>> 聖なる日に、偽りの愛の接吻を





ふと重たい意識を浮上させ体を起こせば、今はもう慣れた鈍い痛みが襲った。原因の男の姿は何処にも無く、帰ったことが大して回転しない頭でも容易に理解出来た。襲い来る痛みに顔を歪めながらも地に足を立て、散らばる衣服を腕に抱え、独りでは広過ぎるバスルームへと向かう。少し床が濡れているからおそらくは明け方前後にでも帰ったのだろう、と無意味な推測を立て、シャワーを浴びる。乾いた髪を濡らせば、やがて雫が垂れ始め、泣いている様だと苦く笑う。何に涙するというのだろう。絶望など、とうの昔に味わったというのに。僅かな痛みはやがて全体を痺れさせ、頭痛を酷くさせる。相変わらず頬を伝うのは湯気を上げるシャワーの雨だけだった。暫くして温かい体を抱いてバスルームを出て、ここに来た時と同じ衣服を身につける。態々何着も持ってくるのは面倒だし、付き合っているのでもないから、ずっと一緒にいた訳ではない。ただ家を出る前にシャワーを浴びて、待ち合わせの喫茶店に足を運んで、雪崩れ込むのだ。大した感情も無い、体を満たす為だけの関係。それ以上に関われば、二度と戻れなくなる。互いに弱いから、体以上の関係を持とうとしない。考えて、嗤った。男も自分も馬鹿げたことに囚われているのだと。互いを愛し、結ばれることとはどれだけ強いのだろう。服を着終え、暗くなってしまった思考から離脱しようとバスルームとベッドルームとを隔てる扉を開ける。乱れたシーツは昨夜の激しさを思わせた。染み込む汗の臭いは愛しさどころか不快感を伴って鼻腔をくすぐるものだから、“全てが好きなの”と理解し難い自論を展開するヤツの気が知れない。残り香など、何を成すというのだろう。温もりも、偽りの言葉でさえも得ることは出来ないというのに。そうと分かっていながらどこかにあの男の姿を探す浅ましい己にいっそ呆れさえも感じる。齢にそぐわず恋をしているのだと認めさえすれば、何かが変わるだろうか。未だ外は寒い。あの男が、人の鞄を漁るような人間でなくてよかったと思う。椅子の上に置き去りにされた使い慣れたハンドバッグに手を伸ばす。携帯電話で日付と時刻を確認し、溜め息を吐く。今日は誰かの死んだ日。昨日一日かけて作った甘い香りが部屋に広がる。今日は自分から呼び出してみようか。今日は聖なる、恋人達の日。こんな日に、関係を進めてみるのもいいのかも知れない。そう思って、チョコレートの様に甘く笑ってみた。


「…もしもし、快斗、」

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