エンカウント:人類最強

ボンジュール、鬼サイボーグの妹です。


「先輩侮られるの大嫌いなんですから、私みたいな子供なんて連れて歩かなければいいじゃないですか」
「……黙れ」


 音も立てずに林を駆け抜けている間に、他愛もない話を持ちかける。臍を曲げる相方の分かりにくい情に、思わずふすっと笑いを溢した。

 桃源団の接近に気付き秘書と共に取り乱すゼニールの元へ向かったのは良い。しかしその後先輩がサポート役として私を紹介したところ、「こんな子供が?」と疑いの声をかけられたのだ。当然と言えば当然だし、今まで相手にしてきた客の中には私の存在を理由に報酬を値切ろうとする阿呆もいたので、私自身別に我慢ならないというほどではなかった。ところがこの音速()忍者、その言葉を聞くとあろうことかわざと雇い主の背後を取って遠回しに脅しつけるという手段を取ったのである。先輩が何をしようとしているのか悟った瞬間には焦ったものの、相手は別に幸村様じゃないしまあいいやと即座に見放した私も私だとは思うのだが。あと体がついていくかどうかはともかくとして、目で動きを追えていると知られたらまた事態がややこしくなると思ったので。
 先輩自身体つきはかなり細身で、顔つきも中性的な美人だ。そのせいで屈強な荒くれ共を相手にすると舐められることが度々あるし、その度にチョモランマより高いプライドとその実力でもってきっちりやり返しているのも知っている。しかしその「舐められるとムカつくもの」の中に自分が入っているとこうも示されると、ニヤニヤするなと言う方が無茶というものだ(因みに本人は何故か微塵もばれていないと思っている。凶悪犯の癖に何故そんなところでヒロインの如き天然を発揮するのか)。

 木立が途切れ、この辺り一帯を敷地とする寺の入り口に来たところでふと足を止める。

「とりあえず、ここにいれば確実に桃源団と鉢合わせます。向こうがこちらに辿り着くまであと15分といったところですかね。ちなみに罠と加勢は?」
「要ると思うか? この俺がアレ相手に」
「ですよねー」

 新型のバトルスーツと聞いて最初は「少しは骨がありそうだな」とワクワクしていた先輩も、桃源団の実際の様子を知らせてしまったせいで今や完全にさげぽよである。私の報告がなければ、今頃もう少しはテンションが高かったかもしれない。何かごめん。 
 私は先輩が潜んでいたものとは反対の位置にある石燈籠の陰に潜み、念のためハンマーヘッドらの実力を直接確認するまではそのままそこに隠れていることになった。手助けなど必要ないと言い切る先輩は機嫌を悪くしたが、石橋はバズーカで撃った後隣りの橋をジェット機で渡る私の性分を知る彼は結局渋々了解してくれた。

 ……が、いざ桃源団がやってきて戦闘が始まると、本当に一方的な展開だった。テンションアゲアゲで乗り込んできたスキンヘッドの男達が、ほんのちょっぴり可哀想に感じてしまう程度には。
 私自身は先輩が討ち漏らした雑魚を影から片付けていく――と言いたいところだが、あの先輩がこの程度の相手でそんなミスを犯す筈もないので、マジで見ているだけだ。私も一応この任務でお給料貰うことになってんだよ……仕事くれよ……と視線を送ってみるも、ご本人は放送禁止ものの笑顔を浮かべてジェノサイドを繰り広げている真っ最中である。仕方がないので、今まさに親玉に斬りかからんとしているソニック先輩に声をかけた。

「せんぱーい、私その辺に残党が散ってないか見てきますね!」
「勝手にしろ!」

 冷てえ。
 いやまあ、技を振るえる機会を得てこちらに構うどころじゃなくなってるのは分かるのだが。そういえば、昔同じ里にいた金髪青年にその辺を愚痴ったら、「単独で活動している時はまだマシにやっているぞ。寧ろ周りを見るお前が傍にいる時こそ、雑事をぶん投げて私欲に走っているように見えるが」と言われて素で何……だと……と返してしまった記憶がある。うわ思い出したら腹立ってきたワァ……。眉間に寄りかけた皺をぐいぐい押して戻しつつ、頭を軽く振って思考を切り替えた。
 先程叫んだ拍子にこちらを見たハンマーヘッドが「一縷の光明発見!」みたいな顔をしているが知らん。その人を相手にして簡単に人質が取れると思うなよタコスケ!と私は容赦なくその場から掻き消えた。


