「そうだったの……」
はだけたナイティーを手繰り寄せ、デボラは静かにそう言った。
蝋燭の朧げな灯りに照らされたその横顔がやけに眩しく見える。デボラの素肌は箱入り娘のそれらしく、目映いばかりに青白い。透き通った肌に血管の青さが際立って、妙に艶めかしく感じられた。
昨晩――といっても数時間前だか――僕とデボラは初めて一つになった。
夫婦として結婚式に次ぐ、二つ目の大仕事という訳だ。
僕にしてみればそれは人生初の体験だった訳で。憧れはあったけど想像の中の産物だったから、何から始めていいのかまるで見当がつかなくって――ベッドに入ってから三十分は正座したままだったと思う。
意気地が無いって思うだろ?
でもさ、ほら……デボラって経験豊富そうじゃん。絶対非処女だと踏んでいたんだよね。だから下手に出たら他の男と比べられちゃうし、ていうかそもそも初めて目にする女の躰に頭が真っ白くなっちゃって――僕は動けなかったんだ。
仕方無いから正直に言ったんだ。
初めてで分かりません――って。 キスすればいいのかな――って。
そしたらデボラ、笑ってた。
困った顔で、『奇遇ね』って……。
そう――驚いたことに、デボラも初めてだったんだ。勿論すぐには信じられなくって、たぶんこの時の僕、思いっきり顔に出ていたんだろうな。デボラは少しだけ恥じらったように、だけどちょっと悲しそうな目で、『勘違いしないでね』って、それから『私はあんたみたいにモテ無いから……じゃないのよ』と、呟いたんだ。
まあ相変わらず可愛げないお言葉なんだけど、でもそれを聞いたら急に気持ちが軽くなってさ。なんか、ほとんど無意識でキスかましてた。まあね、最初の一回は唇っうより、鼻の下に当たってしまったけど。で、その後は本能の赴くままにって感じで――。
事を終えた僕らは、二人で同じベッドで少し眠った。
僕が目覚めて、その数分後にデボラも目を開けた。それほど長い睡眠じゃなかったけど、僕の方は深く眠れていたらしい。疲労感はまるでなかった。
隣り合いながら、どちらともなく話題を振って……いままであった事とか、これからしたい事とかを話したんだ。今更って話ばかりだったけど、なんせ僕らは夫婦になったというのに何一つお互いの事を知らないだろ? デボラには僕という人間を知って欲しかったし、僕もデボラの事を知りたいと思ったからね。
ふと横目で見ると、デボラは唇をきつく結んで爪を見ていた。
何を考えているのか分からないけど、やや伏せられた瞼に濃い影を落とす睫毛がやけに美しく思えて、僕は唾を飲み込む。
確かに僕の理想とはちょっと違うんだけど……美人……だよな、うん。
これが――情ってヤツなんだろうか。
関係を持つ前とは明らかに違う。 愛おしさには遠いけど、嫌悪は無い。 敢えていうならこれは……“欲情”だ。
不意に数時間前の事が思い出された。
熱く、甘美な一時。 包まれる安心感と征服欲。 僕がオンナにした女。 僕を男にした――女。
「それで」
突然聞こえてきた声に、僕ははっとした。
デボラだ。片膝を枕に顔を傾け、だけど目線だけは真っ直ぐこちらを捉えている。睨むような、鋭い目付きだ。
「旅は続けるのね?」
低音質の響きを持つその声色には一種の迫力があって、言い逃れなど許してはくれそうにない気迫をも感じられる。
「……愚図は嫌いよ。続けるのか、それとも止めるのか。これからの生活はどうしていくつもりなのか――答えなさい」
まるで尋問だ。だけど簡潔に率直に投げ掛けられて、逆に清々しくもあった。 何故ならもしもデボラが言い淀むような女なら、僕はきっとあやふやにしていただろう。
だから僕は頷いた。 ただ一言、“行くよ”という言葉と共に――。
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