>> 工藤新一に関する考察






工藤新一は、実のことを言えば俺の恋人である。だが安心してほしい。俺達はまだこれといって言うのも憚られるような行為はしていない。キスの一つを仕掛けるのがやっとなのだ。ああ、そんなことはどうでもいい。何故唐突に彼の話をしたのかといえば、その恋人が誕生日を迎えるにあたって何を贈るべきかを決めるためにこうしてあれこれ思案しているからなのだ。


まず彼は、シャーロック・ホームズが大好きである。昔からホームズのような探偵になるのだと息巻いていたらしい。実に可愛らしい子供である。その可愛らしい夢も破れることなく今日まで続いているのだから本当に工藤新一という人間には感服せざるをえない。まぁ残念ながら賞賛した所で自分が刑務所送りにされるのは勘弁願いたいのでそのような能力は早いこと失ってほしい、というのが偽らざる本音なのだが。嗚呼、話を戻そう。彼はそのホームズという登場人物が大好きで、当初はそれに関する物を贈ろうかと考えていたのだが、あまりにも彼が一登場人物でしかない存在を贔屓にするのでやめた。端的に言ってしまえば嫉妬である。俺は、この世にいもしない人物に対して嫉妬しているのだ。よくよく考えてみれば滑稽な話ではある。恋人が本の中の人間に肩入れしているから自分はそいつが嫌いで、出来ることならばそれに関する本を片っ端から燃やしてしまいたいなどと考えるのは稚拙な行動ではないか。ただ頭で形式的に知覚しているのと本能が瞬間的に意識するのとは全く別物である。制御できるのならば誰も苦労はしない。故に俺は、その憎たらしい紳士のことを考えるのを意識的に放棄した。思考の余地に入り込ませさえしなければ困るようなことも起こりえまいと考えたのだ。よって、工藤新一の大好きなシャーロック・ホームズ関連のプレゼントは却下だ。幾ら彼が喜ぼうとも贈った方が不快になるようなものはやらないに限る。全く、いつまでもルパンを困らせてくれるな、シャーロック・ホームズ。


そして次の案は彼がこよなく愛する謎という代物である。これには少々自信があった。何せ俺は黒羽快斗と怪盗キッドという二足のわらじの生活を送っているのだ。謎といえば暗号、俺の得意分野である。ただ、ここでの問題は折角のプレゼントがいつもと何ら変わり映えのないものになってしまうことだった。今まで暗号という名の貢ぎ物を送りつける手法を散々用いてきたために肝心の特別な感じが全くもって損なわれているのだ。誕生日という特別な日にこれといって特別でも何でもない物を贈るというのは頂けない。紳士の名が廃るというものである。何より彼の誕生日に文字の羅列を配した紙切れ一枚というのも悲しい。彼に一時の楽しみを提供できるのはいいが、解決してしまえばただ一見繋がりの見えない単語が並ぶ紙であり、用済みとばかりにゴミ箱行き、そのようなものが贈られたことすら廃棄物扱いされかねない。非常に残念な結果になることが容易に想像できる。以上より、彼の愛してやまない暗号、もとい謎を贈るというのは廃案である。肝心な時に効力を発揮しないとは役に立たない特技もあったものだ。黒羽快斗、一生の不覚。


そして次はミステリー小説。工藤新一は無類のミステリ小説好きである。三度の飯より読破を優先させるほどの変人、改め熱心な読者だ。小説の為ならば人間の三大欲求ですら遠ざけてしまうような男なのだ。多少の不摂生に目を瞑れば彼はとてつもなく喜んでくれる、それはそれは最高のプレゼントだ。訂正、正しくは最高のプレゼントになるはずだった、である。何が悪かったって彼の誕生日周辺だ。カレンダーに目をやって欲しい。よくよく見て欲しい。穴が開くほどまじまじと、だ。赤い日付がこれでもかと並んでいると思う。そう、お察しの通り、彼の誕生日はゴールデンウィーク真っ只中にあるのだ。そんな日に小説を贈ってみろ。残りの休日が無言の読書タイムになるのは分かり切ったことだ。折角の連休をただの本に奪われる俺の気持ちを考えてくれ。実に哀れだとは思わないか。可哀想だと思うだろう。きっと小説に登場する殺人犯だって人を殺すのを躊躇ってしまうくらいには俺に同情するはずだ。相手の誕生日を独占できないなど恋人としての矜持が許さない。故に案の定この案も白紙に戻ってしまった。工藤新一が喜ぶものと俺のプライドを天秤にかけて釣り合うようなプレゼントはどこかに転がっていないだろうか。段々と趣旨が変わってきたような気がしないでもない。


ここまで無駄足を数えてきたが、今度はコーヒーについてだ。まぁ皆さんもここまで来たらどういう展開になるか察しも付くだろう。そう、こいつも見事に散って行ったの累々の案の例に漏れずダストボックスに直行だ。では何がいけなかったのか。それは残念ながら味覚の個人差の問題が絡んでくる。俺は無類の甘党であり、彼は生粋のブラックコーヒー信者である。共にコーヒーを飲もうものなら互いにやれそんなものが平気で飲めるなと口論になることもしばしばだ。恐らくお前が飲まなければよいのではないかとお思いの方もいるとは思うが残念なことに彼のコーヒーを用意するのは俺の役目なのである。彼のコーヒーを用意し自分には何の用意もないとなると少々癪ではないか。わざわざ別の飲み物を用意するのも何だか馬鹿らしい。そういった自分の負けず嫌いの性質が禍しての廃案である。自分が言うのは何だが、コーヒーに罪は無い。わざわざ恋人の誕生日に諍いの種を撒くのは賢明とは言えないだろう。決定的な亀裂にでもなれば困るのは俺だ。コーヒーがとてつもなく好きである彼には申し訳ないが、これは別の機会に贈ることにしよう。そうだ、それがいい。