 暫く連続して響いていたドォンという爆発音のような衝突音のような、腹まで来る衝撃が途切れた。大方先輩がハンマーヘッドを殺ったのだろうと判断し、しかし私が走っているところとはまた別の方角から近づいてきた気配に気づいて、踵を返そうとした足を止める。尻込みして一旦逃げ出した残党でもいたのだろうか、はたまた不運な一般人か。前者なら処分の対象だが、後者ならあの先輩のヒャッハーっぷりに巻き込んでしまうのも申し訳ない。どちらにせよ見に行かなければ、と今までよりも力を込めて地を蹴った。
 そして、駆けつけたそこで見たものは。


「……バトルスーツの数足りなかったんですか?」
「いや俺桃源団じゃねーから」


 国民的アンパンヒーローの服の赤と黄色をまんま逆転させたようなスーツを身に纏う、やけに覇気のないハ、スキンヘッドの男性だった。
 確かに桃源団の残党にしては緊張感がなさ過ぎるし、かといって一般人にしては随分鍛えられた体をしている。それもファッション筋肉とかスポーツでついたような筋肉ではなく、どう見ても実戦にかなり適応したそれだ。確かにあの共産党の皮を被った働きたくないでござるチームに埋もれるような人物ではないだろう。しかしその、頭が……もう……このタイミングで?わざとだろ?という位立派に輝いているのである。そんな見た目でジャストこの辺りをうろついているのだから、桃源団の一員か、そのフォロワーと勘違いされても文句は言えないだろう。堂々と突っ込まれたが。
 しかし私の言葉に対して即座に「桃源団」というワードをもって返してきたのだから、この先に彼らがいるということは知っていて近づいてきたのだろう。ということは、要請を受けてハンマーヘッドらを討伐しに来たヒーローか。それならば強そうな雰囲気も納得である。

「つーか何でこんなところに子供がいんだ? 迷子? この辺危ないハゲがいっぱいいるだろうから帰った方がいいぞ」
「アッハイ」

 さっき9割死んだんで大丈夫ですよ、とは言えない。

「ところで、他にあのごっついスーツを着たハ……あ、その、スキンヘッドの人達を見てませんか?」
「何だよ普通にハゲって言えばいいだろ。別に俺気にしないし。全然気にしてないし」

 凄く……気にしてます…………。

「……あー、テレビ観たか? ハンマーヘッドっつう危ない奴らの親玉が向こうに全裸で走ってったからな、お前あっち行くなよ」
「どこから突っ込めば」

 しかし耳を澄ませれば、確かに1人分の足音がどたどたとこちらから遠ざかっているのが聞こえてきた。何と、先輩はあの雑魚を取り逃がしたらしい。何で仕留め損ねたと分かった時点で私にすぐ連絡しないんだ……いや、恐らく私が気づく前にさっさと始末してしまえばいいと考えたのだろう。あの自信家が妹分の私に見栄を張りたがるのは昔からのことだが、流石に任務で報連相を怠るのはやめてくれってばよ。
 はぁああ……と深々溜息を吐いた私を見て首を傾げた目の前のヒーローさんだったが、子供とはいえお面まで被って怪しさ前回な私に「大丈夫か?」と声をかけてくれた。何だよ……めっちゃいい人かよ……。ソニック先輩と行動し始めてから人の優しさに飢えまくった心に、ささやかな思いやりが染みる。ただし天火仮面のお面を見て「うわお面趣味悪っ」と呟いたことは許さん絶対にだ。これお館様から貰ったものと全く同じデザインなんだからな。

「――とにかく、ハンマーヘッドはあっちに向かったんですよね。ご親切にありがとうございました」
「おう、気を付けて帰れよ」
「はい。お兄さんもお気をつけて!」

 深々と頭を下げて指差した方向とは全く別の方向に駆けだせば、ヒーローさんもあっさりと送り出してくれた。大分遠回りになってしまうが、適当にお兄さんの注意がこちらから外れたところでハンマーヘッドの進路に回りこもう。追いかけてくるであろう先輩と挟み撃ちか、もしくは私が単独でちゃっちゃとやってしまってもいい。

 ……そんなことを考えながら走っていた私は、結局待ち伏せていた場所にいつまでたってもハンマーヘッドが来ず、長い間待ちぼうけを食らい。ついでに姿が見えないので心配になって見に行った年上の相方は、何故か股間を押さえて林の中にうずくまっており。自分のいない所で何が起こったのか全く分からないまま、とりあえず涙目の先輩を引きずってゼニールに報酬を貰いに行ったのだった。
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