これまで、実に色々とあった人生だった。
最も古い記憶で僕は、父さんに手を引かれ各地を転々としていた。子供心に普通じゃないと思ったこともあったけど、父さんの背中は広くって手の平はいつも温かいから、僕はいつでも物見遊山気分でいれたんだ。
そして僕が六歳になった頃――。
暫らく落ち着いて暮らそう、そう父さんは言った。そうして、サンタローズ村に住むことになったんだ。
サンタローズは、とても小さな村だった。それこそ、幼い僕の足でも一日掛ければ回りきれるくらいで……。だけど、村の人達は皆優しく親切だった。
なんでも僕が三つかそこらの時にも世話になった所らしく、宿屋のおじさんが僕の頭を撫でて、“大きくなったね”って、“もう立派にお父さんの手伝いが出来るね”って、目を細めていたっけ。
僕は幼心にそれが誇らしくて、おじさんの期待を裏切らないようにしようと、密かに誓ったんだ。 こうして父さんと僕、そしてサンチョとの新しい生活がスタートしたんだ。
あ、そうそう。サンチョのことはまだ話してなかったね。サンチョは太っちょのおじさんで、父さんの召使いだという話だ。無論当時の僕は“めしつかい”がどういった立場の人か分からなかったけど、いま考えると父さんはそれなりの身分の人だったんだと思う。まあ、父さんはそれ以上詳しく教えてくれなかったから、確かなことは何も分からないけど。
ともかく、僕らは紛れもなく家族だった。
分かるかい? 『いってきます』って言うと、『いってらっしゃい』と返してくれる人がいる。『ただいま』で『お帰りなさい』と言ってくれる人がいることがどんなに幸せか……。ほんの数ヶ月の生活だったけど、僕は本当に幸せな日々だった。
楽しかった。 目に映る何もが胸を躍らせた。
幽霊退治をしたり、妖精の国へ行ったりもしたな。
そう、妖精の国。おとぎ話にでてくる、アレね。
大の男が何を馬鹿なことをと言われるから誰にも語ったことはないけれど、僕は本当に妖精の国へ行ったんだ。
ベラとポワン様、元気にしてるかな。
“春を取り戻すまで帰しませんよ”って言った軟禁紛いのポワン様の言葉も、今となれば懐かしい思い出の一つだ。
それからラインハットへ行って……。
この時のことを思い出すと、口惜しいばかりだ。もしあの時、連れ攫われるヘンリーに僕が追い付いていたら。もし、直ぐに他の大人へ事態を伝えていたら。せめて逃げ切れるだけの実力があれば……。
事態は変わっていたのだろうか。
もしも踏み違えなければ、僕らの未来は別の道に進んでたんじゃないのかな。
もちろん“もし”を考えることに、意味など無いと分かってはいるのだけど。
ともあれ、僕とヘンリーは共に連れ攫われ奴隷となった。
攫われた先は断崖絶壁に囲まれたセントベレス山の頂上で、僕らは来る日も来る日も光の教団の神殿を建設する為、使役させられた。……奴隷の生活なんて想像できるかい? 僕らは人間だが人間扱いされない、馬車馬以下だったんだ。人間の尊厳なんて物は無い。何十人もの人達が性別関係無く同じ部屋に詰められ、食事はろくに与えられず、寝る時間も削られ、排泄だって便所なんて大層な物は無かったから壺の中にしなければならなかった。それだけでも酷いのに、現場は言葉に出来ないくらい酷かった。踏み留まれば鞭を喰らい、力を緩めれば容赦無く殴られた。子供は僕とヘンリー以外にも居たけれど、半年も過ぎない内に皆死んでいったものだ。
僕とヘンリーが生き残ったのは、たぶん幸運で。他の者より少しだけ生への執着が強かっただけの差だろうと思う。
度重なる拷問にも、僕は犬死にだけはしないと歯を食い縛ったものさ。死んだら負け――そう思ったからこそ、腹と背中がくっ付くくらいの空腹だって耐えられた。汚く寒い寝ぐらも、僕を守る為に火に撒かれた父さんのことを思えば全部耐えきれたんだ。
目を瞑れば、鮮明に思い出せる。
父さんを殺したヤツ。 アイツは、“ゲマ”と呼ばれていた。
ローブを目深に被っていたから顔付きは定かではないけれど、あの耳障りに甲高い声色を未だ忘れることが出来ない。
ゲマは先ず僕とヘンリーを痛め付け、助けにきた父さんを――。
………………。
僕は父さんの遺志を引継ぎ、母さん、そして勇者を捜している。
だけど僕自身の目的は――。
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