩慢な動作で羽織ったカーディガンから振動を続ける携帯電話を取り出す。見慣れた液晶画面には父親の名前が出ていて、面倒だとも思ったが、取ってしまった手前切ることも出来なかった。通話ボタンを押してから、もしもし、と言う。




「…久し振りだね、新一。元気でやってるかい」
「…あぁ、まぁな。ところで何の用だ。忙しいんじゃないのか」
「はは、心配してくれるのか?……先日連絡があってね、…快斗君が、ラスベガスでデビューするそうだ。チケットを新一に渡してくれと頼まれた」
「……要らねぇよ、どうせ行けねぇし」




声が小さく震えたのはきっと、昨日夜通し事件の捜査にあたっていたからだろう。そう思い込みたかった。今更何だっていうんだ。快斗とはもう何年も前に別れたのだ。夢を追うことを選んだのは快斗で、アメリカに共に行かないかと言われたのを拒否したのはオレだった。好きだった。愛していた。それ故に、束縛などして彼の自由を奪いたくはなかった。幾ら年月がかかろうともこの感情を葬ろうとオレは決めたのに。どうして、どうして、今になって。




「…そうか。快斗君とは、それっきりなのか」
「…どうでもいいだろ。快斗はもう他人だよ。無関係な人間だ」
「…オマエが決めたならそれもまた一つの道か。まぁ、思ったようにやりなさい」




それじゃあね、と父親は電話を切った。残ったのは泣くことも出来ないくせに妙に泣きたい気分のオレと、置き去りにされた機械音。虚しさに膝を抱えてみた所でこの部屋にはオレ以外の温もりは存在しない。向日葵の咲く日向と違い、オレのいる日陰は酷く寒く、まるで水底の様に冷たい。小さく身震いした。




快斗は、鬼才のマジシャンだった。子供の頃からマジックの練習を怠ったことは一度として無く、常々オレは世界一のマジシャンになりたいのだと歌うように言っていたのを覚えている。怪盗キッドとして夜闇を駆けていた時期に出会った彼は相当に荒んでいたけれど、彼のマジックは何時だって繊細で綺麗だった。花が至る所から出てきて、指先がカードを放るその都度視線を奪われる。目を閉じさえすれば、今でも思い出せる。そして彼はいつだって二人きりのショーの後に、父親を越えたいんだとどこか遠い目で言うのだ。世界が愛した黒羽盗一を越えたいのだと。けれどその為にはキッドは足枷だった。キッドである限り、海外でマジシャンとして活動することは困難だ。それを快斗は分かっていた。その足枷が外れたのは、もう5年も前のこと。オレと快斗が別れたのもその少し後のことだった。今でも思い出せば、切ない痛みが胸を締めつける。




フラフラと不安定に揺れながらやっとのことで部屋に戻れば、机の上に向日葵のプリザーブドフラワーの花束が置いてある。誕生日に快斗が寄越した物だった。モノクロの部屋にはその黄色がよく映える。けれどもオレの隣にはもう、造花の様に鮮やかな恋人はいない。向日葵の咲く暑い夏は、もうとうの昔に過ぎ去っていた。




 


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