ということでここまで長々と考えてきたのだが一向に決まる気配がない。残念ながらこれこそは、という物を思い付くことが出来ないのだ。実を言えば当日まで延々と繰り返している。


「…何か俺、優先順位凄い低いんじゃないかな…」


彼の中ではシャーロック・ホームズにも、謎にも、ミステリー小説からコーヒーにまで俺という存在は太刀打ち出来ないのだ。整理してみると存外切ない事態である。嗚呼もう、泣けてきた。俺の中では間違いなく一番優先すべきポジションにいるというのに彼の中では俺よりももっと大事なものが既に出来上がっているのだ。考えれば考えるほどに虚しくなってくるではないか。溜め息を吐いた。溜め息は幸せを逃がすと言うが、既に最高の幸福を逃がしてしまっている身としては最早どうでもいいことである。いっそ空にしてしまって、新しい物を詰め込む方が有意義なのかもしれない。まぁどちらにしろ無駄な議論ではあるが。


「…あ、そうだ。快斗、明日、空けといて」
「…? 何で?」


溜め息を連続で吐き出した目の前にこの長々と連鎖した思考の元凶が姿を見せた。延々と続くかのような暗い森から抜け出た後に会い見えると、好きだった筈のものさえ憎く見える。確かに彼には何ら罪は無いのであるが、責任を転嫁してしまうのは苛立っている手前もうどうしようもない。聖人君子のように、或いは菩薩のように果てしない心の広さなど持ち合わせてはいないのだ。多少棘の残る声を返したのは若さ故の愚かしさか。


「俺明日休みだからどこか出掛けようかな、って。ほら、俺とお前の休み重なるのって珍しいだろ」
「…でも新作欲しいって言ってなかった?」
「ん? ああ、この間言ったやつか。別に後からでもいいし。お前が行きたくないってんならいいけど」
「いや! そんなことは! 全然!」


急速転換に焦りを覚えたのは俺だ。自分が話の腰を折るようなことをしておいていざ話の雲行きが怪しくなるや身を翻して機嫌を取りに走る。そもそも彼の方から出掛けようと誘いをかけること自体そうそうある話ではない。これを逃せば次は一体いつになるか分かりはしないのだ。これを俺の一時の不機嫌で無碍にするわけにはいかない。必死にもなろうというものだ。


「じゃあ決まりな。約束破りは罰として一週間出入り禁止」
「いや、それだけは勘弁して! ほんとそれだけは!」


足元に縋り付くような勢いで懇願する。みっともないとお思いのことだろう。ただ残念ながら主導権を握っているのは俺ではなく、彼の方なのだ。彼が出禁と言ったならば本当に出禁の措置を取るし、実力行使という手段を取った日には隣に住む科学者の少女に何の薬を盛られるか知れない。まぁ手っ取り早い話、入り婿のような立場だと思ってくれたらよい。俺に権力は無い。ここ最近急速にマスオさんに親近感を抱いている。ただ、苛立ちと共に多少の愚痴は零れるものの、結局の所彼を嫌いになることは出来ないのだ。これが正に惚れた弱味というやつだろうか。


「…でも珍しいね、新一が出掛けようなんて言うの。俺はまぁ、嬉しいんだけどさ」
「…何だか最近珍しく考え込んでるから、気晴らしにでもなるかと思って」


さて聞いただろうか、皆さん。俺の恋人の言葉を。あの優しい気遣いに満ちた言葉を。嗚呼、本当に何て素晴らしいんだ、君は。疑心的だった思考が嘘の様に晴れやかな気分に変わる。大概自分も現金な奴だ。随分と前から分かり切った話ではあるが。こと工藤新一という男に関する事となれば気分の浮き沈みなど気にするだけ無駄というものだ。彼の言動に一喜一憂し続けてもう久しい。出会った頃から何一つ変わることなく感情が最大限の振幅を行ったり来たりしているのだ。何もかもが出会った時と変わることなく新鮮に映る。全ての日々が輝きを帯びている。気障な科白だと思う人間もいることだろう。だがこれは主観的な事実であり、客観的な現実とは異なるものなのだ。ただ目の前には色とりどりの幸福が溢れている。拾い切れないほどの幸せが両手を広げて待っているのだ。


「…新一、俺今、お前の欲しい物何でも買ってやりたい気分だよ」
「…どうしたんだ、急に?」
「はぁ、もう主観的にプレゼント考えんのやめるわ。何か、子供っぽくて馬鹿らしい気がしてきた」
「? プレゼントなんか何に必要なんだ?」
「…はは、お前らしいね。…ハッピーバースデー、新一」


おめでとう、俺の大事な恋人。一つ歳を取っても、俺の大好きな貴方でいてくれるだろうか?




 


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