部屋の空気が凍りつく。息をするのも躊躇われるほどに緊迫した雰囲気に包まれている。
……
赤い髪を持つ、あの少年。
「……知り合いなんだろ?」
「……」
微かに狼の表情が動いた。普段の瓢々とした雰囲気はなく、刃のような鋭さが滲む。
まるで、睨み合うようにして、二人は向き合った。鈴鳴の腕を掴み、遮二無二(しゃにむに)引いていた神城も動きを止め、二人を不安げな目で見ている。杢太郎、栄吉、喜一も同様だ。
暫くして、す、と狼は静かに鈴鳴から目をそらし、口を開いた。
「俺は…、ずっと探してたんだ。……そして、ようやく出会えた」
狼はふと微笑んだ。
……見る者がはっと胸を突かれるような、寂しげな笑み。
「アイツが憎んでいる俺にしか、アイツは止められない。――それは、お前らじゃ駄目なんだ。俺だ、……俺がやるべきことだから」
……
背負うのは、己ただ一人だけでいい。
狼は続けた。
「……アイツが…、綾都があんなことになったのは、俺のせいだ」
……
"――助けて"、と、
確かに叫んでいたのに、俺は何もしてやれなかった。
――結局、俺もアイツが嫌っていた奴らと同じだった。
「おま、」
「……狼、貴方は一体……何者なんですか…?」
狼の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす鈴鳴を押さえて、桔梗は言った。困惑と、動揺を入れ混ぜたような顔でそう問いかける。
……愛しくて、
ただ、守りたかった。
独り言のように、狼は苦笑まじりで言った。
「……いっそ何者でもなかったなら、良かったのになぁ…」
……
そうだったなら、俺逹は――
「そんなこと言ってもどうしようもないか…」
いくら残酷で、非情でも、
――生まれた時から決まっていた、アイツと俺の運命(さだめ)だから。
「――兎に角、綾都のことは俺に任せろ」
「……こんな時に、まだ隠すつもりなのか…?」桔梗の手を振りほどこうともがきながら、鈴鳴は言った。
「……っ…! 静香も、咲も…、俺逹も、駒じゃない…!」
「――鈴、」
「ッ…なんで、いつもいつも…テメエは!」
ばたばた、と鈴鳴の体から血が滴る。それに医者が悲鳴を上げた。
「すっ、鈴鳴隊長!!」
「一人で抱え込んで、一番大事なことは隠して黙って…! 一体、何がしたいんだ? 一体、何をそんなに恐れてる?」
「! ち、」
「――こ、の国で…、……っ…!」
神城や、桔梗、医者の制止を振りきり、鈴鳴は怒鳴り続けた。むせた口から血霧が舞う。
「、自分がたった一人きりだとでも思ってんのか…!」
何重にも隠して隠して隠して、自分の胸の奥底にしまい込んだ暗い過去。
思い出すのも恐ろしくて悲しくて、ずっと目をつむって知らないふりをしてきた。
いつしか向き合う、――向き合わねばならない日がきっと来ると言い聞かせて。
……怖かった。
己の罪を知るのが、
全て失うのが、――
「……、怖いんだよ…」
孤独を知って、人のぬくもりを手に入れた俺は、手放すことが耐えられなかった。……もう、独りは嫌だった。
「――みくびってんじゃねェ」
ぼそり、と神城が呟いた。
「俺逹は、お前についてきたんだ。今更、離れられっかよ」
桔梗は倒れかかる鈴鳴に肩を貸して、神城に続いた。
「過去は過去、今は今だと昔、僕に言ったのは狼でしょう」
「……ははっ、いい部下を持って幸せだねぇ? 狼」
玄がふん、と鼻で笑った。そして、気軽な口調で促した。
「ここにいるみんな、とうに覚悟は出来てるよ。後は、お前が覚悟を決めるだけだ」
「……」
狼は一旦、目を閉じ、深呼吸した。
鍵を掛け、封印していた記憶が脳裏に鮮やかに蘇る。……まるで、昨日のことのように。
『――兄さん』
懐かしい声が響く。
いつからか消えかかっていたその声は、鮮明によりはっきりとした音となって形を成した。
ふ、と狼は息をついた。そして、静かに口を開く。
「―――あいつは…、俺の…実の弟だ」
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