――麗らかな春の日差しを一身に浴びれば、微睡みから覚めなくても仕方がない。 しかし、今は野営中。辺りに、いつ魔物が現れても、おかしくは無い状況である。
普通の冒険者なら、気が張って寝る所の騒ぎではない。そう、普通の場合は……。
「しゃあねぇ女だな……全くよ」
安らかな寝顔を見つめながら、ニノが洩らした。言葉こそ、呆れているようにも聞こえるが、表情の方は今にも蕩けそうだ。
一人、テント番を任されたライは、仕事そっちのけで、スヤスヤと寝入っている。 良い夢でも見ているのだろう。笑みを浮かべ、伏せられた長い睫が微かに揺らぐ。
「寝出すと、なかなか起きねぇんだよな」
フッと噴き出すと、ニノは手にした薪をその場に下ろし、ライの傍らへと座った。 自分も“寝坊助”な方だけど……と、思いながら、ライの髪をソッと撫でてやる。
起きている時に触ろうなら、必要以上に身構えられてしまう。第一、彼女が体を触られて警戒しないのは、一人しかいない。
何故、リョウだけが許されるのか。
無論、恋の相手だというのもあるだろうが……それはライに限ったことじゃない。
何処へ行っても女の注目を惹き、如何に自意識の高い女だとしても、どういう理由か、易々と警戒を解いてしまうのである。 草食系男子とでもいおうか。男らしい体躯の割りにギラギラとした男臭さが無いところが、女からすれば堪らないのだろう。
「適わねぇかな……やっぱり」
ニノは不意に肩を落とした。
……こんな時、自分の持つ能力が憎いとさえ思えてくる。普通の人間ならば、女の心理など、知らずにいられるというのに。 見たくもない、知りたくもない深層心理まで、理解出来てしまうのだから厄介だ。
実際の所は、“読む”“読まない”は任意なのだが、それを制御できるほど、ニノの性格は出来ていない。ついつい、興味本位で覗いては、自己嫌悪に陥るのである。
「まあ、他の女なんて、ど〜でもいいんだけどな」
突如として顔を上げるや否や、ライの方をジッと見つめたが……直ぐに逸らした。
「駄目だ! ……約束だしな」
“勝手に僕の思考を読むな!”
……と、いつの日か言われた事を思い出して、ニノは邪念を落とそうと頭を振る。 なんでライだけは自由にならないのか。
そんな事を思いながら、今度は瞳の力を使わずに見つめる。今の今まで、数多くの女と遊び、泣かせ、誑かしてきたが……。
ライだけが、振り向いてくれないと。
そして、ライだけが自分の心へ罪悪感を覚えさせることを考え、不思議に思った。
「変だよな。こんなの初めてだ」
無防備な寝姿を見ても襲う気は起こらない。寧ろ、守ってやりたいとさえ感じる。 天使のように可愛らしい寝顔を指先で撫でると、胸へ熱い思いが噴き上げてきた。
「う、ううん?」
身を捩らせながらライが目を覚ましたと同時。跳ね起きると、そのまま後退する。
次にした行動は、着衣の確認だ。
言う迄も無く、ニノの姿を見たからに他ならない。しかしこの信用のなさは、ニノと雖もさすがに傷付くというものである。
普段の行いが悪過ぎるだけに反応を責めること自体、お門違いと言った所だろう。
「お前、僕に何かしてないだろうな!」
ニノが内心で落ち込んでいると、睨みを利かせ、“案の定”の台詞が返ってきた。 弁解した所で、意味が無いのも解りきっている。……そう、信用が無いのだから。
「はっ、寝てる女を襲う趣味なんかねぇての。よがってくれなきゃ意味ね〜しなっ」
「馬鹿、スケベ、最低!」
ニノのスケベな言葉を聞いた途端、ライは不機嫌を露わにしながら余所を向いた。
「あ〜はいはい。どうせオレは最低だよ」
ニノの反省も無い、憎たらしげな態度を見て、ライは心底から呆れているようだ。 ニノの方は“また、やっちまったな”と表面上には、おくびにも出さず後悔する。
ライは知らない。至上稀に見る捻くれ者のニノが、“優しい言葉”に、照れ臭さを覚えることを。また、ライにだけは、ニノが人間的な優しい感情を抱くことを……。
皮肉な言葉は本心を隠す為の仮面だという事など、ライは知る由もないのだった。
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