>> 機密漏洩の際は身の保証を致しかねます。





これから話すことは誰にも内緒にしていてほしい。これは本当に重要機密なんだ。嗚呼、重要の前に「最」という言葉を忘れていた。これが付いているのと付いていないのでは全然違うだろう。ほら、切迫した様子とか緊張感とか秘密を共有した具合なんかが。まぁとにかく、情報の漏洩だけには細心の注意を払ってほしいんだ。どうしてって、それは、秘密にした方が面白いことだからさ。




黒羽快斗という男は俺の恋人である。つい最近出来た恋人というポジションは中々にして気恥ずかしくまた、時に穏やかな気持ちになれるものである。そりゃあ一応嫉妬だってするし喧嘩もしないでもない。それでも仲直りをして一緒に笑うとそれだけで心が晴れるのだから大概恋というやつは人を変える魔力を持っているらしい。それは良い意味でも悪い意味でも。幸いにして交際は順調に進んでいるし、これと言ってこの先の展望に不安があるわけでもない。確かに同性同士の恋愛は世間的にはマイノリティだ。周囲の理解が得られない場合があっても不思議ではない。その辺りは互いに覚悟しているつもりだ。幸運にも俺達の周りの人々は温かく祝福してくれたが、さして仲の良くない人が嫌な顔をしたとしてもそういうものなのだと割り切ることにしている。それが多分、一番上手い付き合い方だと思う。


何を隠そう、本題はここからだ。俺の恋人、黒羽快斗の誕生日が近いのである。問題だ、実に大問題だ。スケジュール帳に一か月以上前に印を付けたにも関わらず、一週間を切るまで全くもって忘れていた。付き合い出してから初めての恋人の誕生日を忘れていました、では洒落にならない。イベントごとに熱心な快斗のことだ、期待して、落胆して、傷心のままに一日を終えるだろう。結果は容易に想像できる。俺だってそんな姿見たくない。故に俺は一生懸命にどうしたら黒羽快斗が喜ぶのかを思案しているのだ。まぁ、甲斐もなく何日か過ぎてしまったわけだが。


「…分からん、何をあげたら喜ぶのか、皆目見当が付かん…」
「…工藤君がそれだけ悩んでいることが驚きだけれど」

溜息を吐けば近くで優雅にコーヒーを飲んでいた灰原が冷めた目で見詰める。何をあげれば喜ぶだろうかと真っ先に相談したのが灰原だったが、彼女は自分で考えなさい、と一考の余地もなく返した。俺が悩んでいる様を嬉々として観察している風でもある。本当に、科学者というのは何にしろ観察者としての立場に傾くのだなと嘆息したことも記憶に新しい。

「…ありきたりな物は渡したくないんだ。でも喜ばれない物よりは無難な物の方がいいのかもしれない。でも俺は、記憶に残る様な物をあげたい」

特別でありたいのだ。いつまでも記憶の片隅に残る様な物を、彼の感情を動かすだけの物を、祝福すべき日に贈りたい。


「…随分と抽象的な考え方ね。本当に貴方、何をあげたいのか具体的な案はないの?」

残念ながら全く、と答えると彼女はそう、とだけ答えてコーヒーに口をつけた。暫くの沈黙。やはり呆れただろうか。本当に皆目見当が付かないのだ。タイムリミットによる焦りのせいで思考が空回っているように思える。このまま堂々巡りの予感がした。恐らく快斗の誕生日まで何度も同じ思考を辿るに違いない。案外単純な頭に嫌気がさした。普段は考えることなど厭わないというのに、こういう肝心な時に限って考えることを放棄しようとする。もしかしたら無意識的に緊張しているのだろうか。殆ど緊張など感じない癖に? そうだとしたら随分と笑える話だ。羞恥を覚えるに決まっているから他人には言えない笑い話ではあるが。


「…本当に、何でもいいのよ、何でも。彼が貴方から貰った物で、喜ばない物があると思うの?」
「……思わない」

でしょう、と何だか勝ち誇ったような顔で言われた。寧ろ、その答えは当然のものだとでも言いたげだ。確かに、黒羽快斗という男は、俺が物をやれば実に嬉々とした顔で十分すぎるほどの礼を述べるのだったと今更ながらに思い出す。

「…何でもいいと言われると、本当、余計に悩ましくなるもんだよ」
「…それは確かに、否定しないわ」


僅かに口元を上げて、彼女は目を伏せた。


振出しに戻る。快斗の誕生日、快斗の喜ぶ物、プレゼント。他人の誕生日というやつは果たしてこんなにも頭を使うものだっただろうかと考えてから、その考えを頭から追い出す。当然だ、今まで他人の誕生日をきちんと祝ったことなど容易に数えられる程度だ。大抵事件で走り回っていて考える余裕が無いか、忘れているかのどちらかである。今までの経験は結局役に立たないなぁと頭を掻いて、すっかり冷えたコーヒーを口に運ぶ。最近、コーヒーは快斗が淹れてくれることが多い。何かと世話焼きらしく口喧しく身の回りの世話を進んで行っている。時折お前は母親か、と口から零れそうになるがさして不満は無いので留めている。そういう性分なのか快斗は実に嬉しそうな顔で家事を引き受けるのだ。おかげで家の万年閑職だった冷蔵庫はその腹に沢山の食材を収めている。仕事のし甲斐もあるというものだ。そう考えてみれば黒羽快斗は随分と俺の家に入り浸っている。不快とも思わないので特に問題はないのだが。そういえば最近家のコーヒーカップは新調されて染み一つない白をしている、と意味もなく思い出す。いつの間に変わったのか。


そしてそれから考え続けること数日、快斗の誕生日があと3日という所で俺は完璧な答えに辿り着いた。偶然に違いはないが、この際どうだっていい。名案を閃いた、ただそれに違いはないのだから。


その日も俺は前々日に起きた事件の真相を追っていた。案の定事件のことで頭が一杯になりそれ以外のことは自然と頭から追いやられていた。快斗の誕生日なんかも例外なく片隅に纏めて積んであったことだろう。申し訳ないと思えども最早これは性分であり仕様の無いことでもある。随分と過度に働かせた為か回転の鈍い頭を抱えて家に帰ると薄暗い玄関の前に人影が見えた。ここで漸く快斗と昼過ぎに会う約束をしていたことを思い出す。背筋に汗が流れ疲労に縺れる足で可能な限り速く駆けよれば、案の定快斗はへら、と力の抜けたような顔で俺の名前を呼んだ。座り込んでいる相手に合わせて屈むと身に着けているTシャツが汗で変色していた。一体、どれくらいの時間この場所に座り込んでいたのか。


「…快斗、何も戸口の前で待っていなくても…」
「…あ、おかえり、新一。いやぁまだ本格的に夏でもないしいけるかなって思ったんだけど、やっぱり蒸し暑いよね、この時期。汗掻いちゃったよ」

軽い口調でそう言いながらTシャツの裾をひらひらと捲って仰ぐ。この季節にもなれば外気温も体温とさして変わらないだろうから意味は無いだろうに。暑いねと再び繰り返す男に呆れて溜息が漏れた。

「…隣にでも避難してくれてたらよかったのに」
「だって新一が疲れて帰ってくるのに、一番におかえり、って言えない方が俺、嫌だもん」
「…本当、お前、馬鹿だよな。どうしようもない、馬鹿だよ…」
「そんなの、随分前から知ってただろ。本当、今更」


右手で顔を覆った。そうしなければやっていられない。どうしてこの男は、高校生にもなって恥ずかしげもなくあのような科白が吐けるのか。きっと羞恥心という概念をどこかに置いて来たに違いない。その分俺が恥ずかしい思いを二倍もしているわけだから世の中というのは実に不公平だ。片手の隙間からちらりと相手を伺う。何も考えていないような阿呆面を晒している癖に妙な所で勘が良かったり絶妙な気遣いを見せたりと抜け目がない。今とて恐らく俺が気を使いすぎないようにと言葉を慎重に選んでいるに違いないのだ。そして、それを傍目に気付かせないように気を配るのが黒羽快斗である。ただ俺はそれを知っているからこそこうして相手の配慮について慮ることが出来るだけで、実際本当にこちらに対しての心遣いなのか単に馬鹿正直に言葉を連ねているだけなのかは分からない。立ち上がってポケットから鍵を探す。鍵穴に差し込んで手首を捻ると軽い抵抗と共に開閉音。隣で黙って立ち上がる男。手首を再び九十度捻り鍵穴から勢いよく引き抜く。ドアノブを回す。扉が開く。隣の男は鍵など無くとも容易く一連の作業が出来るだろうにそれをしない。馬鹿みたいに俺の帰りを待って犬のように大人しく座っている。何度言っても聞きやしないから三度目を超えたら言う気も失せた。改善する気のないものに何を言っても無駄だろう。そのような非効率的なことをするくらいならば別のことに時間を割く。靴を脱いで部屋に上がる。何も言わずとも快斗は片手で鍵を閉める。これもいつものこと。


(……そうだ、これだ。)


此処まで考えて漸く妙案を閃く。快斗の誕生日には、鍵を贈ればいい。この家の鍵を。簡単な事じゃないか。これで快斗は時間を気にせず俺の家に来ることが出来、俺も玄関先で座り込んで待つ快斗を見て申し訳ない気持ちで一杯にならずに済む。万事解決、万々歳だ。我ながら秀逸なアイディアに恍惚の溜息さえ漏れる。実に最高だ。そうと分かれば合鍵を作らなければならない。時間は二日で足りるだろうか。とにかく業者を調べて電話をしなければ。リビングに着いた途端に様子の変わった俺を快斗が訝しげに呼ぶがそれどころではない。善は急げという名言もある。申し訳ないが今すぐに取り掛からなければどうにも気になって会話も出来そうになかった。短く悪い、とだけ断って自室に走る。ノートパソコンの電源を入れる手が震えていたのは錯覚ではないだろう。今年の誕生日、きっと快斗は喜んでくれる。指先の震えは期待と同義だった。


さて、ここまで長々と機密に関するエピソードを語ってきたわけだが、この作戦に対する俺の並々ならぬ情熱を理解していただけただろうか。この秘密は俺と君達の間だけのものにしておきたいんだ。万が一漏洩しては折角のサプライズも元も子もないからね。いや何、信頼していないわけではない。ただ可能性の話をしているだけさ。

では諸君、この最重要機密を黒羽快斗に漏らさないよう宜しく頼む。以上だ。




 


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